第6話 『フリートーク・四回目 黒川 冬子』
フリートークも最後となる、4回目。
「久しぶり」
黒川冬子がひらひらと右手を振った。
彼女の声には不思議な魅力がある。正直、顔の微細な部分は忘れていたが、この少し低めの色っぽい声を、俺はよく覚えていた。そして彼女から何を言われるか、怖い。俺は裁判に立ち向かう容疑者のような気持ちで、彼女の前に座った。
黒川 冬子とは昨年、新橋のワインバーで出会った。彼女は一人で飲みに来ていて、たまたまそこに俺と友人が居合わせたのだ。二つ三つ会話を交わし、どうやらまんざらでもなさそうな雰囲気を見せてきたところで、俺と友人が彼女を挟み、三人で飲む形になった。
「CAは酒好きじゃないとやってられない」
そう言ってワインをどんどん流し込んでいく。フライト前日は飲酒が禁止されているうえに、休日が不定期であるため、友達を誘うこともできずこうしてたびたび一人で飲みに来ているのだという。ソムリエの資格を持っているという彼女に勧められ、俺もどんどん飲んだ。
そして友人がトイレで席を立った時、彼女にこう持ち掛けられたのだ。
――このまま、二人で抜け出さない?……と。
俺は一瞬迷ったが、酔っていたのと、彼女の胸元のホクロに目を奪われて、その誘いに乗った。秋葉と別れてから二年以上たっていて、新しい彼女ができずに寂しかったのも正直ある。詫び料として友人の分の代金も払って、彼女と近くのラブホテルに入った。
「こんな美人と俺が、まさか」という疑いと動揺と、彼女が服を脱いだ時の興奮は忘れられない。
だが、翌朝。目覚めた時には彼女がもういなかった。連絡先も教えられていないので連絡もできない。ただ一夜の夢として、俺の記憶に残ったのだった。
「坂口って本名だったのね」
「冬子さんこそ。びっくりしたよ。ああ、でもこの話はこの場ではしないほうがいいね。あの日のこと、夢か何かだと思って忘れるよ」
ワンナイトするような女性だと、他の男性陣に思われたくないだろう、と思った。
「夢だなんていわないで。あの夜、すごく楽しかった」
彼女はそう低く、つぶやいた。彼女の一挙手一投足に反応してしまう自分を、彼女はくすっと笑って右手でワイングラスをゆっくりと回す。あの日と同じ、ムスクの香水と真っ赤なリップをつけていた。
「第一印象ゲーム、私は誰を触ったと思う?」
そう言って彼女は意味ありげに微笑んで、お手洗いへと席を立った。
________________________________________
こうして、フリートークは一周した。俺は元の席に戻ってふう、と息をついて久々の田中に声をかける。
「めっちゃ緊張したぁ~。田中はどう……」
「あwせdrftgyふじこ」
「!???」
田中はすでにベロベロに酔っていた。誰だ!? 誰が田中をつぶした!?
「お前……水飲め、水」
「あれ!? 坂口じゃ~ん! お前、過去の恋は忘れられそうかあ……?」
酒が回っている田中はもう声のボリュームが調整できない。全員が酔っぱらいに注目する。
「田中さん、大丈夫?」
「過去の恋……?」
女性陣も田中に注目する。
「坂口はねえ、忘れらない恋があるの! だから俺が連れてきたの!」
「田中、やめろよ、こんなところで……」
そんな女々しい俺の過去を合コンで言うな! と俺は黙らせる意味で、水をがぶがぶ飲ませた。すると。
「さて、坂口、ここで問題だ」
さっきまでベロベロだったのに、田中がふと我に返る。目は座ったままだ。
「第一印象ゲームで、誰かがお前の手を触っただろう。触ったのは誰でしょう?」
「!? なんで田中がゲームの結果を知ってるんだ!?」
「4人中、3人は嘘をついているぞ……。ヴッ気持ち悪い……」
これだから酔っぱらいは。そんな田中に気を取られて、俺は気づいていなかった。女性陣の目の色が変わっていたことを。




