盟約の証13
指輪を与えた理由が、ヒタカが思っているような立派な事ではない事に更に変な罪悪感に苛まれてしまう。彼から目を反らしながらサキトは「あのね、クロスレイ」と言った。
「え…?」
「君がすっごく真面目な事が分かったんだけど、その指輪さ…何て言うの、僕の番犬になってくれるだろうと思ったから着けさせたんだよ…」
「へ…?ば、番犬?!」
突然の告白に、ヒタカは唖然とする。サキトはどこか恥ずかしそうな顔をし、こくりと頷いた。
「俺を犬扱いですかぁ…!?サキト様…」
「う…うん…最初はね…えっと、でも凄くいい動きをしてくれてるし…だから余計に申し訳なくて…怪我まで、させちゃったし」
しゅんとするサキト。ヒタカはそんな彼の肩に優しく触れると、「あの」と話を切り出す。
「護衛も、番犬も似たようなものですよ…それでも、あの…頑張ってあなたをお守りしますから」
まだ見習いにも関わらず、頼もしい言葉を放つヒタカ。サキトは必死に感情を出すまいとしていた。自分は一国の王子で、臣下に弱い所は見せられない。
まだ小さいなれど、培われたプライドが子供らしい感情を封じていた。甘えたくても甘えられないというジレンマがサキトの根底にあった。
「…はあ。君は本当に変わってるよ…」
「そうなんですか?」
ヒタカに気持ちを悟られないようにぷいっと顔を反らす。
「そうだよ」
しばらくすると、アーダルヴェルトが「片してやったぞ」と二人の傍に駆け寄ってきた。サキトの若干潤んだ目を見たアーダルヴェルトは、「おっやあ?」とわざわざ彼の顔を覗き込む。
「何だ何だ、サキト様泣いたか?」
「!!!」
空気の読めないアーダルヴェルトは、ニヤニヤしながらからかった。サキトはふるふると首を振って「違うよ!!」と怒鳴る。
真っ赤になるサキトに、ついヒタカは吹き出した。
「何がおかしいのさ!クロスレイ!」
「いえ…やっぱりサキト様は、こうでなきゃいけないなって」
潤みそうなサキトの瞼を、優しく親指で撫でる。
「今イルマリネ先輩と他の兵士呼んでるから、後処理はアルザス先輩に任せとけ。城に戻って手当しないとな。…ほれ、掴まれ」
「え」
アーダルヴェルトはヒタカに手を差し伸べる。
「サキト様に支えさせる訳にはいかねぇだろ。貸しだ、貸し」
「あっ…ありがとうございます…」
ベンチから腰を浮かせ、よろめきながらアーダルヴェルトの肩を借りた。サキトはヒタカの上着を纏ったまま立ち上がる。さすがに大きすぎるらしく、身体がすっぽりと隠れそうだ。
図体デカすぎんだよ!と文句を言いながらもヒタカが無理をしないように支えて歩く。
しばらく絶対安静だな…と負傷したヒタカを見てアーダルヴェルトは呟いたが、ヒタカは「でも、俺少し成長出来た気がします」と満足そうな顔をする。不完全だろうが、サキトを守れた事が嬉しかったのだ。
…役目を果たす事が出来たから。
「頭かち割られて笑顔見せんなよ、気持ち悪いなお前」
「ふふ」
いつものように遠慮がちな笑みをしながら、ヒタカはゆっくりした歩調で城への道を進んでいった。
…翌日、昼を過ぎた頃。
「や、やっぱり俺なんかがここで休むのは駄目な気がするんです、サキト様!!」
悲鳴紛いの声を部屋中に響かせるヒタカ。頭には包帯を巻かれ、完全にラフな格好で寝かされている。…サキトの部屋で。普通ならあり得ない事態だ。
サキトはけろっとして、「お父様から許可を貰ってるの」と情けなく泣きそうな顔をしている護衛剣士に言った。
上質なベッド。上質なシーツ。上質な羽毛布団。今まで触った事もないような素材の寝具に寝かされ、全然落ち着かない。
普段と変わらない様子のサキトは、ベッドに上がってぺたんと座った。大人でも大きく感じる広さの軟らかいベッドは軽く軋みを上げる。
「君が治るまでここで寝てもらうよ、クロスレイ」
「あなたのベッドじゃないですかぁあ!!」
サキトのベッドに寝て、自分の匂いがついたらどうしようと変な事を考えてしまう。そんな不安な顔をしていた彼を制するようにサキトは「あまり動くと傷が開いちゃうよ」と言う。変わらずの愛くるしい顔で、ヒタカを変に魅了してくる。
「僕も寝てるし問題ないでしょ。それに、クロスレイの腕、いい枕になるんだもん」
「で、ですが!!」
「僕がいいって言ったらいいの!文句言わないで!」
せめて汚さないようにしないと…と弱気になるヒタカ。
揉め事が一段落した所で、室内の扉がノックされる。サキトは「はぁい」とベッドからぴょんと軽やかに降り、扉に駆け寄った。




