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第2巻 第11章:ヤスツィリスの咲く頃(後編)

両親の言葉は本当だった。ルイーザはまさに太陽そのものだった。彼女の少し怪しい行動が目に入るたび、私の目は自然と細められてしまう。今もそうだ。私は自分が適切なタイミングで目を覚ましたのか、いまいち自信が持てなかった。


寝室のドアの向こうから聞こえる、せわしない木製床板のきしみ音。まるでそこがスポーツジムであるかのようだ。閉め切ったカーテン越しでも、日の光で明るく照らされている部屋の壁。そして、鏡の前で踊っている輝かしい少女。


彼女は、春よりも暖かく、されど夏ほど肌を刺さない太陽の光を全身に浴びていた。


それにしても、彼女は一体何をしているのだろう。


制服のスカートを上げたり下げたりしながら、彼女はまるでバレリーナのようにその場でくるくると回っていた。髪はハーフアップにされ、残りの下半分はそのまま下ろされている。ルイーザは昔から少し変わった子だったけれど、これはさすがに……。


まあ、どちらにせよ、私には一切関係のないことだ。


もう少し眠りたいと思い、私は反対側に寝返りを打った。自分の動きに合わせてシーツが擦れる音が聞こえる。布地が指に絡まり、思っていたよりも少し激しく足を動かす羽目になった。心の中で抗議するように頭を振ると、枕に深く窪みができ、急にそれが硬く感じられ始めた。


「ねえ、ヨリ。寝たふりはやめなよ」


彼女の顔は見えなかったけれど、その声には少しむっとした響きが含まれていた。そもそも、なぜ私が寝たふりをしているなんて思ったのだろう。


「寝たふりなんかしてない」


「じゃあ、なんで返事ができるの?」


「寝言」


他人が寝言で会話しているのなんて一度も聞いたことがないけれど、なぜか可能であるような気がした。もっとも、どれほど意識的な返答になっているのかは、自分でもあまり自信がなかったけれど。


突然、まるでベッドが海に放り出されたかのようにマットレスが大きく揺れた。私は目を開けて瞬きをした。自分に伸びてきた影が一つあれば、ルイーザがすぐそばにいると察するには十分だった。


どうして彼女は、これほど素早く、同時に物音ひとつ立てずに移動できるのだろう。もしかしたら、生まれついてのアサシンなのかもしれない。


重いため息をつきながら、私はルイーザの方を向いた。肩に流れ落ちる髪の毛とは裏腹に、彼女のポニーテールは耳の上に載っかっていて、まるでインコの手羽のようだった。


どうやら、彼女のファッションセンスを過大評価していたらしい。彼女はただ、カラスのように光るものを何でも買い集めていただけなのだ。


それでも同時に、それが彼女の魅力を損なうことはなかった。きっと、これこそが「生まれつき美しい」ということなのだろう。


「何?」


「私を見て」


「見てるじゃない」


「見てるだけでしょ。ちゃんと見てよ」


彼女の要領を得ない要求のせいか、あるいは私がまだ完全に覚醒していないせいか、彼女が何を言っているのかよく分からなかった。


いくら考えても、明確な答えは出なかった。視線を泳がせているうちに、意識もまた逸れていき、私の目は彼女の顔の少し下へと向かった。シャツのボタンが、三つかそこら外れている。そこで何が目に入ったのかを察するのは、決して難しいことではなかった。


本当に、彼女らしい。いくら酷く暑いからといって、これほど無防備になるべきではない。


心の中でルイーザを叱りながら、私はそのボタンを留めるために彼女のシャツへと手を伸ばした。それは一見するよりも簡単ではない作業だった。これまでに他人のボタンを留めてあげるなんてこと、一度もしたことがなかったから。


「何してるの……?」


彼女の肩がびくりと震えた。彼女の顔を見上げると、下唇が微かに震えており、その瞳は泳ぎながらも、私の手元をちらちらと盗み見ていた。


自分が何をされているのか、本人にも分かっているのではないだろうか。


「何してると思う?」


私は次の動作に移る前に、少し間を置いた。もしかしたら彼女もようやく状況を理解したのかもしれないし、あるいは、その場にそぐわない質問をした責任を口が取りたがらなかっただけかもしれない。


私が作業を終えても、ルイーザはそれ以上何も言わなかった。このような沈黙は、多くの場合、気まずいものだ。人間関係においては大抵そうなる。話題が尽きると途端に空気が澱み、まるで静寂を恐れるかのように、他愛のない世間話でそれを薄めなければならなくなる。


けれど、ここでは違った。


何も話さずにただ一緒にいられる相手を見つけること。それこそが、おそらく幸福というものなのだろう。


そんな中、私は彼女の首筋と耳が赤くなっていることに気がついた。まさか、私がボタンを留めたせいで、それほど暑くなってしまったのだろうか。


奇妙だった。彼女のシャツは湿っていなかったし、肌には汗一滴すら浮いていなかった。別にそれほど詳細に観察したかったわけではないけれど、そもそも私に「見て」と頼んできたのは彼女の方だ。


そういえば、そのことについて。


「それで、私はどうやってあなたを見ればいいの?」


太陽の光はいよいよ強くなり、それと同時に、ルイーザの体温もまた高くなっているように思えた。


「……見ないで」


「え……?」


彼女の気まぐれな性格は今に始まったことではないけれど、これほど縮こまっているルイーザを見るのは少し新鮮だった。普段の彼女なら、ベッドの上にだらしなく転がって日向ぼっこをしているか、あるいはレーザーポインターを追いかける猫のように家中を走り回っているはずだ。それなのに、なぜ今は、まるで私がシャツを脱がせようとでもしたかのように、自分の肩を抱きしめているのだろう。


一体、私が本当に何か悪いことをしたからなのだろうか。それとも、ルイーザにとってこれくらいの奇行は日常茶飯事なのだろうか。答えは言わずもがな、明白だった。けれど、今は深く考えるのをやめておこう。


大きくあくびをして両腕を左右に伸ばすと、肘がパキリと鳴った。どうやら私の体は、この音で「もう起きる時間だよ」と暗示をかけているようだった。これ以上ベッドでぐずぐずしていても、どうせもうすぐ、目覚まし時計代わりの母がやってくるに違いない。


実際のところ、やってくるのが母ならまだマシだった。父が私を起こしに来るたびに、まるで新兵訓練所で朝を迎えたかのような気分になる。もっとも、その感覚が現実のそれとどれほど一致しているのかは、私には知る由もないけれど。


仰向けに寝返りを打ち、起き上がるために腹筋に力を込めた。実を言えば、横を向いてから起き上がった方が楽なのだが、そのことに気づくのは、いつも突発的な軽い運動を終えた後だった。


私のその動きに促されるように、ルイーザは一歩脇へと退いた。相変わらず胸元を隠し、眉をひそめたまま、彼女は膝をもじもじと動かしていた。まるで何かを盗み出し、それを隠れて持ち出そうとでもしているかのようだ。学校ではどうか、あんな振る舞いはしないでほしいと切に願う。


「何?」


ごく普通の問いかけに対して、なぜ彼女がそれほどまでに私を睨みつけてくるのか、よく分からなかった。伏せられた彼女のまぶたのせいで、その瞳を捉えることすら満足にできない。


「あんた……本当にデリカシーがないの?」


「ん?」


「最初に……あんなに触っておいて、そのあと……何もなかったみたいな顔するなんて」


触る? もしかして、彼女のシャツに触れたことがそんなに恥ずかしかったのだろうか。それとも、私がボタンをもたもた留めていたのが気に障ったのだろうか。ボタンがあれほど小さかったのは、私のせいではないというのに。


彼女が普段、どれほど私のパーソナルスペースを侵害しているかを思い出させてやりたかったけれど、口に出すのはやめておいた。


「わかった、わかった。もうしないよ。私、小さいものを扱うのは苦手だから……」


言い終わらないうちに、頭の後ろに強い衝撃が走った。本能的に身をかがめ、後頭部を押さえる。勢いで舌を噛んでしまい、あまりの痛さに目に涙がにじんだ。


一瞬、小さく悲鳴のような声が聞こえた気がした。それが私の声ではなかったことだけは確かだ。けれど、今の私にはそれを気にする余裕など微塵もなかった。


何の説明もないまま、ルイーザはただ部屋を出ていき、背後でドアを乱暴に閉めた。その衝撃は唐突で、私の後頭部はじんじんと脈打つように痛んでいた。


確かに野蛮な方法ではあったけれど、おかげで完全に目が覚めたのは間違いなかった。


涙を払い、頭を振って、メタリックな味がする唾を飲み込む。まるで空気が傷口を塞いでくれるのを期待するかのように、私は少しだけ舌を突き出した。


さて、一体何がそんなに悪かったのだろう。


とっくに顔を洗いに行くべき時間だったけれど、私はベッドの上に足を投げ出したまま座り込み、ため息をついている自分に気づいた。


ルイーザが怒った理由が、どうしても分からなかった。ボタンを留めるとき、うっかり彼女の肌を抓ってしまったりしたのだろうか。


気に入らないことがあれば、ルイーザが突飛な暴言を吐く姿は容易に想像がつく。その一方で、彼女は周囲を完全に無視して黙り込むこともあった。彼女が次に何をするつもりなのかを予測するのは、私にとっていつだって至難の業だった。そして、今さっき私たちの間に起きた出来事が、何よりの証明だった。


残念ながら、どれほど思考を巡らせても答えには行き着かなかった。それと同時に、後頭部の痛みも消えてはくれなかった。まるで、私が何かを間違えたのだと責め立てるリマインダーのように。


きっと、謝るべきなのだろう。けれど、理由も分からないままでは、言葉に誠意を込めることなんてできそうにない。


身をかがめて座り込んでいる間も、時間は無情に流れ続けていた。しかし、それは私が求めている解決策ではなかった。時には時間が解決してくれるのを待つのが正解のこともあるけれど、ルイーザの最初の登校日を、こんな思い出で始めさせたくはなかった。私がここでただ塞ぎ込んでいたところで、誰も幸せにはならないのだ。


そう思い至り、私はようやくベッドから這い出て、ドアへと向かった。ルイーザがドアを閉め切っていなければ少しは楽だったのだろうけれど、済んだことを後悔しても始まらない。


他人の手を借りずに、もっと簡単にドアを開けられるくらい背が伸びるのは、一体いつになるのだろう。


廊下に出ると、すぐに微かな風の通り道が私を迎えた。太陽がとりわけ眩しく輝く真夏であっても、ここには涼しさが保たれている。そういう意味では、窓をたくさん作るのは必ずしも良いアイデアとは言えないのかもしれない。


洗面所に入り、踏み台に登って洗面台へと手を伸ばすと、私は水の温度を調節し始めた。それから両手で水をすくい、顔にバシャリと浴びせる。


すぐに、私の頭全体がしっとりと温かい水気に包まれた。その温もりには――肌に広がっていく感覚には――どこかあくびを誘うような心地よさがあった。自分の中に溜まっていたすべての思考や感情が、綺麗に洗い流されていくような気がした。


髪に指を通しながら、タオルを探してあたりを見回す。水滴が滴り続け、私の服のあちこちを濡らしていく。残念ながら、温もりはすぐに霧散してしまい、やがて少しだけ肌寒さを感じ始めた。


髪と顔を拭き終えると、私は洗面所を出て、再び元来た道を戻り始めた。


顔を洗うのに、それほど時間はかからなかった。けれど、私が部屋に戻ったときには、すでにルイーザが中にいた。そして、彼女だけではなかった。


「おはよう。こっちに座りなさい、あんたの髪も結んであげるから」


母はこちらを振り向きもせず、ただルイーザの隣のベッドをぽんぽんと叩いて、私を促した。ルイーザはルイーザで、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


彼女がまだへそを曲げているのは疑いようもなかった。何が気に食わなかったのか、はっきり口で言ってくれれば楽なのに。どうして彼女は、いつもこうやって物事をややこしくするのだろう。


とはいえ、このままの状態を続けるわけにはいかない。正確にいえば、続けようと思えば続けられたけれど、私がただ嫌だったのだ。


ルイーザに壁を作られるのが、自分は本当に苦手なのだと、私は改めて痛感していた。静かな時間自体は嫌いではないけれど、こういう静けさは違う。沈黙と、無視されることの間には、何一つ共通点なんてないのだから。


誰かをそれほど大切に思うということは、きっと痛みを伴うものなのだろう。……それとも、単にさっきの頭への一撃のせいだろうか。うーん。


「動かないの」


一切の抗議を封じ込めるように、母はルイーザの頭を掴み、自分の正面へと向かせた。ルイーザは私と目が合うと、すぐに眉をひそめた。そして直後に、今度は母へと視線を移した。私とは話したくないのだと、その一連の動作だけで誇示しているかのようだった。


その問題を片付けると、母は片手をルイーザの顎へと動かし、顔を少し持ち上げて前髪を観察し始めた。母の心の中にスタイリストの魂が眠っていたなんて、一体誰が想像しただろう。公平を期して言うならば、私の誕生日のとき、母が私の髪型にか there けてくれた情熱は、これよりもずっと少なかった気がする。


まあ、そんなことはどうでもいい。今、私はかつてないほどに、母のようになりたいと願っていた。物事が自然に解決するのをその場でじっと待つのではなく、ただ強引に引き寄せるような……。


頭の中に不意に浮かんだその突飛なアイデアのせいで、私の顔は少し熱を帯びた。もっとも、顔を洗ったあとの頭が、まだ完全に「冷めて」いないだけかもしれないけれど。


実際のところ、自分が母のようにルイーザの頬を掴んで、無理やりこちらを向かせることができるかといえば、甚だ疑問だった。そんなの、あまりにも……決まりが悪すぎる。


「早くしなさい」


母はさっきよりも少し強めにベッドを叩き、それから再びルイーザの髪へと手を戻した。


「はーい」


「『はい』は一回でしょ」


私がほんの一歩踏み出したその瞬間、母は私をひょいと持ち上げ、ルイーザの隣へと座らせた。不意に私たちの手が触れ合い、彼女はまるで、ぶつかってきた見知らぬ不審者でも見るかのように私を睨みつけてきた。その視線は次第に鋭くなり、まるで周囲の空気までパチパチと音を立てているかのようだった。


彼女の視線に耐えかねて、私は目を逸らしてしまった。それでも、私の手の甲は彼女の腕にぴったりと触れたままだった。


視界の端から、もう一度彼女を盗み見てみる。案の定、再び目が合った。彼女は明らかにまだ怒っていたけれど、同時に、何かを待っているようにも見えた。


私に謝ってほしいのだろうか。今、この母の目の前で? けれど、一体なんて言えばいいのだろう。「許可なくシャツに触ってごめん」? それとも……「ラパ(触り)まくってごめん」? ラパ……。もしそんなことを口にしたら、母は一体どんな反応をするだろう。


不安が押し寄せ、目の焦点がうまく合わなくなるのを感じた。それでも私は、彼女が何を考えているのかを読み取ろうと、その瞳を見つめ続けた。


自分でも理由は分からない。けれど、彼女の目を見つめているうちに、私の手のひらが自然と裏返った。そっと彼女の指を握り締めると、ルイーザの険しかった表情が、みるみるうちに和らいでいった。そして、ほんのわずかに、彼女の口元が綻んだ。


顔の筋肉が緊張していたせいだろうか、彼女の鼻の頭が、少し赤くなっているように見えた。


ルイーザの顔は今や、さっきよりもずっと私の方を向いていたけれど、母がそれを無理に正面へと戻すことはなかった。


母という名のメテオライト(隕石)は、私たちを囲んでいた見えないドームに風穴を開け、内側に引きこもっていた澱んだ空気を外へと逃がしてくれた。それが一体どういう意味を持つのか、私にはうまく答えられそうにない。


おそらく母は、何かがうまくいっていないことを肌で察知し、それが母なりの手助けの方法だったのだろう。


.


たとえ怒っている理由が分からなくても、相手が本当に大切な人であるなら、いつでも仲直りはできる。ルイーザとの十分間ほどの喧嘩を経て、私はそんな結論に達した。


思い返せば、少し前にもルイーザに半日ほど無視されたことがあった。あれ以来、私たちの関係が目に見えて強固になったということなのだろうか。


以前の私は、これ以上二人の距離が縮まることなんてないだろうと思っていた。むしろ、学校生活が始まれば、私たちの関係は後退してしまうのではないかとさえ考えていた。まるで、山の上に向かって押し転がさなければならない岩のように。少しでも気を抜けば、岩はたちまち自重で滑り落ちていってしまう。


きっと、人と人との関係というものは、一人では決して支えきれない、あの岩のようなものなのだろう。


だからこそ私は、リビングのソファに座って両親の支度が整うのを待つ間も、ルイーザの手を握り続けていた。


一方で、朝食の時間はそれほどスムーズにはいかなかった。第一に、私の胃袋がこれほど早い時間の食事を受け入れる準備ができておらず、あらゆる手段で抗議の声を上げていたからだ。そして第二に、ルイーザが明らかに緊張していた。彼女の口元や鼻のまわりの皮膚が目に見えて突っ張っており、彼女が料理の味をちゃんと感じられているのか、私には自信が持てなかった。今でも彼女の手は、まるで電流が走ったかのように、時折びくりと震えている。


もしかして、こうして私の気を引こうとしているのだろうか。それとも、クラスメイトたちの中で自分がどんな第一印象を与えるかについて、不安を抱いているのだろうか。残念ながら、どちらの問いに対しても、私に答えは出せなかった。


世界には、何百人もの友達がいても物足りないと感じる人もいれば、たった一人の友達がいればそれで十分だという人もいる。ルイーザのあの混沌とした性格を考えれば、おそらく彼女は前者なのだろう。


おそらく……。


実を言えば、こんなことを考えるのすら少し決まりが悪いけれど、私は彼女に、私だけの存在で満足してほしいと願っていた。しかし同時に、その願いは別の疑問を生み出す。誰か他の人の穴埋めができるほどの何かを、私は彼女に与えられるのだろうか、と。


何度か短いため息を繰り返した後、私はルイーザの方を見た。彼女の顔を観察しようとしたけれど、まるでその表情は氷に覆われているかのようだった。彼女の瞳は窓の外へと向けられ、瞬き一つしていなかった。その姿を見つめているだけで、私の感情まで少しだけ麻痺していくような気がした。


包み隠さずに言うならば、私の頭を満たしていた思考の断片までもが、どういうわけか霧散していくようだった。まるで、時計の秒針の音がそれらを掻き消しているかのように。カチ、カチという一刻一刻の音がとても大きく響き、誰かに首の後ろを叩かれているような錯覚さえ覚える。


空気の中に裂け目が広がっていく――私たち二人によって作り出された、見えない裂け目。


どうして空気の中に裂け目なんてものが存在するのだろうと思いを巡らせているうちに、私は、毎日があらかじめ用意されたシナリオ通りに進んでくれれば、どれほど楽だろうかという考えに行き着いた。


それが最終的に良いことなのか悪いことなのかは、分からなかった。ただ、その方が楽だと思ったのだ。


不確実性の波に漂うように、私の手のひらは少しずつ緩んでいった。しかし、完全に手が離れてしまうよりも早く、ルイーザは私の手をほとんど包み込むようにして、自分の方へと引き寄せた。私は危うく、彼女の方へともたれかかりそうになった。


「……あとでお迎えに来てくれるよね?」


私は黙って彼女を見つめた。その短い沈黙のせいで、ルイーザはこちらを振り向き、眉をひそめた。


「もちろん」


私は意図して、少しだけ不機嫌そうな声を絞り出した。彼女の口調が少し押し付けがましく感じられたせいもあるけれど、何より、私が単に寝過ごしてしまう可能性が少なからずあったからだ。


「何よ、その可愛くない言い方」


ルイーザの唇が不満げに尖り、それと同時に、彼女の顔を覆っていた薄い氷の膜がサラサラと崩れ落ちていくようだった。


「気のせいだよ」


余計な説明を省き、これ以上の口論を避けるために、私は本音を伏せることにした。今日のルイーザはひどく神経を尖らせている。これからの試練――学校という場所――を考えれば、それも無理のないことだった。


そのとき、誰かの視線を肌に感じた。振り返ろうとしたけれど、後頭部に届く気配がだんだんと鮮明になるにつれて、それが誰であるかは容易に察しがついた。


「何してるの?」


「おやおや、気づくまでにちょうど520秒もかかったね」


父は上体を起こした。そのせいで、彼の影が私を覆い尽くすかのように伸びる。


「どうやら、お前のあのテクニックはあまり実用的ではないようだ」


まさか、一秒一秒を数えながらそこに立っていたのだろうか。あまり現実味のない話だった。


「背中を見るべきなんだよ。後頭部じゃなくて」


これもまた、単なる冗談のつもりだった。エウリエルが本当にその「テクニック」の効果を信じているとはお思えない。けれど、父までそのことを知っているとなると、私はふと考えてしまう。もし本当に効果があったとしたら、どうだろう。


「ほう、そうなのか? 次からはそうすることにしよう」


「やめておいた方がいいよ」


父はただ、不思議そうに瞬きをした。こういう時、彼が冗談を言っているのか本気なのか、私には滅多に判別できなかった。彼の正確な意図は分からなかったけれど、こういうところが彼らしいとも言えた。


まあ、それはともかく。


「お母さんはどこ? もう行く時間?」


ルイーザが私の手のひらを強く握り締めたので、私は彼女の顔を盗み見た。予想通り、その表情はとても落ち着いているとは言えなかった。まるで口に出さずとも、「どこにも行かないで」と私に乞うているかのようだった。けれど、私に何かを変える力なんてあるのだろうか。


いや、きっとない。


それに、学校に行きたいと言い出したのは彼女自身の意志だったはずだ。今となっては、もう何もかも自信が持てなくなっていた。


「外で待つようにと言っていたぞ」


「そんなこと言ってないわよ。また適当なことを言って」


背後から突然現れた母の声を聞いて、私は、自分が眠っている間に家族全員が忍者か何かの特別な訓練でも受けてきたのではないかという錯覚に囚われた。目が覚めた瞬間から、誰も彼もが私を出し抜いていく。いつの日か、背後にいる人の気配を現れる前に察知できるほどの、必要な次元の悟りに達することがあるかもしれないけれど、少なくとも今の私には到底無理な話だった。


「適当なんかじゃないさ。ちょっとからかってみただけだよ」


父の熱意は瞬く間にしぼんでいった。大人の男が唇を尖らせて不満を漏らしている様子を見るのは、なかなか興味深いものだった。


男の子の人生は、最初の三十年間が最も困難な時期だとどこかで聞いたことがある。その観点から見れば、父にはまだ、子供っぽく振る舞うための時間が残されているということなのだろう。


ここ最近、春の訪れとともに父が家にいる時間が少なくなっていることに気づいていた。それどころか、数日間にわたって姿を消すことさえあった。もしかしたら、そうして会えなかった時間を埋め合わせようとしてくれているのだろうか。


おまけに彼はよく疲れた顔をしており、そのせいで私との会話も必要最低限に留まることが多かった。本人はいつも通りに振る舞おうとしていたけれど、得意の冗談さえどこか投げやりで、元気がなかった。


だからこそ、彼が帰ってくるたびに、その様子を眺めているだけで純粋に楽しかったのだ。


「あんた、学校に着く前にヨリが疲れちゃうとは思わないわけ?」


母の言葉が響き渡るやいなя、父の口からむっとしたような鼻鳴らしが漏れた。それはごくもっともな指摘だったけれど、当事者である私としては、あまり嬉しくない言葉でもあった。


「その時は、俺がこの手で抱っこして連れていくさ!」


父は両手を腰に当て、誇らしげに胸を張った。


そういえば、彼がこんな風に……まともな格好をしているのを、私は今初めて目にしたかもしれない。着古したズボンも、首元の伸びたTシャツもない。率直に言って、彼がシャツなんて衣服を所有していることすら知らなかった。まるで、今日がルイーザの入学式ではなく、彼自身の初登校日であるかのようだ。


ルイーザが再び私の手のひらを握り締めた。さっきよりも強い力だった。手を離してほしいと言いたかったけれど、どうせ拒絶されるのは分かっていた。ルイーザは、お気に入りの玩具を他人に触られるのを病的に嫌うタイプの人間に違いない。そんな印象を抱かせるほどの強さだった。


「本気で言ってるの?」


母は胸の前で腕を組み、視線だけで私たち二人を指し示した。それに促されて、父がこちらを振り向く。状況を分かりやすく示すために、私はルイーザに握られている方の手を持ち上げてみせた。


私の手のひらは熱を持っていて、少し汗ばんでいた。あまり快適とは言えない感覚だ。けれど、ルイーザはそれで満足しているようだった。手が宙に浮いた状態になっても、まるでどちらか一人が崖っぷちにぶら下がってでもいるかのように、彼女は私の手を頑なに離そうとしなかった。


「なら、二人まとめて抱えていくまでだ!」


その瞬間、私の脳裏にいくつかの移動方法が浮かんでは消えたが、そのどれ一つとして気に入るものはなかった。私個人の基準としては、運動量が最小限で済むならどんな方法でも受け入れられるのだが、これからルイーザの同級生になる人たちの目に、それがどう映るかという問題がある。


私がそんなことを心配する義理はどこにもないはずだ。それなのに、心のどこかで少しだけ決まりの悪さを感じていた。それなりの年齢になった女の子が誰かの肩に担がれて移動するなんて、どこか間違っているような気がしたのだ。


おそらく、ルイーザにとってはそんなことどうでもよくて、私が自分の羞恥心を彼女に投影しているだけなのかもしれない。


おそらく、は。


「旅の恥は掻き捨て」なんて言葉を、いつかどこかで耳にしたことがある。周囲の視線を気にしなくなるためには、住み慣れた家からどれほど遠くへ離れればいいのだろう。きっと、別の宇宙にでも行くしかない。


地球は道路で繋がっているのだから、そのうちの一本が、結局はまた同じ場所へと行き着く可能性だって否定できないのだ。


「どうしたの?」


ルイーザは首を横に傾げ、私の顔にぐっと近づいてきた。


彼女の吐息が肌をかすめ、まるで今にも私の鼻を齧られるのではないかという錯覚に囚われる。彼女が顎を突き出し、自分の鼻の頭を私のそれに近づけてくる様子は、その推測を裏付けるのに十分だった。


そういえば、私はいつの間に彼女の方を向いていたのだろう。


「その制服、すごく似合ってると思うよ」


本当は、そんなことは考えていなかった。いや、違う。考えていなかったわけではない。ただ、その制服自体はこれといって際立った特徴のないものだった。ありふれたシャツに、灰色のスカート、そして灰色のブレザー。どこにでもある地方都市の、ごく普通の小学生のようだ。魔法のような要素はどこにもない。


もしかして、彼女は魔法学校に入学するわけではないのだろうか。うーん。


今の私の視界はひどく曖昧だったけれど、ルイーザの顔がみるみるうちに真っ赤になっていくのだけは容易に見て取れた。彼女はまた暑くなってきたのだろうか。


確かめるために、私は目を閉じ、自分の額を彼女の額へと押し当てた。……どうやら、おかしなところはなさそうだ。もっとも、この方法で体温を測るのが本当に正しいのかどうか、あまり自信はなかったけれど。


私に分かったことと言えば、彼女の身体が温かいということだけだ。それから、彼女の肌が驚くほど滑ら……


「いった……! 何するの?」


鋭い痛みに襲われ、私は思わずのけぞった。彼女に頭突きをされたのだ。自分の首の骨がパキッと鳴る音が、はっきりと聞こえた気がした。頭蓋骨が割れていないことを祈るばかりだ。


今日、すでに一度彼女から制裁を受けていたことは鮮明に覚えている。けれど、今のは一体何の罪に対するものなのだろう。


「何するのって、あんたこそ何してんのよ……!」


額をさすりながら、私は眉をひそめた。彼女の顔の強張り方や、小刻みに震える視線を見るに、ルイーザは私の行動に怯えているようだった。どうやら、この測定方法は世間一般ではあまり普及していないらしい。


「顔が赤かったから。熱があるか確かめてたの」


単純明快な理由、だよね?


私の視点からすれば、おそらくは。けれど、ルイーザは私と意見を同じくしてはくれないようだった。


怯えていたルイーザの身体は、次第に張り詰めたそれへと変化していった。彼女の背中は、今にも全身から針を放とうとしているヤマアラシのように、鋭く強張っていた。


……待って。ヤマアラシって、本当に針を飛ばしたりしたっけ?


まあ、ヤマアラシがどうあれ、私には関係のないことだ。


「あんた、本当におバカなの?」


彼女のその問いかけが、端から返答を求めていない種類のものであることに、私の中のどこかが不満を抱いていた。


そんなことを考えていると、足音が耳に届き、私はルイーザから視線を外した。


「ふううううう……」


いつの間にか、父がソファの背もたれに頭を預け、下から私たちを覗き込んでいた。どうして彼はここにいるのだろう。


「もう行く時間?」


「いや」


「じゃあ、なんでそこにいるの?」


「見てるだけさ」


床に座り込んだまま、父はルイーザから目を離さなかった。どうやら彼女の反応を楽しんでいるらしい。ルイーザはそれに対して小さな咳払いを返し、そのせいで彼女の肌はさらに赤みを増した。


私は台所の方を指さし、身振り手振りで彼に「あっちに行って」と伝えたけれど、完全に無視された。それどころか、この男は私の頭頂部に手のひらを載せ、私の頭をぐっと押し下げてきた。


ルイーザは少し呆気にとられたような顔をしていた。私自身、彼の目的を理解するのは困難だった。


「お願いだから、あっちに行ってくれない?」


結局、私は言葉に頼るしかなかった。


「ははは」


父は私の願いを気にも留めず、ひどく乾いた笑い声だけで返した。この男の図々しさには、呆れるばかりだ。


「それで、俺は何の面白い見落としをしたのかな?」


「別に何でもないから、もう行ってよ」


「どうしてお前と話していると思ったんだい?」


ルイーザから視線を外さないまま、彼はただ私を手で払いのけた。反論しようとする行為そのものが、だんだんと億劫になってくる。何より、私が抗議している相手が、私に一瞥もくれないのだから当然だ。


そのとき、ルイーザがこちらを見ていることに気がついた。彼女はまるで、誰かにいじめられているかのような、そんな怯えた表情をしていた。ルイーザが自身の「特別な事情」のせいで、母親という存在への接し方を知らないのは知っていた。けれど、父親を相手に言い返すのを、一体何が拒んでいるのだろう。


この状況を彼女が少しも気にしていないのだと思おうとすればできたけれど……がっくりと落ちた頭と、泳ぐ視線が、何よりの否定を証明していた。お世辞にも心地よさそうとは言えない彼女の表情を見て、私は断固たる行動に出るしかなかった。


「お母さんー!」


私は説得力を持たせるために、わざと少し台所の方を向いて叫んだ。


「ふん、行けばいいんだろ、行けば。チクリ魔め」


何だって……? 大人のくせに、そんなガキ大将みたいな捨て台詞を吐くなんて、少し奇妙な感覚だった。


「お父さんこそ」


私を無視して父は鼻を鳴らし、床から立ち上がると台所へと向かっていった。この男と言い争うだけ時間の無駄だったし、私がそれに気づくより早く、彼はすでに姿を消していた。


父親がようやく立ち去ると、ほんの数瞬前までルイーザの身体を縛り付けていたすべての緊張が、重いため息とともに抜けていくようだった。それにもかかわらず、彼女の頬と首筋は、依然として濃い朱色に染まったままだった。


けれど、どうしてだろう。


もっと近くで観察しようと私が少し前に身を乗り出した途端、ルイーザの手のひらが私の額に当てられ、視界を塞がれた。


「ちょっと、見えないんだけど」


「見なくていいの」


彼女の声はほとんど囁き声のようだったけれど、私にはしっかりと聞き取ることができた。


ここでいくらでも問い詰めることも、抗議の声を上げることもできただろうけれど、今の私はそのために動くには疲れすぎていた。どうやら私には、周囲の人間を理解するための経験が、決定的に不足しているようだった。


.


外に出た途端、ルイーザは目に見えて静かになった。実のところ、今朝の彼女は情緒が目まぐるしく変わりすぎて、私には彼女の正確な状態を測りかねていた。この数時間の間に、私はあまりにも多くの「異なるルイーザ」を目撃しすぎていた。


残念ながら、私は父の「抱っこして連れていく」という提案を断らざるを得なかった。家を出た瞬間から、私はルイーザと手を繋いで歩いていたからだ。私自身はそんなこと少しも気にしていなかったけれど、ルイーザの方はどこか落ち着かない様子だった。


知り合いに会うのを恐れているかのように何度もあたりをキョロキョロと見回しながら、彼女は私の手のひらを握ったり緩めたりを繰り返していた。「大丈夫?」と声をかけたくもなったけれど、今はそっとしておくのが正解だと判断した。


結局、私は彼女の時折見せる奇妙な振る舞いには目を瞑り、周囲の景色に集中することにした。ルイーザとは違って、景色の方はまだ、いくらか不変であるように思えたからだ。


どこを見渡しても、そこかしこに春の気配が満ちていた。美しさも、そして泥っぽさも、窓ガラスに反射する太陽の光によって等しく強調されている。


日の光に縁取られた街路樹、屋根の影に沈む家の壁、そして互いに視線も交わさずに異なる方向へと行き交う人々の波。


私たちの脇を、おそらくルイーザと同じくらいの年齢の学生たちの集団が通り過ぎていった。彼らは周囲の世界などまるで見えていないかのように、甲高い声で騒がしく話し込んでいた。


どうか、他人の目に映る私の声が、あんな風に聞こえていないことを願うばかりだ。


「……ありがと」


「ん? 何が?」


前を歩く両親の話し声のせいで、彼女の声は辛うじて聞き取れる程度だった。今、彼女は私に感謝したのだろうか。そうだよね? 感謝されるような理由なんて、心当たりがなかったけれど。


「私一人だったら、きっと踏ん切りがつかなかったと思うから」


踏ん切りがつかないって、何に? 彼女には、もう少し具体的に言葉を紡ぐという習慣を身につけてほしいものだ。けれど、今の彼女の状態を考えれば、多くを要求するのは酷というものだろう。だから……


「こちらこそ、ありがとう」


今が、彼女に感謝を伝えるのにちょうど良いタイミングであるように思えた。私に言わせれば、私の方が彼女に感謝すべき理由をずっと多く抱えているはずなのだ。


理由は単純だった。ガラス越しではなく、外の世界をこの目で見る機会をくれたこと。まるで、ずっとかけていた眼鏡をようやく外し、どんなレンズも伝えることのできなかった本当の光景が、目の前に開けたかのような感覚。


当然、何に対して感謝しているのかを、わざわざ詳しく説明してやるつもりはなかったけれど。


ルイーザの目が細められた。まるで「どういう意味?」と問い詰めてきているかのようだった。私はその反応に対して、ただ笑ってみせた。私の言いたいことを、彼女がすべて理解する必要なんてない。むしろ、理解できない方が都合がいいのだ。さもなければ、彼女の自惚れが天を突くことになってしまう。


「ちょっと、からかってるでしょ?」


ルイーザは私の肩を小突いて、低く唸るような声を上げた。


「まさか。心からの感謝だよ」


私の返答は彼女をあまり満足させられなかったようで、彼女は明らかに説明を求めていた。代わりに私は、小指で目の下の皮膚を引き下げ、舌を突き出してみせた。――あっかんべー、だ。


ルイーザの反応は素早かった。彼女は足を止めると、片腕で私の首を抱え込み、もう片方の手のひらを私の後頭部に添えた。これは何かのホールドか、あるいはプロレス技のようなものだろうか。いずれにせよ、苦しさは感じなかったので、まあ問題はないのだろう、おそらく。


「髪型が崩れちゃうよ」


「いいの。あんたのことなんて、私以外誰も見てないんだから」


まあ、なんて失礼な。これでも私は、それなりに人気があるのだ。……狭い世界の中では、だけど。


「二人とも、急ぎなさい。エウリエルはもう着いているはずよ」


母はわざわざ足を止め、両手を腰に当てて私たちを呼び止めた。父がそれに続いて、ゆっくりと振り返る。彼の視線が、私たちが一体何をしているのかを解き明かそうとするかのように泳いでいた。


「楽しそうだな。俺も仲間に入って……」


「急ぐって言ってるでしょ」


母は父の耳を引っ張り、彼の身体を強引に斜めへと傾けさせた。


ルイーザは私を解放し、それから再びその手のひらで私の手を包み込んだ。もしかして彼女は、私のことを精神安定用のぬいぐるみか何かだと思っているのだろうか。まさか、心の支えとしてこのまま入学式の式典の席まで私を連れていくつもりではないだろうね。あの手の退屈な式辞というやつは、私にとっては苦痛でしかないのだから。


歩みを進めるうちに、ルイーザの様子が少し引き締まってきたことに気づいた。彼女の手は、もう躊躇うように不規則に動くことはなかった。ただ、彼女の手のひらにかいた汗の感覚だけが残っている。それとも、これは私の汗だろうか。いや、きっと違う。


それにしても、この街の学校というのは、一体どんな見た目をしているのだろう。


本の中では、いくつもの高い塔や尖塔が空へと突き刺さる、立派な石造りの建築物がよく登場する。渡り廊下やアーチ、中庭で繋がれた、いくつかの大きな校舎や別棟。神秘性を高めるために、不気味な植物に覆われた黒ずんだ石壁。


いかにも魔法に満ちあふれた、素晴らしい響きだ。けれど、現実を前にしてそんな幻想に期待を抱きすぎると、きっと失望することになる。たとえば、ルイーザの着ている制服は、私が想像していたそんなおとぎ話のような空間にはどう考えても不釣り合いだった。それに、以前この道を通ったときにも、そんな建物は見覚えがなかった。


おそらく、魔法というものはそういうものなのだろう。理性的であることと、そうでないことの境界――想像と現実の壁を、跡形もなく打ち砕いてしまうような。


そんな思索に耽っていると、大勢の子供たちの声が耳に届き、それと同時にルイーザが再び私の手を強く握り締めた。声の発生源に目を向ける前に、私はルイーザの顔を見た。最初よりはずっと落ち着いていたけれど、それでも彼女の表情には、微かな緊張の色彩が浮かんでいた。


どうやら、目的地に着いたようだ。


彼女の手を握り返し、私は子供たちの方へと視線を移した。様々な背丈や年齢の生徒たちに囲まれながら、エウリエルは門の前に立っていた。どこか決まり悪そうに背を丸め、まるでデビュー舞台を終えたばかりの芸人のような笑みを浮かべている。


彼が自分と他の子供たちとの間に壁を作らないのは微笑ましいことだったけれど、彼とルイーザとの間には、依然として見えない壁が残ったままであることにも気づいてほしかった。


こちらの姿を認めると、彼はすぐに背筋を伸ばして手を振った。その顔つきが一瞬にして変化する。まるで、大人の仮面を 貼り付けたかのようだ。


もしかして彼は、本当は役者になりたかったのに、運命の悪戯で司教になる羽目になったのだろうか。


私も手を振り返そうとしたけれど、腕を持ち上げるよりも早く、一枚の赤い花びらが私の顔の横をかすめて飛んでいった。最初は、誰かがわざと花びらを引きちぎって撒き散らしているのかと思った。けれど、そんなことをするのは結婚式の時くらいではないだろうか。残念ながら、私にはそのあたりの知識が不足していた。


手を伸ばしてその花びらを捕まえて、私は初めて、足元の地面がそれらで埋め尽くされていることに気がついた。見上げると、空はその花を咲かせている木々の枝によって、ほとんど覆い隠されている。


まだ散り始めたばかりだというのに、これらの葉――いや、花びらたちは、かつての瑞々しい姿の、ほんの影にすぎないように思えた。


そもそも私は、この街で木々が花を咲かせているところを一度でも目にしたことがあっただろうか。学校の敷地へと続く小道を歩きながら、そんな考えが頭をよぎった。傍から見ればきっと奇妙に映っただろうけれど、私はできるだけ花びらを踏まないように足元を選んで歩いた。


どうしてか、それらが木々をいっぱいに満たしていた瞬間の光景を見逃してしまったことへの、淡い悔恨の念が押し寄せてきた。この目で見てみたかった。それから、もう一つ……。


「これ、何ていう木なの?」


「嘘、まさか初めて見るの?」


ルイーザの熱のこもった視線から察するに、それらはかなり有名なものらしい。けれど、どれほど記憶を漁ってみても、何も出てこなかった。私は間違いなく、これまでにこの木をこの目で見たことも、噂に聞いたこともなかった。


「まあまあ。うちの箱入り娘が、めったに外に出ないのは知ってるでしょ」


「ちょっと!」


母が私の頭に手を置き、髪をくしゃくしゃとかき回した。私はすぐに、髪型が崩れるのを理由にしてその手を払い除けようとした。


母の言ったことは事実だったけれど、通りすがりのかどわかぬ他人にまで聞かせる必要はないはずだ。その一方で、私はルイーザから、いくつかの同情めいた頷きを向けられていた。彼女は私を哀れんでいるのだろうか、それとも何なのだろう。


「これはヤスツィリスの木。私の誕生日には、いつも決まって咲くのよ」


この瞬間のルイーザは、まるで自分がその手で苗を植えて育て上げたかのように、得意満面な様子だった。それが少しでも事実に即しているとは、到底思えなかったけれど。


「いつも、こんな感じなの?」


自尊心に浸るルイーザを放っておいて、私は母の方を向き、捕まえた花びらを見せた。ちなみに、触り心地はかなり滑らかで、同時にひどく脆かった。ほんの少し指先に力を入れれば、跡形もなく崩れ去り、灰のように風に舞ってしまいそうだった。


「ちょっと!」


無視されたルイーザが、不満そうに私の手を引っぱった。


「実は、そうでもないの。花の数が多すぎて、正確な数を知る者は誰もいないわ」


「ん?」


その説明に、私は心底困惑した。すべての木々がどうやって同時に同じ色を帯び、そして同じように色を変えていくのだろう。きっと、これこそが本物の「魔法」の具現化というやつなのだろう。


母の顔に、優しく、大きな微笑みが浮かんだ。今にも吹き出してしまいそうな、そんな温かい笑み。私の困惑した様子が、そんなに面白かったのだろうか。


「一人の人間がどれほど長生きしても、そのすべての色彩を見届けることはできない、と言われているのよ」


「お父さんが言ってた。私が生まれた時は、ピンク色だったって」


ルイーザの言葉は私に直接向けられたものではなかったけれど、私は少し決まり悪さを感じながらも、彼女に微笑みを返した。


「そうなの……?」


ピンク色の花を咲かせる木なら、以前どこかで見たことがあるような気がした。一体、どこで見たのだろう。……まあ、本当にただの気のせいかもしれないけれど。


もし私が春に生まれていたら、その花びらは何色だったのだろう。きっと、緑色だ。木々にとってその色は少しも特別なものではないけれど、ただ……。


「私が生まれた時は、黄色い花が咲いていたよ」


どうやらエウリエルは、門の前で私たちを待つのに痺れを切らしたらしい。彼は物音ひとつ立てずに背後から忍び寄り、ルイーザの肩に手を置いた。彼女はあまりの驚きに、危うくその場で飛び上がるところだった。


「お前が生まれた時、木々は一本残らず禿げ上がっていたはずだがな」


父は胸の前で腕を組み、そう言葉を挟んだ。


「自分の生え際がそんなに気になるのかい、友よ?」


おそらく、エウリエルとしては精一杯冷静に振る舞っているつもりなのだろう。どうやら彼は、今の自分がどんな顔をしているのか自覚がないらしかった。無理に笑おうとしているようだけれど、完全に失敗している。目も口も、まるで切り刻まれたヘリオンのような形に歪んでいた。父の言葉は、確実に彼の急所を射抜いたのだ。


「滅相もない、そんなわけないだろう」


父はわざとらしく自分の髪をなでつけ、生え際なんてこれっぽっちも気にしていないと言わんばかりの仕草をしてみせた。


「お前は夏生まれだったよな? 夏にヤスツィリスは咲かないんだよ」


「それがどうした。その前までは黄色かったんだ」


「哀れな木々め。お前が生まれる前に、耐えきれずにハゲちまったんだな」


二人の言い争いがこれ以上こじれる前に、母が両者の額を小突いて、強制的に引き離した。私はその光景から目を背け、彼らと同類だと思われないようにルイーザの手を引いて先を急いだ。


普段の家にいる時よりはいくらか自制しているようだったけれど、これでもマシな方だからといって、この状況が自動的に「良い状態」になるわけではない。そうだよね?


私には、エウリエルがなぜそこまで父の言葉に大ダメージを受けているのか、いまいち理解できなかった。父とは違って、彼には生え際の後退など見られなかったからだ。実を言えば、そんな話題が出たから意識してみたものの、どちらの頭にもそんな兆候は微塵も感じられなかった。


もしかしたら、これは世の男性全員にとっての、触れてはならない繊細な領域なのだろうか。将来、自分自身がハゲたくないのは確かだけれど、今の私にはまだ実感が湧かない問題だった。


「ここ、前に来たことある?」


念のために確認してみた。もしルイーザがこの壁の向こうに何があるのかを知っていたところで、何かが変わるわけではないかもしれないけれど、少なくとも私の好奇心くらいは満たされる。


生徒たちの波は途切れることなく押し寄せていた。徒歩で来る者、私有の馬車で乗り付ける者、あるいは乗合馬車に揺られてやってくる者――まるで一種のスクールバスのようだった。その人込みに紛れながら、私とルイーザは正門へと辿り着いた。そのせいで、私たちはまるでこっそり忍び込もうとしている不審者のような注目を、周囲から集めてしまっている気がした。


「ううん、あ……あ、そっか」


ルイーザの顔が、どうして突然周囲に咲き誇るヤスツィリスと同じ色に染まり始めたのか、理解するまでに少し時間がかかった。


え? 何が「あ、そっか」なの? ……じゃあ、私は?


「私も初めてなんだ」


とりあえず会話を繋ぐことにした。本当なら何か気の利いた冗談でも言うべきだったのだろうけれど、門の向こうにある景色を見極めようとするだけで、私の脳のキャパシティは限界を迎えていた。残念ながら、何も見えなかったけれど。ただ、生い茂る無数の木々と、その間を縫うように伸びる小道があるだけだった。


そうしている間にも、通り過ぎる生徒たちからの視線が、時折私へと突き刺さる。おそらく、私の服装も、私という存在そのものも、この周囲の環境には微塵も馴染んでいなかったのだろう。


次第に、私は周囲の怪訝そうな視線を気に留めるのをやめた。私と彼らの間には何の関わりもないのだから、私が他人の目にどう映ろうが知ったことではない。私の存在が、ルイーザの心を落ち着かせているなら、それで十分だった。


「……さっきの約束、ちゃんと覚えてるよね?」


二度目の人生を与えられたとしても、何かを劇的に変えられる人間なんてほとんどいないという話を、いつかどこかで耳にした。再びルイーザをからかう絶好の機会が巡ってきたわけだけれど、彼女の顔を見つめると、どうしてもそんな気にはなれなかった。


冗談半分だとしても、大切な人の目をまっすぐ見つめて嘘を吐くなんて、一体どれほど残酷になれば可能なのだろう。


私は彼女から目を逸らせなくなっている自分に気づいた。私の沈黙が彼女を傷つけているかのような、これほどまでに無防備で助けを求めるような眼差しを、これまでに彼女が見せたことがあっただろうか。


やがてルイーザは耐えかねたように、私に答えを促すように頭を小さく振った。


「もちろん。ちゃんとお迎えに来るよ」


「どこにも行く必要なんてないさ。入学式の式辞なんてせいぜい三十分程度だし、それが終われば今日は解散だからな」


父が私の背中をぽんと快活に叩いた。


「クラス分けの発表や学級活動はどうするんだい?」


エウリエルがすぐさま割って入り、お返しとばかりに父の背中を叩き返した。


「学校という場所に、一度も通ったことがないのが丸分かりだね」


「……何と言った?」


父が低く唸り声を上げる。


どうしてこの二人が揃うたびに、私は決まってどこか遠くへ逃げ出したくなるのだろう。こればかりは、本当に不可解な謎だった。


私はもう一度その場から離れようとしたけれど、今度は母に引き留められた。母は私たちの前にしゃがみ込み、それぞれの肩に手を置いた。


「向こうで、しっかり楽しんでくるのよ。いいわね?」


当然、それが私に向けられた言葉ではないことくらい分かっていた。けれど、これまでに見過ごしてきた数々の機会のせいか、私は口を挟まずにはいられなかった。


「ルイーザが私のせいで恥ずかしい思いをしないように、精一杯がんばるよ」


「あら、そう? だったら、もう手遅れみたいだけどね」


私の気を逸らそうとするかのように、母は私の鼻を指先でつまみ、再びルイーザの方を向いた。私はそこから抜け出そうと少し頭を振ってみた。けれど、少しどころではなかったらしく、頭がくらくらとし始めただけで、鼻はつままれたままだった。


「さあ、行きなさい」


その言葉とともに、母はようやく私の鼻を解放して立ち上がり、ルイーザの背中を優しく前へと押し出した。


「……うん」


彼女の声はひどく冷たく、鋭く感じられた。それは私の知っているルイーザとはあまりにもかけ離れていた。それ以上に、その声はどこか義務的な響きを帯びていた――まるで、その一言を発するために、とてつもないエネルギーを絞り出したかのように。


学校という場所が、まともに始まりもしないうちからすでにルイーザを変え始めてしまったのではないかという予感が、突然、私の胸に冷たい棘のように突き刺さった。


無意識のうちに彼女へと手を伸ばしたけれど、彼女は私の方向を冷ややかな目で一瞥しただけだった。そして、お別れの言葉すら口にしないまま、ルイーザは踵を返して去っていった。


背後で行き交う生徒たちのざわめきを聞きながら、私はただ彼女の後ろ姿を見送っていた。彼女の静かな旅立ちとともに、それまで私の肺を満たしていたあの花々の香りが、今はどういうわけか、泥の匂いを帯びて濁っているように思えた。


.


昨日までは決して離れないと思えたものが、今日にはもう触れ合う点すら見失ってしまう。そんなことは、少しも珍しいことではなかった。思い出は色褪せないけれど、私たちは……。


年齢と同じように、私たちの置かれる環境も、興味の対象も変わっていく。私はそんな光景を、これまでに無数に目にしてきた気がする。もっとも、それが一体どこの記憶なのかは、自分でもよく分からなかったけれど。


それでも、想像力というものはあまりにも真に迫った映像を作り出すもので、私はいつの間にか、自分自身でその幻想を信じ込み始めていた。


私はこのまま、ただ受け入れて諦めてしまうのだろうか。その問いかけは、あの日の群衆のざわめきと同じように、ずっと私の頭の中で響き続けていた。


そして、言うまでもなく、私は諦めて何もしなかった。自分が何をすべきだったのかは、薄々分かっていた――痛みを無視して、大声で叫ぶことだ。けれど、私はその代わりに、ただ力なく小さく唸る(うなる)ことしかできなかった。


どれほど太陽に向かって手を伸ばしたところで、それが近づいてくることはない。けれど、太陽が放っていた温もりと光は、永遠に残り続ける。


あのちっぽけな氷の欠片が溶け去ったあと、私の身体を温かさで満たしてくれた思い出とは、きっとそういうものだったのだろう。


私は約束通り、ルイーザを迎えにいった。家に帰ってきた彼女は、いつもの通りのルイーザだった。それにもかかわらず、彼女が一歩一歩、私から遠ざかるように歩みを進めているような感覚が、どうしても頭から離れなかった。


翌日、彼女は再び学校へと向かい、そしてその日の夜……エウリエルと一緒に家に戻ってきた。


それは私にとって、本当の衝撃だった。そして同時に、別れというものは驚くほど静かに訪れた。お互いにとって。彼女に向かって微笑み、手を振ることは、私にとって造作もないことだった。あの日、こんな毎日がずっと続いていくのだと無邪気に信じ込んでいた、あの朝と同じように。


私たちの間にあった絆は、すでに錆びつき、ボロボロと崩れ落ちているかのように思えた。そもそも、あれは本当に「友情」だったのだろうか。率直に言って、私には答えが出せなかった。どういうわけか、どうしてもそれを見つけることができなかったのだ。


けれど、ルイーザの方には、どうやら答えがあったらしい。そして私とは違って、彼女がそれを口にするまでに、大して時間はかからなかった。


「ちょっと、ヨリ。なんでまたベッドの中にいるわけ?」


それが、私の部屋に遠慮なく踏み込んできたルイーザの開口一番のセリフだった。客観的に言えば「私たちの部屋」だけれど、そのあたりは割愛しよう。


目を細めながら、カーテンの隙間から差し込む夏の日の光を浴びた瞬間、私の頭の中に一つの思考が浮かび上がった。


――どうやら、何かを忘れていたらしい。


「私はどこにいるべきなの?」


「『どこに』って何よ? 毎週金曜日はあんたが私を迎えにくるって約束したでしょ」


彼女は椅子に鞄を引っ掛け、髪をなでつけた。


「週に一日だけでいいって、私がせっかく妥協してあげたっていうのに」


「あ、今日って金曜日だったんだ?」


「……あんた、バカにしてるの?」


あの日から、少なくとも一ヶ月は経過していた。そして、あの強固な氷の膜に覆われていたようなルイーザの姿を、私は二度と目にすることはなかった。時折、あれはすべて私の見間違いだったのではないかと思うことすらあった。けれど、あの瞬間のことを思い出すと、心臓がトクンと跳ねて、私のその推測を否定してくるのだった。


毎日、放課後になるとルイーザは私の家へとやってきた。結局のところ、エウリエルが神殿の仕事で忙しい間、彼女を一人きりにしたくなかっただけらしい。


ルイーザは、最初からこうなることが分かっていたのだろうか。きっと、そうなのだろう。なぜなら彼女が戻ってきたとき、彼女の荷物の一部は相変わらず私のクローゼットを占領したままだったからだ。おまけに、彼女は毎週末になると我が家に泊まっていったので、あれで本当に「引っ越した」と言えるのかどうかは甚だ疑問だった。まるで、私たちの家が地下通路で繋がっているかのようだ。私の家は、すなわち彼女の家でもあった。


どうやら彼女は、アナホリフクロウのような生き物らしい。手を伸ばせば、その上で丸くなって眠ってしまう。ご飯を差し出せば、そこに永遠に住み着いてしまう。だからこそ私たちは、毎週金曜日には私が彼女を迎えにいき、一緒に家に帰るという約束を交わしたのだ。


別に、そのことで彼女を責めるつもりはなかった。もし私が誰かの手のひらに収まるサイズになれるとしたら、きっと同じような行動を取っていただろうから。まあ、二人の共通点なんてその程度のものでしかないけれど。


それよりも重大な問題は、なぜ私がルイーザを迎えにいくのを忘れていたことを、誰も私に教えてくれなかったのか、ということだ。


「これで、あんたは私に借りがあるからね」


「え? 何が? なんでそうなるの?」


「約束を破ったから。これって、すごく大事なことなんだからね」


「教えにこなかったあんたの自業自得でしょ」とでも言って突っぱねるのが合理的だったのだろうけれど……いざ口を開いてみると、言葉がどうしても形になってくれなかった。一体何だったのだろう、今の感覚は。


私の唇が音もなく動いているのを見て、ルイーザは困惑したような顔をしていた。彼女は私の口元を読み取ろうとするかのように、さらに距離を詰めてきたので、私は少し緊張し始めてしまった。


「な……何を望んでるの?」


結局、私はまたしても降伏することになった。どうやら、これが我が家の伝統になりつつあるらしい。


「毎週月曜日は、あんたが私を学校まで送っていくこと」


そう告げた彼女の顔には、無邪気な微笑みが浮かんでいた。彼女の年齢にふさわしい、けれど滅多に見ることのできない、そんな笑顔だった。


「え……?」


「『え』じゃない。週に一回くらい、お昼前に起きたって死にはしないでしょ」


私の傍らにすっくと立つ彼女の姿は、まるで仕事もしない上司を叱り飛ばす、有能な個人秘書のようだった。……待って。普通、その関係性は逆であるべきなんじゃないっけ?


まあ、それはどうでもいい。


一瞬、健康的な睡眠をとる権利を主張するために、傲慢ごうまんで大層な態度を取ってやろうかと思った。もちろん、そんなことはしなかった。頭の中で考えただけだ。結局のところ、ルイーザの言う通りなのだから。私が約束を忘れていたのは事実だ。それにしても、なぜお母さんは教えてくれなかったのだろう。


「わかったよ……」


「よし、決まりね」


いつもの私なら、この状況を利用して彼女の耳や頬を引っ張り、その勝ち誇った仮面を剥ぎ取ってやるところだった。けれど、目が覚めたばかりの私は、体を動かすのが酷く億劫おっくうだった。彼女の影の中に身を置いているだけでも、十分に体力を消耗させられているような気分だった。


「あら、ルイーザ、もう帰ってたの?」


通りかかった母の姿を見て、私はここぞとばかりに白黒はっきりつけようとした。母に責任を転嫁することに、大した意味がないのは分かっていたけれど。


「お母さん、なんでルイーザを迎えにいかなきゃいけないって、教えてくれなかったの?」


「あら? ルイーザが今日は迎えにこなくていいって言ってたわよ。あんた聞いてなかったの?」


母は首を小首をかしげてみせた。それは明らかに、「私以外の全員がそのことを知っていた」という事実を意味していた。


正直なところ、ルイーザが自分の望みを叶えるために、わざわざそんな遠回りをすることに対して、少しばかり憤りを感じていた。ただ普通に頼むのが、そんなに難しいことなのだろうか。言っておくけれど、私が二つ返事で承諾したわけではない。けれど最終的に、彼女は私が一度として彼女を拒絶できた試しがないことを、嫌というほど理解しているのだ。


どうやら、私は本当に少し押しに弱いらしい。


「何はともあれ、二人とも着替えてご飯にしなさい」


自分が作り出した空気を完全に無視して、母はただ立ち去り、後に残された私たちの問題を私たち自身に丸投げした。私はベッドに横たわったまま、ルイーザに穴が開くほど視線を注ぎ続けた。


すぐに、ルイーザが再びこちらを向いた。見れば、彼女の耳のあたりが徐々に赤く染まり始め、その笑みはどこか決まり悪そうなものへと変わっていった。やがて彼女の肌は、周囲に咲き誇るヤスツィリスの花びらと同じ色彩を帯びていく。


なんて懐かしい光景だろう。


一瞬、ルイーザがあらゆる不条理な行動を繰り返していた、あの不器用な少女に戻ったかのような錯覚を覚えた。やっぱり、学校という場所は本当に人間を変えるものらしい。


「じゃあ、あんたは……」


「もう遅いよ。約束しちゃったんだから」


そう口にしたものの、彼女の声には明らかな動揺が含まれていた。それにもかかわらず、注意深く観察してみれば、彼女の顔にはどこか勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。要するに、彼女の様子からは、自分が悪いことをしたという罪悪感の欠片すら見出すことはできなかった。


少しずつ、ルイーザは落ち着きを取り戻していった。両頬にはまだ微かな赤みが残っていたけれど、彼女の顔にはいつもの自信に満ちた表情が戻っていた。


もしかして彼女は本当にサイボーグのたぐいで、身体のどこかに切り替えスイッチでも隠されているのではないだろうか。


「それで……それだけ? 他に言うことはないわけ?」


「ん?」


これ以上、彼女は私から何を期待しているのだろう。まさか、私はまだ何か別のことを忘れているのだろうか。認め極めたくはないけれど、私の記憶力というものは、私の弱点リストにおいて決して低い位置にあるわけではなかった。


私は小さく鼻を鳴らし、視線を天井へと移した。他に何を言うべきかと思案しているうちに、私の手は無意識に髪へと伸び、指先で毛先をくるくるといじり始めていた。そして、まっすぐ伸ばしているつもりだった両足は、いつの間にか膝のところで曲げられていた。


「私ね、あんたのそういうところ、結構好きなんだ。見ていていつも面白いから」


「え? 好き? ところって? どこが?」


「本当は動揺してる癖に、頬の赤さを必死に隠して、真面目なフリをしようと必死になってるその姿のことだよ」


彼女は頭を低く下げていたけれど、それでも彼女の頬がみるみるうちに真っ赤に染まっていくのを、私は隠し通すことができなかった。率直に言って、この瞬間の彼女の輝きの前では、ヤスツィリスそのものですらかすんでしまうほどだった。


大抵はただ彼女をからかっているだけだったけれど、私は彼女のそういう性質を、本当に好ましく思っていた。彼女のちょっとした小細工を脇に置いたとしても、彼女の振る舞いはあまりにも真っ直ぐで――歪んだりこじれたりしているところが、どこにもなかったからだ。ほんの少しの例外を除いて、は。


「必死なんかじゃないし……赤くなってなんてない」


「へえ、そっか。じゃあさ、鏡を見て今のセリフをもう一回繰り返してみたら?」


ルイーザは上目遣いで私を睨みつけながら、今にも泣き出しそうなほどに瞳を細かく震わせた。まるで、引き返せないところまで自ら踏み込みすぎて、後に引けなくなっていることを自覚したかのように。


ルイーザを苦しめるつもりなんて毛頭なかったけれど、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ仕返しをしてやりたいという衝動を抑えられなかった。


彼女の額に薄く皺が寄り、両手がぎゅっと握り締められる。羞恥心が苛立ちへと変わっていくにつれて、ルイーザの頬がぷくっと膨らんでいくさまも、またたまらなく愛らしかった。


「あんたって、本当に最低」


「まあ、そうかもね」


この「対話」が一段落すると、ルイーザは自分のシャツを頭から強引に引っ張り上げ始めた。脱ぐのでもなく、ボタンを外すのでもなく、文字通り力任せに「引き抜こう」としているのだ。


窓の外は夏真っ盛りで、おそらく外は相当な暑さなのだろう。だから彼女が少し汗をかいていたとしても、何ら不思議なことではなかった。普通の人ならそのあたりの事情を考慮して、もっと賢く服を脱ぎそうなものだけれど……どうやら、私は彼女を過大評価していたらしい。


彼女の姿は、まるで狭い隙間に無理やり頭を突っ込もうとしている猫のようだった。それでは拉致があかないと気づいたのか、彼女は袖から腕を内側へと引っ込め、中から頭を押し出そうと奮闘し始めた。


その光景がどれほど滑稽こっけいであったとしても、ずっと眺めているのにはすぐに飽きてしまった。


「それで、他に何を聞きたかったの?」


そう言いながら、私はようやくベッドから起き上がり、縁に足を投げ出した。大きなあくびを噛み殺していると、突然お腹のあたりがかゆくなってきた。Tシャツの裾から手を滑り込ませて、ぽりぽりとそこを掻く。


ルイーザの動きが止まり、こちらを向いた。――おそらく。実際のところ、彼女の顔が隠れてしまっているので確実なことは言えないけれど。


シャツとの不毛な格闘を諦めたのか、彼女は首の開き口からすぽっと頭を外へと突き出した。一体なぜそんなことをしたのだろう。ともあれ、今の彼女は、私が……ええと、どこかで見かけたことのある動物にそっくりだった。確か、レリオとか……いや、違うな。そもそもそれって誰だっけ?


あ、そうだ。思い出した。


巣穴からひょこっと頭を覗かせている、プレーリードッグだ。ルイーザはもはや自制することをやめたらしく、次から次へと新しいキャラクター性を生み出していた。本人は無自覚なのかもしれないけれど。


「私、何か言いたかったっけ?」


それを解き明かそうとする試みは何の成果ももたらさなかったので、私はただ考えるのを放棄することにした。本人がそれでいいなら、私にとっても好都合だ。


数秒の沈黙のあと、ルイーザは再び頭をシャツの内側へと引っ込めようとした。そして……今度は完全に失敗した。彼女が拘束衣を必要とするほど暴れ狂っていたとは思えないけれど、襟ぐりから頭だけを突き出し、布地の下で両手をバタバタと悶えさせている姿は、まさにそんな風に見えた。


「……挟まった。動けない」


「知ってた」


学校でのルイーザがどんな風に振る舞っているのか、少しだけ知りたい気がした。もしかして、そこでも同じような感じなのだろうか。どういうわけか、その想像はあまり愉快なものではなかった。少し奇妙に聞こえるかもしれないけれど、彼女のこういう姿は、私だけの間で留めておいてくれた方がずっといい。明確な理由があるわけではない。ただ、自分だけが知っている特別な姿がこの世に存在するという事実に、少しばかり浸っていたかったのだ。


そんなことを考えると、なんだか無性に頬が痒くなってくる気がした。


私は何も尋ねることなくベッドから下りると、ルイーザに歩み寄り、彼女のシャツのボタンを外す手伝いをしてやった。


それにしても、彼女には学校に友達がいるのだろうか。彼女はこれまで、私にそんな話を一度もしたことがなかった。……一体、それはどういう意味を持っているのだろう。

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