↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/45

39  ルイーゼ

換気の為だろう居室への通路の窓が全て開けられている。だが、この棟は古い造りのままらしく、窓は非常に小さくしかもガラスではなく板戸だった。


扉が開かれ、ルイーゼの居室に入ると、グラスグリーン色のドレスを着た女性が深々と膝を折って私を出迎えた。髪はローシェンナで瞳はブルー。体調が悪いというのは本当らしく、ひどく痩せていて顔色も悪いがそれでもカロリーヌ姫の母とは思えないほど若く見える。

『そういえば、18年前に15歳。まだ33歳かぁ』


しみじみとこちらの女性の人生の速さを感じながら、ルイーゼに声をかけた。

「おひさしぶりです、ルイーゼ様。お加減がお悪いそうですが、起きていらしても大丈夫なのですか?」


「ご無沙汰いたしまして申し訳ありません、シェリーヌ姫様。ご心配ありがとうございます。はい、このようになんら支障はございません」

「それを聞いて安堵しました。ですが、このお部屋にはいろいろと支障があるようですね」

そう言ってルイーゼの部屋を見回し、眉を顰めた。


この部屋の蝋燭もやはり獣脂が使われている。開けられている小さな窓もまだ板戸だ。北東に突き出しているこの部屋では、冬場寒くて窓は開けられまい。板戸の窓では、一日中、光の射さない状態で暮らすことになる。本来なら真っ先にガラス窓に替えてあげるべきではないのか?


「姫様」

考え込みながら不快げに窓の一つを見つめている私に、ルイーゼが戒めるように告げた。

「以前申し上げた通り、姫様は私に関わってはなりません。姫様のお母上を苦しめる立場にあった私に、姫様が親しくなさることを不孝として神がお怒りになり、姫様の巫女としての目覚めをお許しにならない。その証が昨年の大凶作だと。……あまりな噂ではありますが、私のせいで姫様が非難されるお立場になるのは、コンスタンシア様に申し訳が立ちません。どうか、もうお引取りを。お願い致します」


『ほほぉ、そういうことだったのか』

ルイーゼとシェリーヌ姫を引き離す為に、現王妃派が流した噂だろうが、悪質過ぎる。だが、一蹴するには、当時シェリーヌ姫に巫女としての何の力もなかった。だからここは耐えるしかないと悔し涙を呑み込んで、一旦交流を絶ち、噂が終息するのを待ったのだろう。


『やり方が汚いんだよ、馬鹿王妃!』

確かに夫が自分ではなく亡くなった先妻をまだ想っているのは辛いだろう。嫉妬するのもわかる。だけど、あんたは何も知らずに外国から嫁いできたわけではない。自国の王子が帝国の姫に恋焦がれ、ようやく結婚できたが、わずか一年でお産で死なれてしまい、幸せの絶頂から深い悲しみの底に落ちてしまった、その全てを見聞きしていたはずだ。そんな相手の想いを知った上で、政略結婚を承諾したのは、王妃になりたかったからだろ? そして、願い通り、無事公爵令嬢から王妃になれ、男子を産んでその子を王太子にも据えられた。万々歳じゃないか。それでも、まだ不満なのかよ? こんな姑息な嫌がらせをして自分を貶めてどうするんだよ?


『悪いな、王妃。私は、シェリーヌ姫ほどおとなしくないんだわ。むやみに敵は作らない主義だけど、やられっぱなしなんて我慢できない性格でもあるんだよね』


私は、目の前のルイーゼや、カロリーヌ姫だけでなく、お付きの侍女たちにも聞こえるようにはっきりと大きめの声で言った。

「いいえ、ルイーゼ様。もう、そのような遠慮は必要ありません。神様がおっしゃられたのです。私の巫女としての目覚めを阻害していたのは、貴女ではなく、エリシア様の数々の仕打ちだったと」


「えっ?」

驚きにルイーゼだけで、侍女たちまでも思わず声をあげた。私は、もっと具体的に説明して聞かせる。主に口の軽いはずの侍女たちに。

「エリシア様は、お母様の代から仕えてくれていた忠実な侍女たちを全て私から引き離し、解雇してしまいました。それは、小さかった私に、耐えきれぬ程の孤独と周囲への強い不信を植え付けました。また、そんな私を不憫に思い、親身になってくださる貴女との関わりさえ、疑心暗鬼で警戒し、度々悪意ある噂が流れ……こうして貴女とも疎遠になる結果になってしまいました。次々と心の拠り所を奪われる。その為に私の心が悲しみと怒りに塞がり、本来ならもっと早く通じるべきであった神との道を見つけることができずにいたのです」


「そうだったのか」

背後からの男性の声に驚いて振り返ると、そこには宰相だけではなく、何故か一緒に父マリユスまで立っていた。


『うわっ、王様まで来ちゃったよ……まあ、ちょうどいいか』

私は、軽く膝を折って挨拶した後、父と宰相に部屋の燭台や木戸の窓を指差しながら言った。

「このお部屋をよくご覧になさってください。何故、城内にて地位ある婦人の部屋に、蜜蝋でなく獣脂の蝋燭が使用されているのでしょう? 窓もいまだ木戸のままですし」


それから、まっすぐに父親を見つめて、悲しげに訊ねた。

「お父様。ルイーゼ様は、お母様が全力でお守りしようとした方。そして、お母様亡き後、その恩を忘れず私をいつも親身に見守ってくださった方。その方が、何故こんな酷い仕打ちを受けねばならないのでしょう? この有様を見たら、お母様はどんなに深く嘆かれることでしょう」


「す、すぐにも王妃を糺す。……ルイーゼ、気付かず、すまなかったな」

「いえ」

マリユスの謝罪に小さく首を振るルイーゼ。二人の視線に嫌悪等の負の感情は見られない。意外にも穏やかで親しみのあるもののように感じられる。


『あれ? お互いに嫌いだったんじゃ?』

仕入れていた情報と違う印象に戸惑う。


マリユスは、次にカロリーヌ姫に向かい、幾許かの非難を含んで言った。

「カロリーヌ。そなたの母は遠慮して何も言わぬ。だから、何かあった時はそなたが代わりに知らせるように言ってあったであろう」


「陛下。娘には私が口止めしていたのです。カロリーヌには罪は」

「わかっておる」

慌ててカロリーヌ姫を擁護するルイーゼの言葉に、マリユスは優しく応じた。

「誰よりもまず責められるべくは余自身であることもな」

「陛下……」


『あれれ? どうなってるの?』

事態がわからず混乱する私に、誰か説明プリーズ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。