33 ジャガイモ発見
「お久しぶりでございます、シェリーヌ姫様。本日はようこそ拙宅へおいでくださいました」
玄関前で出迎えたグランドーニ博士は、見るからに頑固そうな初老の男性だった。そして、その歓迎の言葉とは裏腹に、どこか挑むような目つきをして私を見つめている。
「お久しぶりです、博士。今回は突然のお願いをご承諾くださり感謝いたしますわ」
『うん。貴方と対決するつもりはないんですよ。私、無駄なプライドに拘ったり、むやみに敵を作ったりしない主義なんです』
心の白旗を振りながら、ニッコリと笑って博士の視線を受け止めてやった。
「ほぉ」
意外そうにグランドーニの目が見開かれた。どうやら、こちらに戦意がないことを理解してくれたようだ。
「では、まずはお茶でも」
建物内へと案内しかけるグランドーニに、私は軽く首を振って、菜園への案内を希望する。
「いえ。よろしければ、このまま菜園の方にご案内いただけますか。神の啓示にあった救荒作物を一刻も早く確認したいのですが」
「ええ、もちろん。それでは、こちらです。どうぞ」
グランドーニの案内に従って、ぐるりと建物を回り、庭にある菜園へと向かう。私と宰相の他、エミリアンとオリヴィア、護衛の騎士たちが数名とグランドーニの助手らしき青年が一人。
菜園は、レンガで四角く区切られた幾つもの畑でできていた。それぞれの間を石畳の通路が通っている。だいぶ寒くなってきたとはいえ、秋咲きの花を咲かせている花壇もあり、またいまだに青々と葉の茂っている箇所もある。だが、私の目を引いたのはすでにすっかり葉が枯れ赤茶けかけた茎を見せている一区画。
「ほぉ。すぐにおわかりのようですな」
私の視線の先に気付いたグランドールが感心した様子で言った。それにはっきりと頷いてみせて、告げる。
「ええ。神が啓示になられたのは、たぶんこれですわ」
「ですが」
グランドールは申し訳なさそうに眉を顰めて枯れた葉を指差した。
「時期が少々遅かったようです。ごらんのようにすでに枯れてしまいましてな。今年は実も何故か熟すことなく青いまま落ちてしまいました。もっとも熟してもあまり美味しい物ではありませんでしたよ。それに、おっしゃっておられた通りこれには毒があるようで、葉や実も食べ過ぎると吐いたり腹痛を起こします」
『うん、知ってる。ジャガイモってミニトマトによく似た実をつけることがあるんだけど、たいがい熟す前に落果しちゃうし、もし熟しても毒あるから葉も実も食べない方がいいんだよね』
「いえ。私が欲しいのは葉や実ではなく、根についている物の方です」
そう言って、地面を指差すと、グランドールは顔をしかめ大きく首を振る。
「いや。球根は更に危険です。あの部分も食べられると聞いて、昨年、しばらく日に当って少し緑に色づいていた物を茹で、新芽もサラダに入れて食べてみたのですが……一週間近く苦しみました。まったく酷い目にあいましたよ」
『おいおい。たいしたチャレンジャーだな』
ソラニン中毒は死ぬこともあるんだぞ。グランドールの探究心には感動してしまう。
そういえば、ジャガイモが入る前のヨーロッパではチューリップやシクラメンの球根を食用にしていたらしい。どちらもツリピンとかシクラミンとかいう毒性ありなんだが、大丈夫だったんだろうか? ま、チューリップは今では品種改良した食用の球根があるそうだし、シクラメンはその後も豚の餌にしていた(だから、和名が豚の饅頭)と読んだことあるので、花の球根を食べること自体に違和感はないのだろう。日本だって百合根とか食べるし、確か彼岸花の球根も有毒だけど潰して水に晒すと毒が抜けるから飢饉対策に畦や土手に植えられたって話も聞いたことあるし。
まあそれはともかく……。
「逆です」
私は、グランドーニのその時の状態を想像して、いたく同情しながら説明した。
「収穫したジャガイモは絶対に日に当ててはいけません。緑になるということは含まれているソラニンという毒素が増えてしまったということですから。また、決して新芽も食べてはいけないんです」
「えっ、そうなのですか?」
グランドーニは、そういったことをどうやら知らなかったらしく酷く驚いた顔をした。
「ええ。収穫したジャガイモは日の当らない風通しのいい涼しい場所で保存するものです。また、もし芽がでていれば、それを取り除いて調理しなければなりません。ですが、寒冷地や痩せた土地でも栽培できますので救荒作物として非常に適しているのです。それに、地中に生りますから鳥の被害もありません」
「ほぉ」
「今のようにちょうど葉が枯れた頃が収穫時期なのです。掘り出しても?」
「どうぞ」
グランドーニの許可を得たので、振り返ってエミリアンに声をかける。
「では。お願いしてもよろしいですか?」
「ハッ! クラウス、やれ」
エミリアンが、背後に控えている部下の一人に収穫を命じた。
クラウスは、ジャガイモの茎を掴んで踏ん張り、グッと力を入れて一気に引き抜く。思っていた通り、ゴロゴロとしたジャガイモが根にたくさんついていた。
『よし!』
だが、私の背後では
「うわっ、気持ちの悪い」
「確かに……」
「なんというか……」
随分と否定的な言葉のオンパレードだ。
そりゃ確かに今は、土まみれの根から、でこぼことした不揃いの大きさのジャガイモが顔を出している状態だけどさ。まさか地下茎類の農作物の収穫を見たことないわけでもあるまいし。……いや、そのまさかもあり得るのか。王都育ちで王城勤めの貴族なら。
『やれやれ、これだから都会っ子は』な感じで『これだからお貴族様は……』
そうこっそり呆れる私も、今はこの国の王女様なわけだが。やっぱり実感ないな。
ともかく。
『見てろよ。これが美味しいんだから。すぐにフライドポテトの虜にしてやるからな。その時はおじゃが様に土下座して謝罪……まではしなくていいから、感謝はしてよね』




