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 とりあえず話し合いだ。

 夫婦間に必要なのは会話。話し合うこと。

 というわけで、寝室で向き合っての話し合いの時間です。


「それで、昼間のあれはどういうことだ?」

「あれはレイくんが悪いの。わたしは悪くない」


 今までずっと誤魔化して答えてきたのに、また昼間のレイくんのほっぺたつねりについて聞いてくる。

 本当、レイくんのことばっかりだ。


「タケルさん」


 ハチローくんは呆れたように、わたしの名前を呼んだ。


「え、ハチローくんが名前を呼んでくれるの初めてじゃない?」

「…………そうか?」

「そうだよ。うれしい!」


 思わずニコニコになってしまうが、ハチローくんは気まずそうだった。

 まあ、ハチローくんにしてみたら、ただ名前を呼んだだけだから、そうなるとは思うけど。


「それはともかく、理由は? 一体、トノのなにが悪かったんだ?」


 うう、諦めてくれないな。


「それは……」


 ハチローくんとの離婚を認めてくれないから、って?

 そう言うと、なんか気まずくない?

 ハチローくんのこと傷つけたりしない?


「ハチローくん」


 正座になって背筋を伸ばすと、ハチローくんもなにかを感じ取ったのか正座になった。


「初めに確認することだったんだけど、結婚前に好きな人とか恋人とかっていましたか?」

「……いきなりなんだ?」

「だから、今更で、本当初めに確認しろよって話なんだけど……どうなの」


 叔父さんは好きな人も恋人もいないなんて言ってたけど、それは叔父さんが知らなかった可能性もあるわけで。


「いたの? いないの? いたけど別れたの? それとも実はこっそり続いてるとか!」

「いない。誰もいない」


 わたしの勢いに押されてか、ハチローくんはちょっと引き気味に答えた。


「本当? 嘘じゃない?」

「本当だ」


 じっと見つめても、ハチローくんが誤魔化している感じはない。


「それが何だって言うんだ」

「いや、だから、ハチローくんにそういう確認してなかったな、って。……ハチローくんはレイくんの命令でわたしと結婚したわけでしょ。もしかしたら、恋人とかいたかもしれないのに。恋人とかいなかったとしても、わたしが暮らしているところだと、好きな人同士で結婚するって感じだから、今更ながらね、命令で結婚ということに対して、こう議論になった結果、頬を引っ張ることになったわけで……」

「……それは、元々、あなたは好きではないおれとは結婚したくなかったということか?」

「それは……」


 そうまっすぐに言われると気まずいです!


「確かにおれもあなたもお互いに好意を持って結婚したわけじゃない。トノの命令だったから結婚しただけだが……タケルさんは好意を持っている相手と結婚したかったなら、どうしておれと結婚したんだ?」

「それは……」


 叔父さんの土下座と、あくまで夫婦というより家族になるからって感じで……違う、そこまで深く考えてない。

 籍を入れるわけじゃないし、ミッションを与えられただけで、それをクリアしたら全部終わりだって思い込んでて……あれ? これってわたしがただ考えなしだったってこと?  流されまくったせいだってこと?


「トノの命令だったからだろう」


 なにも言わないわたしに、ハチローくんは言った。

 そうじゃないけど、否定できない。


「それなのに、なんで今、そんなことを言うんだ。……おれとの生活が嫌になったのか?」

「違う! そうじゃないよ! そういうことじゃない」

「それなら、一体……」

「それは、ほら、年齢差とか子作り事情とか、いろいろ、ほら……!」

「それを分かった上で、おれは結婚したんだから、今更それは問題にならないだろう」

「いや、でも……だって」


 このままは絶対によくないでしょう!


「離婚!」


 言葉が勢いよく飛び出した。


「離婚しませんか!」


 ド直球で言っちゃった。なんでド直球!


「ハチローくんが嫌いになったわけじゃないよ! この生活が嫌なわけでもない。ハチローくんに会えてよかったって思ってる。本気で! でも、なんか……いろいろ……」

「そのいろいろは、年齢差と子作り事情、それに好意を持っていない相手との結婚のことが気になってきたということか」

「それです!」


 理解が早い。さすがハチローくん。


「それで、その話はトノにもしたのか?」

「したよ」

「トノはなんて?」

「もうしばらく続けてほしいって」


 ふう、ハチローくんは息を吐いた。


「それなら離婚はしない。トノが望まないなら、おれは別れるつもりはない」

「でもさ、ハチローくん。もし、好きな人ができたらどうするの?」

「どうするもなにも、それが離婚理由にはならない。……タケルさんが誰を好きになろうとかまわないが」

「いや、わたしはかまうよ! そんなハチローくんと結婚してる状態で、好きな人なんてできるわけないじゃない。浮気だよそれ! だめじゃん、最低じゃん! ハチローくんもだよ? ハチローくん、考えてみてよ。ハチローくんに好きな人ができたらどうするの!」

「どうするって、別にどうもしないが……」

「好きな人ができた時点で、どうもしないなんてありえないの! わたし嫌だよ。好きな人と結ばれなくて悲しむハチローくんとか見たくない。そもそも結婚してるのに好きな人ができるって、その時点で浮気だよ! お互いに好意なんてなくても、結婚してる時点でそうなるんだよ。浮気だよ浮気。うわー無理! 生理的に無理! ハチローくんにはそんな男になってほしくない!」


 考えただけでも嫌だ。寒気までしてきて、二の腕をさすった。

 そんなわたしに、ハチローくんは呆気に取られている。

 もっと自分の事として考えてよ、ハチローくん!


「いい? 聞いてね。いつかハチローくんに好きな人ができるでしょ。相手もハチローくんのことを好きになるわけでしょ。本来なら二人が結ばれるのに、なんの障害もないのに、ただ命令で結婚しただけのわたしが邪魔者になったせいでハチローくんは浮気男になっちゃうの。許せないでしょ?」

「……タケルさんはさっきから何を言っているんだ?」

「わたしたちがこのまま結婚していることへの危険性と問題点を挙げているんだけど」


 なんで伝わってないの?


「つまり、おれが誰も好きにならなければいいのか?」

「そんなこと言ってないし、そういうことじゃないし、それは無理なの! だって、


 恋とは落ちるものだから!」


 ハチローくんが一気に引いた顔をした。

 最後のドヤ顔が余計だったかもしれない。

 はあ、とため息をつくと、ハチローくんは両手で顔を覆って下を向いた。


「なんだか、よく分からなくなってきた」

「そう? わたしはむしろ話しているうちに、この結婚の問題点がよく見えてきた感じがするんだけど」


 はあ、ともう一度大きなため息をつくと、ハチローくんは顔を上げた。

 なんか、すごい疲れた顔になっている。


「もういい。寝よう。なんだか疲れた」


 ハチローくんは布団をかぶってしまう。

 わたしも布団に入ろうかと思ったけど、その前にこれだけは言っておかないと。


「ハチローくん、もし好きな人が出来たら教えてね。なんなら、好きになりそうって思ったら教えてね。そうなったら、すぐに離婚するから。ハチローくんに好きな人が出来たら、レイくんも離婚を許してくれるだろうし、ハチローくんはちゃんと好きな人と結ばれるから。浮気男になんてさせないから。大丈夫だからね」


 布団の中からわたしを見上げたハチローくんはなにかを言いかける。

 でも、なにも言わずにそのまま横を向いて――わたしの布団とは反対側――目を閉じてしまった。

 うん、わたしも寝よう。

 灯火具の火を消して、布団の中に入る。

 これって結局、離婚は今すぐはできないってことで、でもハチローくんに好きな人が出来たら速やかに離婚する。そういうことでいいかな。

 ハチローくんが恋を知るそのときまでなら、この生活をこのまま続けてもいいのか。

 うん、いいや。いい。いいことにしよう。


「おやすみ、ハチローくん」





 恋とは落ちるものらしい。

 それなのに浮気になるから、結婚している間は好きな人なんてできない。

 タケルの言っていることは、どこか矛盾している。

 でも、それはつまり。


「おれと結婚している間は、タケルさんには好きな人はできないってことか?」


 暗い部屋の中でも、障子戸から届く白い月明かりのおかげで、健やかに眠るタケルの顔が見える。


「……もし本当にそうなら、おれは――」


 小さくつぶやく声は、眠るタケルには届かない。


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