小悪魔王子と下僕系剣士8
吐き捨てるアルザスに、ヒタカは水浸しのまま詰め寄る。
「自分でも分からないんですよぉ!すごくゾクゾクしちゃうって、おかしくないですか!?おかしいですよね!?やっぱり俺、変なんでしょうか、先輩教えて下さい!!」
彼は凄く必死なのだろうが、泣きそうな顔で濡れたままで迫るその姿はただの変な人だ。アルザスは徐々に後退しながら「知るかよ!」と怒鳴る。
ヒタカは妖艶なサキトの笑みを思い出すだけでゾワゾワする位、彼の毒気に当たってしまったらしい。
「先輩教えて下さいよぉ!」
必死に訴えるヒタカ。
「うるせぇ!ならマゾじゃねーのかよ、寄るな気色悪い!」
面倒臭くなり、アルザスは言った。するとヒタカはぴたりと停止し、泣き出しそうな顔を更に歪める。
「や、やっぱりマゾなんだ…!」
絶望する大男。
「あぁああ、お前面倒臭ぇ!!そうなのかって言うからそうだって言ったら、この世の終わりみたいな顔しやがって!!」
「どうしよう、どうしたらいいですか!?ねえっ、先輩!」
「うるせぇ!そのデカい図体で構ってちゃんかよ、気持ち悪い!お前の事なんか知るか、俺に聞くんじゃねえ!自分でどうにかしろ!」
どうにかしろ、と言われても。
立場が完全に上のサキトから、直々に専属護衛剣士に任命された以上、これを無下にする訳にもいかない。アルザスに訴えても仕方の無い事なのは理解している。
…でも、でもでも!
あんな風に誘惑紛いの事をされては、恋人も居ない健全な肉体を持つ自分には辛い。ただでさえ、サキトの外見だけは良すぎるのに。
「変わって下さい!」
「はあ!?嫌だね、お断りだ!」
アルザスはアルザスで、生意気過ぎるサキトの世話など死んでも嫌なパターンだった。元々子供が好きではない彼は、ただ王族に生まれただけで立場が上なだけで、立場を利用して横柄な態度を取るサキトが嫌いなのだ。
頭を下げるのも嫌だというのに。
「子守りはお前が頼まれたんだからな!あの王子様がお前に飽きるまで世話してやれよ?お前みたいな一介の庶民剣士が、この国の可愛い王子様の護衛役だぞ?有り難いじゃねえか。責任もって、責務を全うしやがれ!」
ぐっとヒタカは返す言葉を失った。
そうなのだ。サキト直々に頼まれたのだ。嫌がれば、どんな事をされてしまうか分からない。
誰に代わる事も出来ない。結局、黙って彼が飽きるまで傍につくより他に道はない。
ヒタカはうなだれ、アルザスに言う。
「先輩…じゃあもし、俺がマゾで変態になっても、普通に接して下さいね」
水滴は次第に落ち着いてきた。しかし、手洗い場の床は大洪水になっている。
「やだ」
「何でですか…」
「だって嫌だし。仲間だと思われるだろ」
理由になっていない。アルザスは掃除用のロッカーからモップを取り出すと、甲斐甲斐しく拭き掃除をする。何で俺がこんな事を…と文句を言いつつ、掃除の手付きは完全に慣れていた。
「…仲間じゃないんですかぁ!?」
「うるせえんだよマゾ野郎!掃除しろや!お前がここ汚してんだぞ!何で俺がやらなきゃなんねえんだよ!」
「まだマゾじゃないです!!」
「自分から話題振っといて、マゾじゃねえとか言うのかよ!?そんな話をしてくる辺り、お前はもう変態になりかけなんだよ!」
違いますぅ…と情けない声を出しながら、押し付けられたモップを受け取る。
アルザスは舌打ちしながら、「ちゃんと片しとけよ」と言い捨てた。ヒタカは凹みつつ、半泣きになりながら返事をして手を動かした。その様子はまるで、新人を苛め倒した先輩にしか見えない。
何でこいつが護衛剣士に…とアルザスは情けない彼に呆れた。でかい図体をしているくせに、中身はヘタレ過ぎる。頼りない顔で、何をするにも遠慮がち。本気で苛々する。
「さっさと掃除しろ。今日詰所にフランドル様がお出での予定だ。新人だろうが分け隔てないお方だが、一応王家の一員だからな。護衛剣士でもあるから、きちんと挨拶はしなきゃなんねえぞ」
「ふ、フランドル様…ですか」
「お前の可愛いサキト様の兄上だ。先週、休みを利用して『伝説のバッファローを探しに行く』とか言って出ていったけど、ご無事で良かった」
伝説のバッファローなんか居るのか…と突っ込み所が満載だが、相手は王族ゆえしっかりと挨拶はしなければならない。ヒタカは分かりました、と返した。
「お元気な方ですね、相変わらず」
「フランドル様は毎回獲物を土産にして下さるからな。伝説のバッファローは無茶でも、猪とか平気で持ってくるだろうよ。装備も、ガチで革の鎧に鉄の盾を装備して行く。前に鉄の鎧を装備したら重すぎて、移動用の馬が使い物にならなかったみたいだ」
「………」
そりゃそうだ。
競馬のジョッキーだって、軽量化を図っているのに。
アルザスはヒタカに、掃除とその水浸しの身体をどうにかしろと命じると、自分はさっさと詰所へ戻っていった。




