41 あの夜の陰謀
「こうやって3人でのお食事なんて、何年ぶりでしょう?」
少しはしゃいでカロリーヌ姫が喜びを口にする。
「ええ。本当に……」
しみじみと同意はしてみたが、記憶がない為、実はまったくわからないのだが。
『ごめん。気分は初めてのお食事会です』
幾度も急に予定を変更させて申し訳なかったが、それでも部屋に戻るとすでに食事の用意が整えられていた。なかなか手際がいい。
「それにしても、お父様ったら……」
思い出してカロリーヌ姫がおかしそうに笑った。
私の部屋での食事会に自分も参加したいとゴネるマリユスを、宰相が「そんな余裕はありません。まずやるべきことがあるでしょう」と、半ば強引に引きずっていった。
「せっかく姫がまともに口を利いてくれるようになったのに~」と酷く名残惜しそうだったのが、少々気の毒に見えた。
『うん。宰相との協定もあるし、これからはもっとかまってあげよう』
食事の後、ソファに腰を下ろしてハーブティーを飲みながら、ようやく気になっていたことを訊ねる。
「ルイーゼ様。たぶんリーヌ姉様からお聞きでご存知かと思いますが、昨日の誘拐事件と、神からの啓示との影響の為か、私の記憶に一部障害がでております。それで、曖昧で自信がないのですが、お父様と貴女の仲はとても疎遠なものであったようなはず。ですが、先ほどのご様子ではとてもそうは。……どういうことなのでしょうか?」
念の為、傍にはオリヴィア一人が控え、他の侍女は控えの間に下がっている。
「はい。確かに最初は……。ですが、シェリーヌ姫様。貴女のお母上、コンスタンシア様が、私と陛下の間をとても穏やかなものとなさってくださいました。私と陛下の間には男女の感情はありません。ですが、このカロリーヌの父と母として、娘の両親としての心の繋がりを持つことができています。それも、コンスタンシア様のおかげです。カロリーヌが産まれた時、コンスタンシア様は、ご自身の手で愛おしそうに抱き上げてくださり「この子はきっと私の子の優しいお姉さんになってくれますわ」陛下に向かってそうおっしゃって笑ってくださったのです」
そう告げながら、当時を思い出したのか、ルイーゼは瞳を潤ませた。
『なるほど。……いい話だなぁ』
聞けば聞くほど、コンスタンシア姫の早世が悔やまれる。
「でも、ルイーゼ様ご自身のお気持ちはどうだったのでしょう? だって、最初お父様に……」
さすがに実の娘で王女様が『父に無理矢理手篭めに』なんて生臭い言葉は口にできない。我慢する。まあそれでも言葉の流れで充分に察せられるだろうし。
そして、もちろんルイーゼも聞きたいことを分かったらしく、少し表情を曇らせて頷いた。「そうですね。お恨みしなかったといえば嘘になります」
『そうだろうなぁ』
いくら相手の身分が高かろうが、襲われた方にはそんなの関係ないよね。簡単に許せるはずがない。
「ですが、陛下からは誠意ある謝罪を頂きましたし……陛下ご自身、被害者でもあられましたから」
「えっ?」
咄嗟に意味がわからず、ルイーゼを見つめる。ルイーゼは少し悩んだ後、思い切ったように告げた。
「だいぶ後になってから判明したことなのですが……あの晩、陛下はご友人だと信じていた方に裏切られていたのです」
聞かされた真実は衝撃的だった。
全ての元凶は、コンスタンシア姫との結婚を反対する一派。彼らは、帝国の姫君を王太子妃に迎えれば、いずれこのような辺境の小国など適当な理由をつけて帝国の属国にされてしまうと危惧していた。現実には、帝国との間にウルヴェス、ケソリスと二つの国を挟み、さらに現在帝国の目は周辺諸国ではなく海を越えた豊かな未開の大地への開拓に向けられている為、ベルトランへの侵略の可能性など無きに等しかったのであるが。だが彼らは、帝国の歴史がまだ二百年足らずであるのに比べ、ベルトラン国の歴史がすでに六百年の長きに及ぶことで、誇りにとらわれた偏狂的愛国主義に酔っていた。そして、そんな一派の中に、当時の王太子マリユスの友人の一人も含まれていた。もちろん、その主義主張は周囲には隠されていたが。
あの夜、ドノン侯爵邸で開かれた夜会でマリユスは友人たちと飲み、間近に控えた結婚を冷やかされながらも、楽しい時間を過ごしていた。だが、その裏ではこの期に及んで結婚を阻止する陰謀が企まれていたのであった。友人の一人がマリユスに盛んに酒を勧め、隙を見てその中に怪しげなる薬を忍び込ませる。そして、酩酊状態になったマリユスを一室に連れ込み、そこで待ち受けている愛国派の公爵令嬢と一線を越えさせる。その過ちを盾にとって、コンスタンシア姫とは破談、公爵令嬢との結婚に持ち込む予定になっていた。
だが、順調にいくと思われた計画もギリギリで齟齬が生じてしまった。一派に加わっていなかった友人の一人が、その不自然なまでに早い酔いを心配し、御付きの衛士に命じてマリユスを帰城させてしまったのだ。
それで、彼らの計画は頓挫したのだが、その後薬物と酒で酷い酩酊状態の中、マリユスはたまたま見かけたルイーゼをコンスタンシア姫と見間違い、強引に事に及んでしまったのだった。
「私にも過失はありました。突然腕をつかまれてお部屋まで連れて行かれる途中、その方が王太子殿下だとわかり、どうすればいいのかわからぬまま、抵抗らしき抵抗さえしなかったのですから」
『そうだろうなぁ。侍女として仕えだしたばかりの子爵家の娘と、王太子だもんなぁ。身分差は大きいか』
15歳では世慣れてなかっただろうし、あまりに高貴な相手ではあからさまな拒絶は無礼にあたる、とか考えて、うまくかわせないまま、えらいことになってしまったわけか。
護衛の騎士はどうした? 何故、止めなかった? まさか、王太子が明確な意思をもってやっていると誤解してたのか? 酩酊状態だったのに? 帝国の姫君との結婚の2ヶ月前に?
『もしそうなら、馬鹿だぞ、そいつ』




