盟約の証10
こちらからサキトに話しかける事が出来たら大分違うのだが、魔法に関しては全く分からない。こんな事態になるとは思いもしなかった。まさか自分から出ていってしまうとは。やはり、彼を一人にするべきではなかった。拒否されても、近くに居てやるべきだったのだ。
ヒタカは今更どうしようもない事を考え後悔する。
サキトはこの国にとって、大切な存在だ。自分はそんな彼を守り通す役割を任されていたのに。彼に何かあったら、自分は仕方ないにしろ、共に彼を守る役割を担うアルザス達にも迷惑がかかってしまう。
街の中をヒタカは小さな手掛かりを求め走り回る。それは、アルザスやアーダルヴェルトも同じだった。
「…くそ、どこに行きやがったあのバカガキ!」
真っ白な石畳の上を走るアルザスはつい毒を吐く。
いつも大人びて、知ったような風な顔をするサキトが嫌いだった。せめて迷惑だけはかけて欲しくないと思っていたが、こうして手間をかけさせてくるとは。
とにかく姿を見つけないと、何かあってからでは遅い。
…死体になったりでもしたら、それこそ最悪だ。
酒の匂いがきつい。あれから、どこかへ移動させられたらしいサキトは瞼をゆっくりと開いた。薬を嗅がされ気を失っていたようで、荒くれに悟られぬように薄目を開けて様子を窺う。
酒場…?空気が悪い。酒や煙草の匂いと煙たさで、室内の空気が澱んでいるのが分かる。
自分が今寝かされている場所はどうやら室内の角らしく、酒樽が周囲に置かれていた。後ろ手に両手が縛られたまま。ぼんやりしていると、突然冷たい液体が頭にかけられた。
「ほら、起きろ王子様」
ガラス瓶に入っていた冷水をサキトに浴びせ、酔っ払った荒くれ男は笑い声を上げながら言った。
「よう。ご機嫌はどうよ?」
あちこちで酔っ払いの声がする。オレンジ色のランプの明かりの下、サキトは不快そうに瞼を開いた。
「…最悪だよ。今までに無いくらいね」
「今に最高の気分にしてやるよ」
彼はアルコールの入った吐息を吐き散らした。そしてサキトの上着に手をかけると、もう一方の手にあった小型ナイフをちらつかせる。
「!!」
「今日で王子様稼業は終わりだ、サキト=エルクシア=セラフィデル・シャンクレイス」
何をする、と言いかけたその時、ナイフの切っ先がサキトの衣服を切り裂いていった。腹部まで裂かれ、華奢な身体が露わになる。取り囲んでいた男達は、口々に歓声を上げた。
少年だが、愛くるしい顔をしたサキトの乱れる姿を期待していた彼らは、今から見れる彼の痴態を今か今かと待ち望んでいた。
「何のつもりで!!」
「決まってんだろうが!」
野次が飛んできた。サキトは水滴を撒きながら舌打ちする。
「可愛がってやるよ」
下品な手が、サキトの裂かれた服に入った。びくりと反応し、同時に嫌悪感が沸いてくる。気持ち悪い!と身を捩り、抵抗した。囃し立ててくる男達の声に、サキトは「うるさい!」と怒鳴る。
「力抜けよ、なあ?」
「やっ…やだっ!嫌だ!!君らに触られるくらいなら死んだ方がましだ!!」
触れてくる手が増えてくる。サキトはパニックになりそうな頭の中で助けを呼んだ。ただ一人、自分が選んだ剣士の名を。
…クロスレイ!!助けて!!
サキトは魔力を発し、ヒタカを求めた。
「…繋がった…!サキト様!!」
頭の中、やっとサキトの声が聞こえた。ヒタカは彼が望むままに、身に付けた指輪の力に身を任せる。
『(サキト様!!あなたの元に!!)』
『クロスレイ、お願い!早く…!!』
サキトが自ら発した魔力に乗り、ヒタカの身体はその場所からふっと姿を消した。盟約の証の力により、彼は即座に主の元に転移する。気が付くと、ヒタカはどこかの酒場の中に居た。
同時に聞こえてくる悲鳴。
「やだ、放せっ!!」
どんな状況か考える猶予は無い。ヒタカは声が聞こえてきた方向へ向けて走り、酒や料理が置かれたままのテーブルを掴むと、人だかりが出来ていた部屋の片隅に向けてそれを投げつける。
グラスが大破し、皿や瓶の割れる音が響いた。
「うわぁああっ!」
「何だこりゃあ!?」
テーブルは人だかりに豪快にぶつかる。派手なクラッシュ音を聞き、サキトは荒くれ達が注目する先を凝視した。
「…クロスレイ!!」
ヒタカの姿を見た彼は、ようやく安堵する。
「遅く、なりました…サキト様」
ヒタカはサキトの姿を見つけると、その酷い有様にショックを受けた。もっと早く気付いていれば、と。同時にこの無礼極まりない男達に対し、怒りが沸き上がる。
割れた食器を踏み締め、ヒタカは木製の椅子を振り上げた。
まだうら若いサキトに対し、欲望の手をかける獣を許す訳にはいかない。恥を知らぬうつけものに、ヒタカは頭から血が昇るのを止められなかった。絶対に許さない、と。
「…っああぁあああ!!」
椅子を投げ、男にぶつける。激高した荒くれは、次々とヒタカに攻撃を仕掛けてきた。
「何だてめぇは!!」
「やっちまえ!!」
サキトの周りに居る男らを離れさせなければ、とヒタカは次々と男を払いのけていく。やはり剣士の中でも力が強い彼は、単に荒れるだけの男との差が歴然としていた。




