盟約の証11
まず、サキトの近くに寄っている野蛮な者を払わなければ。ヒタカは彼に近付きながら、襲いかかってくる男達を力任せに振り払っていく。椅子やテーブルを用いてくる彼らを押し退け、殴ろうと拳を振るってくる酔っ払いの腕を掴むと軽く捻り、痛みに呻く相手の脇腹を蹴っ飛ばした。
「…っのやらぁああ!ぶっ殺してやる!!」
サキトを救う事で頭がいっぱいで、どこからか用いてきた小振りの角材で身体を打ち付けられても彼は動じない。むしろ、痛みを感じなかった。
打ってきた角材を逆に掴む。怯んだ男を、ヒタカはギリッと睨んだ。そして無言で横取りすると、そのまま顔面目掛けて放り投げる。
「邪魔しやがって!!」
背後から怒鳴り声がし、背中に鈍い衝撃を受けた。蹴られた位ではヒタカの大柄な身体が吹っ飛ばされるはずもなく、すぐに振り向いて男を殴り飛ばす。
「俺が居る限り、サキト様には一切触らせない」
怒りを押さえながら、ヒタカは荒くれを睨み付けた。
「抜かせ!!」
転がっていた円形のテーブルを掴むと、自分に殴りかかろうとした男達に向けて再び投げた。悲鳴を上げて体勢を崩す彼らの隙を見て、ヒタカはサキトの傍へ駆け寄った。
服を裂かれ、水浸しのサキトは一瞬泣きそうな顔を見せたが、すぐにその表情を消す。
「お待たせしました、サキト様」
「遅いよ!クロスレイ!」
いつもの通りだ。つい彼の気丈さにヒタカは苦笑する。そしてアルザスから預かったペンダントを彼に持たせた。これで、彼らも場所が分かるはずだ。
「あっ、僕のペンダント…」
「先輩達もあなたを探しています」
「盗られたと思ってたの」
「場所を知らせて下さい。その間、俺がここを食い止め」
言いかけていたその時、サキトは頭上を過る影を見上げた。
「…クロスレイ!!」
頭にガツンと衝撃を受ける。ガラス瓶の破片が上から散らばるのが見え、肌をちくりと刺される感触がした。ひっ、とサキトは小さく声を上げる。
ヒタカは頭から伝わる生暖かい液体の存在に気づく。
「お姫様を救う騎士ごっこは終わったか、ん?」
「…普通瓶で殴る!?信じられない!!」
背後から瓶で頭を殴られたのだと理解した。ヒタカはサキトをそのままに立ち上がると、ぐるりと振り返る。不安そうな背後のサキトに、彼は「大丈夫です」と言った。
「俺があなたを守ります」
いくらか破片が刺さっているのか、頭部に痛みを感じた。だが、今はそんなものを気にしている状態ではない。せめてアルザスとアーダルヴェルトが来るまでは、サキトの壁にならなければ。
ヘラヘラと笑いながら男達はヒタカを取り囲む。形勢逆転の空気が流れるのを、サキトはもどかしい気持ちで見ていた。
自分の我儘でこんな事になってしまうとは。王子という立場があるのに、自分の欲求を押し通して軽率に護衛剣士を巻き込んでしまった。彼は俯き、ぎゅうっと目を閉じる。
将来の王になる立場なのに、他の人間を窮地に立たせてしまう自責の念にかられる。最初から我儘を言わなければ、好き勝手に動いたりしなければ、彼らの手間をかけさせずに済んだのに。
「!!」
うなだれていたサキトの耳元で、熱っぽい吐息が吹き掛けられる。そして破れた服の中に入り込む武骨な手の温もり。
「なっ…!!」
ヒタカの目に届かぬ場所から近付いてきたらしい。ニヤニヤしながら、酔っぱらった毛むくじゃらの男がサキトに触れていた。
「女じゃねぇのが勿体ないなぁ。ん?」
「気持ち悪い!放して!!」
背後の悲鳴に、ヒタカは反射的に振り向きサキトにまとわりついている酔っ払いを強引に引き剥がす。頭に血が昇ったせいか、ぐらりと身体が揺れる。意外に出血が激しいらしく、歯を食いしばりながら体勢を整えようとした。
「…く、クロスレイ」
手の中にあるペンダントを握り締め、サキトはヒタカを見上げた。男達は彼のぐらつく身体に更に追い打ちをかけてくる。棒で彼の頭を叩きつけ、動きを止めさせる為に再び棒を振り上げようとした。サキトは「やめて!!」と怒鳴る。
流血し、目に血が入るのを指で拭うヒタカは、棒を振り上げる男の懐に入り込み顔面を殴り付けた。散らかった床に巨体が滑っていく。
「弱ってきたじゃねえか、剣士さんよ」
「………」
息を切らしながらヒタカは相手を睨んだ。
「そんな怖い目をすんなよ」
「俺は役割を果たすだけだ。先輩達が来るまで、サキト様を守りきる」
ここまでくれば意地だ。ヒタカは血を拭い、ふらつきそうな足に力を込めた。絶対に守る。彼から信頼され、使命を与えられたからには、命が無くなろうともサキトの盾になってみせる。
人に対して刃を向けられない。ならば、相手と同じ条件で立ち向かうしかない。
「クロスレイ」
白い制服が血だらけになるのを見ているサキトは呟く。
「僕のせいだ。大人しく君の言うことを聞いてたらこんな事にはならなかったんだ。お願いだから、もう逃げ…」
破片を踏みつけながら、ヒタカは「冗談じゃない」と返す。
「俺はあなたを見捨てて逃げるような卑怯者にはなりたくない」
「………」
「あなたはまだまだ未熟な子供だ。子供は黙って、俺達大人に守られてればいいんですっ!!」
彼はそう叫び、転がる酒樽を持ち上げ男達に向け投げ付けた。




