40 獣脂には獣脂を
「あの、お父様? これはどういう?」
思い余って父王に声をかける。すると、少し困ったような笑みを浮かべて、マリユスが近寄ってきて、侍女たちに聞こえぬように小声で告げた。
「姫。詳しいことは後でルイーゼかお祖母様から聞いておくれ」
「わ、わかりました」
自分の口からは言いにくい何か事情があるのだろう。そう察して、ここは一旦先送りする。だから……。
『どさくさ紛れに髪を撫でるのはやめろ~!』
幸い、すぐに宰相がマリユスを急かしてくれたので、この父娘の親密なスキンシップ?からは解放された。
「陛下、ともかく一刻も早くここからは出ましょう。臭いで息苦しいですからね。お体に障ります」
「そうだな。ルイーゼにも別の部屋を用意する。それまでは」
どうしようかと悩むマリユスに、カロリーヌ姫が私との昼食の約束を話す。
「お母様と私は、今からシェリーヌ姫様のお部屋で、ご一緒に食事を頂くことになっておりました」
「そうか。それはちょうどいい。その間に用意させよう」
「あの、できれば、私の部屋の近くにお願いできますでしょうか?」
カロリーヌ姫の願いに、マリユスは即座に頷いた。
「そうだな。それがよい。元々母娘、離れて居住する必要はなかったのだ」
「ですが」
うろたえるルイーゼに、マリユスは首を振って告げた。
「かまわぬ。その方が姫もそなたも心強いであろう」
「ありがとうございます、陛下」
喜びを素直に表情に浮かべるカロリーヌ姫に、まだ幾許かの戸惑いをみせるルイーゼだったが、それでもやはり嬉しいらしく目を潤ませてカロリーヌ姫を見つめた。
それまでの事情はまだわからないが、とりあえずルイーゼさんとカロリーヌ姫が近くに住めることになったようなので、よかったなとホッと胸を撫で下ろす。そんな私に、宰相が声をかけてきた。
「シェリーヌ姫様、今回の事、王妃様ご自身の管理責任は問われるとは思いますが……おそらくは、配下の誰かが独断で行ったことだと主張されるでしょう。悪質な噂についても、出所が王妃様周辺だという確たる証拠もありませんし……」
『つまり、トカゲの尻尾切りで終るだろうと?』
私の視線での問いかけに、宰相が頷く。
まあそうだろうなとは思う。これで王妃の喉元に剣を突きつけられるだろうなどという甘い考えはない。だが、配下を切り捨てて終わりでは許せないな。
『うーん。どうするか。王からの譴責だけで終らせたくないぞ、絶対に』
対王妃の妙案がないか考えようとしているのに、宰相はトカゲの処分を尋ねてくる。
「直接命じた者への処分はいかが致しましょうか?」
『えっ? 何故私に聞く?』
王女と言う身分には、刑罰を決める権利はないはずだ。宰相もそのことはよくわかっているだろう。それでも、敢えて訊ねてくるということは、昨日のシャルロッテ・ブルジュへの減刑願いを横槍と受け取っての、幾許かの批難が含まれているのだろう。今ここでわざわざそれを出してこなくてもいいのに。なかなか意地が悪い。
「もちろん、宰相様のご判断にお任せいたしますわ。政に余計な口出しは致しません」
『うん。小者に用はない』
「ほぉ。シャルロッテ・ブルジュの時は減刑をご希望されましたが」
『言うと思ったよ』
予想通り皮肉ってきた宰相に、あれはそれほどの強い要請ではなく、干渉する意図はなかったのだと弁解する。
「あれは、私に仕えていた者への温情を口にしただけです。それに、浅はかとはいえ、まだ年も若く、女性の純情を利用されたことへの哀れさもありましたから。ですから、できればその辺を刑罰の判断をする際の考慮に入れて欲しいとお願いしただけであって、法を曲げてまで減刑して欲しいということではありません。私に干渉する意図はございませんでしたわ」
「なるほど。わかりました。そういうことでしたら」
どうやらこの説明で折り合いをつけてくれるらしい。よかった。
さて、そっちが解決したのなら次は本題。私は父王に顔を向け、ふと思いついたように声をかける。
「ところで、お父様。……私の別の世界での知識にあるのですが、あちらでは古い法典の中に「目には目を、歯には歯を」という言葉があるようです」
「ほぉ」
私の言葉に、興味を引かれたらしく、あるいは、娘との会話が嬉しいだけかもだが、まっすぐにこちらを見つめてくる。
「これは復讐を容認する意味ではなく、過度な報復を禁じ、同価の償いに留めよということのようです。今回、ルイーゼ様は10ヶ月間獣脂の蝋燭での生活を強いられました。ですから……」
『言いたいことわかるよね?』と見つめ返せば、父王も察してくれたらしく、大きく頷いて宣言した。
「ああ、わかった。ならば王妃の部屋にも10ヶ月、獣脂の蝋燭を使わせよう」
『よし!』
心の中でガッツポーズをとりながら、一応念の為不安を口にしてみる。
「ですが、王妃様がそれを納得なさいますでしょうか?」
「納得するしないは関係ない。たとえ、配下の者の独断であったとしても、奥向きの管理は王妃の責任だ。管理不行き届きの責任は取らねばならない」
断固として言い切るマリユスを、ちょっと、否、かなり見直す。
『うん。国王がこれだけはっきり言い切ったら、王妃も従うしかないよね』
「エクトル。もしクラルティ公爵が抗議してきたら、この件は奥向きでの不始末に関する処罰、表からの口出しは無用と告げよ」
「はっ。かしこまりました」
どうやら王妃の実家からの抗議も受け付けないと決定されたようだ。
うん。人にやった嫌がらせが自分に返ってくるだけ。自業自得。あとは、それを王妃が都合よく言い訳して被害者面する前に、事実を噂で広めてしまわないと。
『聞いたぁ? 王妃様ったら、側妾のルイーゼ様を虐めた罰に、同期間同じように獣脂蝋燭を使わされるんだってぇ……とかね』




