盟約の証7
同じパターンで吹き上がる噴水を見つめながら、サキトはアーダルヴェルトに「そろそろ戻らなきゃね」と告げた。どこから来たのか、空に風船が浮かんでいた。風に乗り、緩やかに飛んでいくのを眺める。
「早くないっすか?」
「お部屋に居ないの知られたら大変だし」
「大丈夫っすよ。クロスレイはオロオロするだけっすから」
アーダルヴェルトはベンチから腰を上げ、あくびと同時に身体を伸ばした。敷地内に立ち並んでいる露店を見回すと、彼はちょっと待ってて下さい、とサキトに告げる。
「どうしたの?」
「サキト様、リンゴ飴食った事無いっしょ?小さいリンゴを飴で包んだモンなんすけど、すげぇ美味いんですよ。昔からあって、俺好物なんです」
「へえ」
アーダルヴェルトは「ちょっと買ってきますよ」と告げる。自由がままならないサキトの、ちょっとばかりの思い出になればいいと思ったのだ。
いつもなら面倒な性格の彼の為に、自ら何かをするのは億劫なのだが、サキトの話を聞いて同情の気持ちが湧いていた。
一般人のお菓子をあまり口にした事がないサキトは、アーダルヴェルトが去った後、リンゴ飴という魅力的な食べ物を想像しながらベンチで待つ。甘いのか酸っぱいのか、どんな感じなのだろう。美味しかったらお土産にしてもいいなと考えていたその時。
サキトの背後でガサ、と草を踏む音がした。
微力ながらも魔法の素質のあるサキトは、背後から漂う黒い気配に感付かないはずもなく、息を潜めながら相手の出方を窺う。
「…セラフィデル家嫡男、サキト王子だな?」
「………」
低い声だが、はっきりと聞こえた。
「違うけど」
「見間違える顔ではない」
いつから嗅ぎ付けて来たのか。サキトは目を細め、「何の用?」と振り返らずに問う。
「答える義務はない」
別の声。相手は二人のようだ。声がした後、背後から手が伸びサキトの口を突然塞ぐ。しまった、と彼は胸元のペンダントに手をかけ、アーダルヴェルトを呼ぼうと試みた。ベンチの足をばたつかせ、抵抗するが力の差で押されて軽々と持ち上げられてしまう。
口に布を詰め、更に猿轡のように縛られる。その手際の良さから、慣れている風に見えた。こんな場所に暴漢とは、とサキトは内心毒づく。
「んんっ!!」
怪しい動きに勘づいた男は、サキトのペンダントを強引にむしり取って地面に投げ捨てた後、暴れる彼の鳩尾を拳で強打し大きな袋に彼を突っ込む。
「楽勝だな」
「護衛を呼んだら面倒だ。さっさと戻るぞ」
袋を持ち上げた男は同行した仲間に合図する。袋の中が大人しくなったようだ。
「気絶したか?」
「軟弱な体型だからな。先方にもその方が都合がいいだろうさ。華やかな王家の人間だから、上乗せ吹っ掛けられる」
高く付くぞ、と下品な笑いをしながら、彼らはその場から速やかに立ち去っていく。その間、僅か五分位だろうか。
落ち葉とペンダントが同時に転がる。姿を消したサキトが居たベンチにアーダルヴェルトがリンゴ飴を手にしながら戻ると、彼は異変に気付いた。
「は…?」
彼の姿が見つからない。周囲を見回しても居ない。
「どこ行った…?」
居ないはずがないのだ。あのサキトが、護衛もなくさっさと行動する訳がない。ならば手洗いかと思うが場所すら知らずに自分に聞くだろう。
あのバカガキ、どこに行きやがった?
舌打ちした彼の足元に、転がる光り物。アーダルヴェルトはそれを拾い上げて確認する。そして目を見開いた。
「…マジかよ…!!!」
セラフィデル家の紋章が彫られたペンダント。サキトが常に肌身放さず付けていた物だ。このペンダントが無ければ、彼は自分達に助けを求める事が出来ない。
面倒な事になったとペンダントをポケットに捩じ込ませ、アーダルヴェルトは詰所に知らせる為に公園内の伝達ベースに駆け込んだ。
軽い魔力の力で、指定した場所へと連絡出来る伝達ベース。まだ一般の住居には浸透していないが、施設に設けられていて、相手側が持つ番号を入力するとすぐに対話が出来た。当然城内の護衛剣士の詰所にも緊急を要した時の為に、小さいが伝達ベースが備え付けられている。
呼び出し音の後、イルマリネの声が聞こえた。一番うるさいのに当たったと思ったが、今は緊急事態だ。そんな事を言っていられない。
「イルマリネ先輩!!俺っす、アーダルヴェルトです!!」
物凄く早口言葉になってしまった。
『ん?どうしたの、アーダルヴェルト?』
「すいません、サキト様が居なくなりました!!」
話が全く読めず、イルマリネは『は?』と聞き返した。それもそうだろう、彼はアーダルヴェルトから『生き別れた弟が自分を探して訪ねてきた』と聞かされていたのだから。
サキトは自室に居るものだと思っていたイルマリネは、『どうしてそんな事が君に分かるのさ』と怪訝そうに問う。そして詰所に居合わせているらしいヒタカに、サキト様の部屋を見てきてくれと頼んだ。




