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『漢過ぎる男』第二王子フランドル

 水浸しにした手洗い場の掃除を済ませたヒタカは、アルザスに遅れる形で護衛剣士の詰所へと戻った。第二王子のフランドルがちょうど帰還してきたようで、小さな人だかりになっている。

「おう、戻ったかクロスレイ。フランドル様に挨拶しろよ」

 まだ打ちひしがれていたヒタカだったが、アルザスに言われるまま人だかりへ近付いた。

「おう、新入り!何だっけ、クロスレイだったっけ?」

 その口調は王家の人間には似つかわしくないが、かえって親近感を増幅させる。サキトと同じ金髪だが、日焼けし過ぎたせいか心なしか赤茶っぽい。肌の色もやや暗く、身体つきも筋肉質で厳つかった。一国の王子様だというのに、自分達と同じ白い護衛剣士用の制服を身に付けている。

 白い歯を見せ、豪快に笑う彼は、長男であるルーヴィルや三男のサキトとは全く違う系統だった。

「はい、フランドル様。ヒタカ=ウラスト=クロスレイです」

「おーおーおー!!やっぱりいいガタイしてんじゃねえか!」

「あ…ありがとうございます」

 そんなフランドルの後ろには黒い袋に包まれた謎の荷物が無造作に置かれていた。イルマリネは不思議そうな面持ちでその物体を見る。

 やたらもぞもぞと動いている。怪しい。

「…それは?」

「あっ!これな!いやあ、伝説のバッファローを探しに行ったんだけどなかなか見つからなくてなあ!その代わりこいつが土産だ!」

 フランドルは袋の紐を解き、中身を出す。それと同時に、イルマリネは顔を真っ青にして「うわぁあああああ!!」と悲鳴を上げた。出てきたのは紫や黒、黄色などのカラフルな模様が付いた巨大サイズの蛇。

 にゅるにゅるととぐろを巻いて床に這い寄る蛇は、捕まえてきたフランドルの足首に絡み付く。

「なっ、何故それを捕まえてきたんですか!!」

「でけぇ…!良く捕まえましたね」

 おぞましさに震え、瞬時に室内の角に引っ込むイルマリネとは逆に、その巨大っぷりに興味を示すようなアルザスとアーダルヴェルト。

 ヒタカは目が点になり、フランドルに絡まる蛇を見下ろす。

「毒牙は抜いてあるからな!おいおい、イルマリネ。何でそんなに引っ込むんだ」

「いっ…いやいやいや、私には無理です!無理無理無理」

 グロテスクな物を受け付けないイルマリネには、彼が持ってくる野生のお土産物のセンスが理解できない。

「じゃあこいつはどうだ?カマキリの蛹。こいつがまたデカくてな!つい持ってきちまった」

「無理ですっ!!!」

 剣士になれども、温室育ちの彼にとってはその土産は嫌がらせに感じてしまうらしい。

 巨大蛇はフランドルの足に絡み、締め付け始めた。

「フランドル様、大丈夫ですかそれ?」

「お?おう、大丈夫大丈夫。よしよし、また動物園に持っていってやろう。アルザス、悪りぃがこいつを総務室に持っていってくれ。俺からって言えば分かってくれるはずだから」

 よいしょ、と彼は逞しい力業で蛇の首を掴むと、袋に再び詰め込む。それを見てようやくホッとするイルマリネ。

 猪じゃないのかあ、と少しがっかりするアーダルヴェルト。猪肉の料理を期待していたらしい。

 もぞもぞする黒い袋。

「うえっ!?なかなか重いなこいつは」

 袋を持ったアルザスはその重みに驚く。動いているせいで更に負荷が出た。彼も力持ちな方だが、そんな彼が驚く位その蛇は重かった。

 真っ白な歯を出しながらフランドルはからからと笑う。

「そいつ、穴から出たり引っ込んだりして、小馬鹿にしてくるから、腹が立って穴蔵に手を突っ込んで引っ張り出してやったんだよ。そしたらやたら長くてびっくりしたわ」

 どれだけ野生児なのだろう。

 そうそう簡単に、穴蔵に手を突っ込んで引っ張れる代物ではない気がする。アルザスが大蛇入り袋を持って詰所から出ていくと、フランドルは「よしよし」と満足そうに頷いた。そしてヒタカに目を向ける。

 びく、と身体を強張らせるヒタカ。

「帰ってきた事だし、サキトに会いに行くか。クロスレイ、お前確かサキトが任命した専属の剣士だろう?」

「は…はい!」

「じゃあ行こうか。カマキリの蛹、喜んでくれるかな」

 それはサキトへの土産物のつもりで持って来たのだろうか。アーダルヴェルトは「どうっすかね…」と否定を含ませて返す。受け取ってもどうしたらいいのか分からなくなるのではないだろうか。

 ふむ…とフランドルはカマキリの蛹を手にしながら考える。そして、おもむろにイルマリネに向けて「じゃあこれをやるよ」と手渡そうとした。

 眼前に突き出され、彼は目を見開いてそれを確認すると、急に目を白くさせ意識を遮断してしまった。バターン!!と激しい音を立てて倒れるイルマリネ。

「い、イルマリネ先輩!!」

 気を失った彼に、ヒタカは慌てて声をかけた。

「何だ、男なのに情けないな」

 軟弱さのある彼とは違い、フランドルは極端に男過ぎる。

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