盟約の証8
アーダルヴェルトから連絡を受けたイルマリネから話を聞いたヒタカは、詰所からサキトの部屋へ向かう。自分が知る限りでは、彼は自室に籠りきりだったと思うが。
真っ赤なカーペットの上をどかどかと踏みながら、彼はサキトの部屋の扉の前に立つ。そして一呼吸置いてノックした。
「サキト様」
三度ノックして主の名前を呼ぶ。だが、返事は返ってこない。
「サキト様…?」
部屋に居るはずなのに。ヒタカは失礼します、と断りを告げて扉を開けた。見慣れた広すぎる部屋の中には、小さな主の姿が見当たらない。
「居らっしゃらないんですか…?」
やはり返事がない。部屋中見回しても、サキトの姿が無かった。彼は何か用があれば自分を呼びつけるはずだ。自分の立場を理解しているから、単独で動くはずがなかった。
ヒタカはサキトの言葉を反芻する。
『僕だって街をゆっくり散策したい。あの時だって、父様が長いこと居なかったから遊びに行ったんだ。後で搾られたけど、凄く楽しかったんだよ。自分が好きなときに動ける事がどんなに幸せか、君には分からないだろうね』
…まさか。
ヒタカは彼の愚痴を思い出し、ぴたりと動きを止めた。彼は自分に何も言わずに、外に出てしまったのではないかと。その考えに辿り着いた瞬間、ヒタカはさあっと顔面の血の気が引いた。
まずい事になったかもしれない。ヒタカはサキトの部屋から飛び出し、猛ダッシュで詰所に戻った。伝達ベースを通してアーダルヴェルトと会話していたイルマリネは、「どう?」とヒタカに問う。
「さ…サキト様、お部屋にいらっしゃいませんでした!呼び掛けても返事が無くて、中に入ってもお姿が」
報告を聞き、イルマリネは眉間に皺を寄せる。そしてアーダルヴェルトに「どういうつもりか、合流した時に聞こうか」と苛立ちを押さえながら告げた。
お腹痛い、とサキトは腹部の鈍い痛みに目を開ける。殴られた時から記憶が抜けていた彼は、薄暗い部屋の中でようやく意識を取り戻した。
全身の怠さを覚えつつ、ゆっくり上体を起こす。
「起きたか、王子様」
どこからか響いてくる低い男の声。サキトは頭がまだ覚めぬ状態のままで周囲を見回し、今自分がどういう状況に置かれているのか把握しようとした。
「どこなの?ここ」
結局分からず、サキトは声の男に問う。恐らく相手は自分をここまで連れてきた本人だろう。辺りに数人の気配を感じるが、こちらに近付く様子は無い。
「お前が知る必要はない」
素直に答えてはくれないとは思った。サキトは「嫌な人だね」と呟く。
「勝手に連れてきといてそれはないでしょ。僕の事を良く知ってるみたいじゃない。何が目的?」
「自分の価値を良く理解してるなら、それ位分かるだろう?」
気配を感じる。サキトは自分に近付いてきた影を見上げた。昔聞かせて貰ったおとぎ話の、悪い人のイメージそのままに、彼の目の前に立ちはだかった。
影が小さくなる。薄暗さに慣れたサキトの前で、影は自分の顎を引っ付かんできた。王族である自分に対し、何という無礼を働くのかと彼は相手を睨む。
「高貴な王族のガキなら外部の好色家には高値で売れるからな」
外に出られたと思えばこれだ。サキトはうんざりしそうになりながら、「手を離して」と言う。
「聞こえるでしょ。離してと言ってるの」
「お前はもう俺らの商品だ。品質を保つ為に何もしないでやってるが、あまりナメた態度を見せると痛い目に合うぞ」
物扱いされ、サキトはかあっと激高した。まだ若すぎても、王家のプライドはある。シャンクレイスを背負う立場として、立派な人間になるべき自分を物扱いするとは、と反射的に相手に向けて怒鳴っていた。
「口を慎め!無礼者!!」
勝手に連れてきて自分の商品だとは、図々しいにも程がある。この厚顔無恥な無礼者に好きにされてたまるかと強気になった。
「素性を十分理解してるなら分かるでしょ!?僕はサキト=エルクシア=セラフィデル・シャンクレイス第三王子だ!!僕にだってプライドはある!君らのような恥知らずに好きになんてさせるもんか!!」
啖呵を切っておけば少しは怯むだろうと考えていたが、サキトの頭上で風を切る音が聞こえた。その後、バシンと叩き付ける音がして右側の頬に激痛が走る。
「!!」
今まで受けた事の無い痛みだ。親にもほとんど殴られた事がない彼は、それまで培ってきた思考が停止する。
「黙れ、糞ガキ」
「………!」
「自分の今置かれてる立場分かってんのか?俺らの采配次第で、お前を廃人にする事も可能なんだよ。お綺麗なお城じゃ王子様だろうが、今ここに居るお前は立派な人間でもなけりゃ王子でもねぇ、ただ綺麗に生まれてきただけの糞ガキだよ。たまたま王族に生まれてきただけで偉そうな口聞いてんじゃねえよ、あ?」
突き付けられる言葉に、サキトは言い返せなかった。その図星を刺され閉口する彼を見て、相手はふんと小馬鹿にした笑い声を漏らす。
「いいよなぁ、黙っていても綺麗な服を着て、豪華なお食事食えて、将来を約束されて。何の苦労も無く生きていけるんだもんなぁ?羨ましい事で!」




