盟約の証9
男の嫌味に、サキトは「そう」と返した。
「君はそんな暮らしに憧れてたんだ?確かに僕は何もかも不自由しない暮らしをしているよ。周りから守られて、温かい食事にも困らない。将来も約束されたようなものさ。でも、僕は好きな時に自由に動けない。何をするにも監視が必要だ。毎日勉強や作法を学ばなくちゃならない。黙って外に出たら誰かに捕まるかもしれない立場なんだ。それでも君らは、僕みたいに退屈極まりない暮らしをしたいのかい?…いいよね君らは。好きなときに好きな場所に行ける自由があって!」
言い終えると同時に、痛む腹部に再び激痛が走った。サキトは呻き、小さな身体を丸めて咳き込む。大人の力で蹴られるのはさすがに辛い。
込み上げるものを必死に押さえ、サキトは見下ろしてくる暴漢を負けじと見上げた。
「暴力で僕をどうにかしたいならお門違いだ!」
決して一方的な力に屈したりなんかしない。
「威勢のいい事だな。今にそう言ってられなくなるぞ」
「…は…?」
サキトは自分を取り囲んでいる荒々しい気配を感じていた。飢えた狼にも似たような、殺気混じりの目線や荒い鼻息。ぎらついた野蛮な雰囲気。
嫌でも、すぐ分かる。
「そこまでお子様でもねぇだろ。爺にくれてやる前に一発かませる事も出来る。品行方正な王子様から、やりたがりの売女のように仕上げちまえば、相手方も大層喜ぶだろうさ」
その言葉の意味を知った瞬間、サキトは顔を引きつらせた。おぞましさに憎悪の感情が芽生える。男は屈んで彼の柔らかい前髪を掴み上げると、「上玉な素材だ」とニヤニヤする。
「ふ…ふざけてるの?」
「ふん、やっぱり経験が無いのか?」
「汚らわしい…!」
無垢を体現したようなサキトを暗がりで見つめていた男達は、下衆な笑い声をあちこちで上げていた。舌打ちし、サキトは眼前の男を睨む。
怖い怖い、と彼は前髪を掴んでいた手を離した。地面に伏せた姿勢になったサキトは、相手から少しでも離れようと試みた。だが相手側は彼の両手を後ろ手に縛り始める。
「ひ!?」
突然自由を奪われ、サキトはつい弱気な悲鳴を漏らしてしまった。暗い場所のせいで、あまり状況が読み込めない。
「すぐには犯ったりしない。じっくり全員で吟味してからだ」
「どういう事っ…!!」
「最高のステージじゃないとな」
護衛剣士を呼びだせるペンダントはどこかへ無くしてしまったのを思い出す。連れ去られる前にぶちんと切られる感触がしたから、彼らを呼べる手段を断たれたまま。
サキトは後ろ手に縛られながら、どうしたらいいのか考えを思い巡らせる。そして、一つだけ忘れていた手段を思い出した。
ヒタカ=ウラスト=クロスレイ。
そして、主である自分と彼を繋げる唯一のアイテム。最近彼に持たせたばかりで、その事をすっかり忘れていた。
頼れるのは、これしかない。
シャンクレイスの城下、中心部の公園でアルザスとヒタカはアーダルヴェルトと待ち合わせし再会を果たす。連絡を受けたイルマリネは城側の緊急事態に備えて詰所で待機していた。
アルザスはアーダルヴェルトに「お前の生き別れの弟はあの糞ガキだったのか?」と嫌味を漏らす。分かりやすすぎる嘘をついたアーダルヴェルトは、すみませんと彼に謝った。
「…で、最後は何をしてたんだ?」
「帰る前にリンゴ飴食わせたくて、露店行ってる間サキト様をベンチに待たせてたんすよ。そしたら居なくなっちまって」
アーダルヴェルトはサキトのペンダントをアルザスに渡す。それを確認すると、彼は「千切れてやがる」と呟く。ヒタカは彼が指摘した部分に注目した。
細く作られているが、余程の力でなければ千切れたりしない。安物よりも頑丈になっている鎖は、乱暴に引きちぎった痕跡があった。
「クロスレイ、お前監視しとかなかったのかよ」
「すみません。えっと…あの方から一人になりたいから部屋から出ろと言われてたので」
燃えるような赤い髪をばりばりと掻く。サキトの我儘は今に始まった事ではないが、面倒事を引き起こすのは他の仕事にも差し障りがあるので困ったものだ。
「街に出たいって言ってたんで、少しだけならっつって内緒で俺が連れ出したんです」
「手間のかかるガキだな」
ヒタカはアルザスに「あの」と声をかける。
「あ?」
「そのネックレス、俺に貸して下さい。サキト様が望めば、俺はあの方の傍まで移動できるんです。そのネックレスをサキト様に渡せば、先輩方もサキト様の居る場所を把握出来ますし…」
まずサキトから呼ばれなければ意味がない。だが繋がりを持っているヒタカに渡した方が、問題の解決が短縮出来るだろう。アルザスは彼に「ほれ」とネックレスを渡した。
「ありがとうございます」
「とりあえずしらみ潰しに街ん中探すぞ。…くそったれ、割り増し欲しい位だわ。問題ばっかり起こしやがって、だからあのガキは嫌いなんだよ。…クロスレイ、呼ばれたらそいつをすぐサキト様に渡せ」
「はい」
手分けしてサキトを探そうという話になり、三手に別れて手掛かりになるものを見つける事になった。さすがに一国の王子が行方不明となれば国全体が大騒ぎになるので、護衛剣士らで内密に動かざるを得ない。




