小悪魔王子と下僕系剣士3
好きに動けない立場の為に、自由に動ける人間が羨ましいのかもしれない。たまにがんじがらめにされているような気がして、抜け出したくなるのだ。その為にはヒタカのような従順な者が居てくれないと困る。
彼は基本的にイエスマンで、反論する事はほとんど無い。上からの命令にはきちんと従う理想的な護衛剣士だ。少しばかり鈍いのが玉に傷だが、完璧な人間など居やしないのでそこは気にしない。
サキトは棒立ちになっているヒタカの手に握られていた薔薇に気付くと、ひょいとその武骨な手から「また、ルーヴィル兄様だね」と抜き取った。
「あっ…は、はい!先程お会いして、サキト様にと」
芳しい薔薇の香りを堪能し、彼はこれで何本目だろうと呟く。
「今週でもう二十本貰ってるよ。ほら」
細身の花瓶をヒタカに突き出して見せる。花瓶には、同じ棘抜きの薔薇が燦然と飾りつけられていた。ここまでくれば完全に花束として機能している。余程弟が可愛いのだろう。
くす、とヒタカは吹き出すと、サキトが持つ花瓶に触れて「水を入れ換えましょう」と言った。
「ついでに綺麗に見えるように切り揃えて。茎はちゃんと斜めに切る事。水を吸いやすくしないとね」
「はい、サキト様」
「僕は勉強の続きをするから、お茶の用意もお願い」
「はい」
お茶は決まってミルク入りの紅茶。ほんのり甘く、茶葉の香りがはっきりしたものを好む。彼の世話を命じられた時、好みやら何やらをイルマリネから逐一聞いていたヒタカは、一日が終わる毎におさらいをしていた。すぐに忘れてしまうからだ。忘れると、サキトが嫌な思いをする。甘やかされた王子様のご機嫌を出来るだけ損なわないように気を配っていた。
日々サキトに気を使っていたせいで、紅茶の好みや花の手入れの仕方、望む物がどこにあるのかを把握出来るようになる程、お付きの役割を果たすようになった。
ヒタカは室内の片隅に備え付けてある小さな流し場から、ちらりとサキトの様子を見る。彼は子供には勿体無い位の大きさの書斎机に向かい書物を捲っていた。机は外を見渡せる位置にあり、勉強の合間にちらりと景色を眺めるのを度々目にする。あの年くらいだと、まだ遊びたい盛りだろうにと哀れに思う時があった。
自分がもし彼の立場なら、きっと重圧に耐えきれない。
薔薇の茎を切り揃え、花瓶に飾りつけをしていると、やがて湯が程よく沸いてくる。簡易的な湯沸し器を止め、一旦カップを湯で温めてから茶葉を入れる。段階を踏まないと、サキトは飲んでくれない。
香り高い紅茶にゆっくりミルクを入れ、角砂糖の壺と一緒にトレーに乗せると、早速小さな主の元へ届ける。書物と、ノートを交互に見ながら勉学に励むサキトは、キャラメルの色をした紅茶を受け取ると「ありがと」と礼を述べた。
「段々淹れ方が上手くなったじゃない」
「あ…ありがとうございます」
「褒めてあげる、クロスレイ」
勿体振ったような言い方だが、ヒタカは彼のその言葉が好きだった。サキトはあまり人を褒めたりしない性格だ。だから余計に、珍しく聞こえてしまう。
邪魔をしないようにヒタカはすぐに彼から離れる。最初の頃はぼんやりしないでよと怒られたものだが、今はなるべくすぐに離れて待機するよう心掛けていた。
花瓶もどうにかまとめて飾りつけを終え、片付けを済ませて部屋にセッティングをする。ひたすら勉学に励んでいる彼に、ヒタカは「詰所で待機します」と声をかけた。
サキトは顔を上げ、ヒタカをちらりと見る。窓から降り注ぐ快晴の光が、彼を照らして儚げな姿を浮き彫りにした。
「クロスレイ」
「は…はい!」
「君に後でプレゼントをあげる。今作って貰ってるから、大切に身に付けるんだよ」
突然のプレゼント発言。目を丸くするヒタカに、サキトは大人びた微笑みを見せた。
「下がっていいよ。何かあったら声をかけるからさ」
「は…」
部屋を出て、良く分からない緊張感から脱出する。ヒタカは静まる廊下で、つい溜息をついた。
作って貰う程のプレゼントとは何なのだろう。サキトの意のままに電流を流せるサークレットか、果ては逃げ出さないようにする首輪とか…考えるだけでも怖い。
あの可愛らしい顔で、女王の如く振る舞う様子を見ると逆らえないのは本人も熟知しているのに、何を考えているのだろう。
…とりあえず戻ろう…。
疲弊した頭を振り、ヒタカは来た道を戻り始めた。
護衛剣士詰所。男所帯のせいでデスクは散らかり放題で、資料やら報告書は床に雪崩を起こしていた。本棚もまともに整頓されておらず、まるで機能を果たしていない。
眉目秀麗な剣士イルマリネは、眉間に皺を寄せながら同僚の尻を叩き、いい加減片付けろと促して室内の掃除をしていた。
「只今戻りましたぁ」
詰所にようやくヒタカが戻るや否や、剣士らは「遅っせーよ!」と怒鳴る。
「何かあったんですか?」
「見りゃ分かんだろ!掃除してんだよ!突っ立ってねーでさっさと手伝え!」
トゲトゲしい頭の若い剣士は雑巾をヒタカに投げ付けてきた。すかさず、そろりと扉に手をかける。
「アーダルヴェルト。そう言って逃げるのは許さないよ」
入れ替わりに自分が詰所から出ようとするのを逃さないイルマリネ。手には数冊の雑誌があった。
「その本は何だい」
「へっ??」
指摘されたアーダルヴェルトという剣士は、イルマリネに詰め寄られ観念して雑誌を手渡す。同時にイルマリネに刻まれる眉間の皺。素知らぬふりを決め込む同僚に、「どこから持ってきたんだっ!」と顔を真っ赤にして怒鳴った。
ヒタカはイルマリネが奪い取った雑誌の表紙を盗み見る。えげつない性描写の言葉が散りばめられた、ほぼ丸裸の女がポーズを決める風俗関係の書物だった。
雑誌のタイトルもまた情欲をそそるように『風呂上がりの人妻』やら『巻末特集・清純派は大胆さがお好き』と書かれていた。
アーダルヴェルトは「貰ったんだよ!」と反論する。
「誰から!?仕事場にこんな本持ってくるとは!」
腰まで伸び、一つに束ねた髪を振り乱しながらイルマリネはアーダルヴェルトに怒鳴ると、彼は「アルザス先輩だよ!」と返す。指名されたアルザスは、雑巾を手にしたまま「んなっ!?」と慌てた。潔癖性のイルマリネの矛先は、すぐにアルザスへ向かう。
やべぇ、と言いたげな顔のアルザス。
「俺じゃねえよ!!」
「いやいやいや、先輩が俺に押し付けたじゃんか!」
馬鹿正直なアーダルヴェルトは逃げようとするアルザスに追い討ちをかけていた。




