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30  お風呂タイム

「では、浴着にお着替えください」


「浴着?」 

エディア達が入浴の準備に行ってしまってオリヴィアだけになったので、思い切って訊ねる。

「……まさか、服着たままお風呂入るの?」


『私はマリー・アントワネットかよ』

どうしても、スリッパ型のバスタブに浴着を来たまま入り、蓋の上に置いたホットチョコレートやクロワッサンで朝食を摂っていたという悲劇の王妃様を連想してしまう。


オリヴィアは、不思議そうに首を傾げた後、頷いた。

「はい。もちろん、そうですけど。……貴女のいらっしゃった所では違うのですか?」


「ええ、全部脱ぎます」

『そりゃもちろん、裸に決まってるじゃん。でないと体洗えないし』

……なんだか嫌な予感がしてきた。まさか、本当に服を着たまま、ただお湯に浸かるだけなんだろうか?


オリヴィアは、私の返事に驚いた様子で目を見開いたが、やがて申し訳なさそうに言った。

「お気の毒ですが、その習慣はこちらではご遠慮ください」

どうやらそうらしい。


「……ええ、わかっています」

ため息と共に受け入れる。シェリーヌ姫、というかこの世界の習慣に合わせるしかないのだから。


浴着(ただの薄い寝間着に見える)に着替え、オリヴィアに案内されて浴室に行くと、思っていたより大きな木桶があった。しかも、天蓋付きだ。

『よし。これならどうにか胸の下ぐらいまでは浸かれそうだな』

ホッとしながら木桶に張られたお湯を覗くと、白く濁っている。

「ん? このお湯は?」


「姫様お気に入りのロバのミルク入り湯でございます」

オリヴィアの返事に、クレオパトラやポッパエアが頭に浮かぶ。


『そういえば、愛用していたって書いてあったなぁ、ミルク風呂。その為用に数百頭の雌ロバを飼っていたとか。なんて贅沢な。……でも、何故ロバなんだろう?』

不思議に思いつつも、とにかく歴史上の美女が愛した風呂に私もとは照れくさいというかおこがましいというかと若干気後れしながらも、思い切って片足を浸けた。

『うわっ。ぬる~い』


『そうか。西洋人って熱いお風呂が苦手だったな』

日本人が好む温度は40℃~43℃で、西洋人は34℃~37℃の不感温度だって聞いたことがあるけど、どうやらここでもそうらしい。

『でも、この木桶じゃ、すぐに冷めるよなぁ』

文句言ってグズグズしていたら、どんどん冷える。諦めてさっさとロバのミルク入りのぬるま湯に浸る。


かつて地球の歴史上の美女たちはミルク100%のお風呂に入っていたらしいが、聞くと、これはお湯にミルクを足しただけのようだ。

『うん。それぐらいの方が気分的に助かるわ。ミルク100%なんて、どれだけ贅沢してるんだ?な気分で罪悪感に責められそうだもんね』


それにしても、これってやっぱり服着てするただの行水だよね。

『石鹸くれ~。まさか、無いとは言わさないぞ』


確か12世紀頃にはヨーロッパでもオリーブオイルと海藻の灰を使った硬石鹸、マルセイユ石鹸だったかが作られ始めていたはず。石鹸自体だと、それ以前からアラビアとかではあったし、文献だけなら古代ローマ、否、確かメソポタミア文明まで遡れたはず。こんなに似ている世界なんだから、きっとあるはずだ。


あ、でも、中世でもヨーロッパの北の方だと獣脂と木灰使った軟石鹸か。あれ臭かったらしいから嫌だなぁ。香料ぐらいは入れてくれてるかな? ただ、軟石鹸はカリ石鹸で塩析してないので不純物そのままだったらしいから、臭いをごまかせてもきっと使い心地は悪いままだよな。

『寒い地域っぽいし小国らしいから、やっぱり軟石鹸の方か? それとも、王族用には硬石鹸を輸入できているのか? どっちだ?』


「あの、石鹸とかは……?」

遠慮がちに訊ねると、オリヴィアさんが少し考えながら、答えた。

「石鹸は非常に貴重でして、姫様でもご使用は2週間に一度のみと決められていますので、次回は確か来週の海曜日になるかと思います」


『ゲッ、そんなに貴重なんだ。あ、でも、そういうことは硬石鹸の可能性大だな。……だったら、まあ仕方ないな。今日は諦めるか』

王女の地位でも2週間に一度とは。だが、決まっているなら言っても仕方ないのでその石鹸DAYを楽しみに、今回はロバのミルク入り風呂に浸かるだけで我慢することにする。


『って、ちょっと待て。それって次のお風呂が来週ってことじゃないよね?』

この世界の入浴頻度についてまだ確認してなかったことに気がついて、内心焦る。だって、確か、スペインのイサベル女王は生涯にたったの2回しか入浴しなかったらしいし、エリザベス1世が1ヵ月に1回の入浴で「綺麗好き」と評されたとか読んだことあるもん。


「あの、お風呂は何日に一度入る習慣ですか?」

敢えて毎日か?とは聞くまい。


オリヴィアは、フッと微笑んで、少し得意そうに答えた。

「はい。姫様はとても綺麗好きでいらっしゃるので、夏場はほぼ毎日、この季節でも3日に一度は必ずお入りになられます」


『よっし! ギリギリセーフだ。シェリーヌ姫、ありがと~』

シェリーヌ姫に心から感謝する。できれば冬場でも一日置きには入りたかったが、お湯等の準備を全て人力でしなければならない手間を考えると、二日置きでも充分すぎるだろう。

『本当、よかったよ。習慣を変えちゃいけないから、一週間も入れませんとかだったら、絶対泣いてた』


さて、安心したところで、本格的に行水タイム。服の上からお湯をかけて体を擦る。こんなので頭皮の汚れちゃんと落ちるんだろうか?嫌だぞ、頭の痒いのだけはと思いつつ、とにかく頑張って、手でお湯をすくって頭も洗った。


しばらくして、お湯が冷めてきてもうこれ以上入っていると逆に寒くなりそうだと判断し、すごく物足りないがお風呂から出ることにする。天蓋の中で立ち上がると、オリヴィアが、その場で浴着を脱ぎ捨てて体を包むようにとかなり大きなサイズのバスタオルを差し出してきた。

『どうせ脱ぐなら初めから着てなくてもよかったのでは?』

そう若干不満に思いつつ浴着を脱ぎ、渡されたバスタオルを体に巻く。


天蓋から出ると、外で待ちうけているオリヴィアがすばやくローブを着せかけてくれた。そのまま部屋に戻ると、椅子に腰掛け、長い髪をエディアが丁寧に拭き、梳いてくれる。マルトが手に小さな陶器の瓶を持っていて、時折それをエディアに差し出している。髪に何か香油でもつけているらしく、フワリと花の甘い香りが漂ってきた。


『うん。いろいろ不満はあるけど、思っていたより清潔な世界でよかった』


風呂に入らず、体臭を香水でごまかす。そんな中世フランスみたいな世界だったら、耐えられなかったよな、きっと。


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