22 裏切りの理由
エミリアンは、明日のグランドーニ博士邸訪問時の護衛等を決める為、一旦部屋を出て行った。食事の時間には戻ってくる予定になっている。
気が利くオリヴィアは、
「そのご衣裳ではご自室でのお食事には少し堅苦しいですね。もう少し楽なご衣裳に着替えましょうか」
そう言うと、「ネリー」と侍女の一人を呼んだ。
「お着替えなさいます。姫様の水色のご普段用のドレスをお持ちして」
『おっ、助かったぁ。これでやっとウエスト引き締め地獄から解放されるわ。それで、この濃い栗色の髪の侍女がネリーっと』
持ってきた水色のドレスが胸の下で切り替えになっているデザインの為、コルセットは要らないようだとホッとし、ついでに侍女の名前までわかった。
その後も、今まで来ていたピンク色のドレスを脱がせるのを手伝わせたり、室内履きを持って来させたりする度に、「アンナ」「エディア」「マルト」と一人一人の名を呼んでくれた。つまり、そうやって私に侍女たちの名前を教えてくれているのだ。
『あれ? 侍女といえば、あのシャルロッテ・ブルジェはどうしたのだろう? すっかり忘れていたけど、もしや目前で誘拐された罰で鞭打ちとかになってたりしてないだろうな』
「オリヴィア、シャルロッテはどうなりましたか?」
思い出したように訊ねると、一瞬でその場の空気が凍りついたように全員が動きを止めた。
『えっ? 聞いたらまずかった?』
どうしようと焦っていると、オリヴィアは目で合図して他の侍女たちを控えに下がらせた。どうやらただならぬ事態らしい。
二人きりになると、オリヴィアが眉を顰め声を落として告げた。
「あの者は只今尋問中でございます」
「えっ?」
「姫様を誘拐した犯人は、エスクディル国の神殿派のある貴族に仕える騎士でした。身分を偽り、我が国に交易にきた商人たちに紛れ込んで入国していたようです。そして、シャルロッテは、その者と親しい仲になっていたようで……」
あちゃぁー、シェリーヌ姫誘拐の為に、その傍付きの侍女を誘惑してってパターンか。あ、でも……。
「今回、エスクディル国の神殿からの手の者を誘き出す為に私は敢えて街に出たようです。シャルロッテが彼を裏切って私に協力しただけということは?」
一応その可能性を訊ねる。私が無事だった時のあの目の色でそれはないだろうと思ってはいるが、一縷の望みにかけてみる。
だが、やはりオリヴィアは悲しそうに首を振った。
「あの者は姫様のその思いつきを知って、それを逆に利用するように彼に進言したのです。こちらの護衛達の数や配置も事前に漏らしておりました。……計画では彼女も姫様と共に誘拐されたことにするはずだったようです。ですが、その場に置き去りにされた。つまり、犯人は初めから彼女を利用するだけで、エスクディル国に連れていくつもりはなかったようです」
なんというか、安易に誘惑に乗って主人を裏切るとは言語道断だが、若い娘心を弄ばれたと思うと少し気の毒でもあるな。
「それで……彼女はどうなるのです?」
「法に照らして厳正に処罰されます」
「それは?」
オリヴィアはそれには答えず黙って首を振る。
「そうですか……」
王族の誘拐に加担したとなると反逆罪。この国の法律をまだ知らないが、よくて一生幽閉か、最悪死刑もあり得るよね。だが、さすがにそれは気が重い、もの凄く。
「ですが、私もこうやって無事」
「姫様」
どうにか温情をかけるように働きかけようとした私の言葉を遮って、オリヴィアは厳しい口調で言った。
「法は守らねばなりません。姫様はこの国にとってかけがえのない宝。『伝説の姫巫女』でいらっしゃるのです。それを分かっていて、他国へ拉致しようとする犯行に加担するなど、我が国への裏切り、決して許されざる重罪なのです。どうか、あの者についてはもうお忘れください」
『忘れろと言われても……』
とても、はいそうですか、なんて言えない。自分に関わることで人が死ぬなんて怖すぎる。だが、ここは日本ではない。私の甘さで法を乱してはいけないんだ。だけど……。
よほど暗い顔をしてたのだろう。しばらくして、オリヴィアは私を見ながらため息を一つ吐いて、妥協案を出してきた。
「ですが、姫様がどうしてもとおっしゃるのなら、あの者は無理でも、その一族への処罰は軽減させることはできるかも知れません。通例では実家の伯爵家は取り潰し、財産没収の上国外退去になりますが」
私はそのオリヴィアの言葉に飛びついた。
「では、彼女の一族への罰を軽減してくれるよう、私が願っていたと伝えてもらえませんか? ……それと、もしできるなら彼女も死罪だけは免れさせてやれないかと。せめて幽閉に。……無理でもかまいません。とにかく聞いてみてくれるだけでいいのです」
甘いことを言っているのはわかっている。でも、ダメでも何もしないままではいられないのだ。
オリヴィアは少し悩んだようだったが、やがて頷いた。
「……かしこまりました。ただし保証はできませんよ」
「ええ、わかっています」
たぶん、シャルロッテに関しては私の希望は叶えられないだろう。ただ、シャルロッテの裏切りは、シェリーヌ姫がいい主人ではなかったことにも原因があるだろう。シェリーヌ姫のわがままのせいで、謹慎や時には鞭打ちの刑にまであったかもしれない。ならば、責任の一部は私にあることになる。その分を差し引いて処罰してやらねばフェアではない。どうしてもそう思ってしまうのだ。自己満足の偽善だといわれても仕方がない。だが、それでも、とにかくできる限り許される範囲でいいから軽減をはかりたかったのだ。
オリヴィアが私の意向を伝えるべく部屋を出た後、ネリーら侍女たちが不思議そうに遠くから私を見つめている。やはり、聞いていたようだ。
『うっ、視線が痛い。そんなにいつもと違ってたのかなぁ』
ともかく、オリヴィアが戻るまでできるだけ大人しくしていようと、私は【名の無き神々への祈り】の書を手に取って読んでみることにした。




