21 湧き起こる不安
「お疲れ様でした」
慣例通り国王にも宰相にも出さなかったお茶を、二人が帰った後オリヴィアが出してくれた。
「ありがとう」
ハーブティーらしく、カップを近づけるとりんごのような甘い香りがする。口に含むと最初仄かに甘く後からスッとする感覚がする。カモミールとミントの間のようなお茶だ。
「美味しい」
「それはようございました。カモミントティーはシェリーヌ姫様の一番のお気に入りなのですよ」
『そのままかい!』
思わずつっこみたくなるその名前はともかく味の好みが同じなのは助かる。もし口に合わない物が姫の好物だったら、これから先困るもんね。
「ともかく、無事終ってよかったわ。外出の自由も取り付けられたし」
ホッと息を吐くと、オリヴィアがしみじみと感じ入った様子で言った。
「はい。本当に。それに……太陽神や月神の上位におわす主神。二つの世界を渡られた魂。お聞きしていてもしや真実なのではと思ってしまいましたわ」
更にエミリアンも同感だと頷いた。
「私もです。神がお導きになられて、貴女の知らぬ事実を無意識に語らせたのではないかと」
「ええっ? やだなぁ。それでは私はすでに死んでいることになるじゃないですか。前世で日本人だったことになりますし」
苦笑して二人にそう言い返した途端、全身にゾクッと悪寒が走り、ソファに座っているのに体が落ちていく感覚がした。まるで魂が肉体から分離するかのように……。
私は、咄嗟に自分を繋ぎとめるように両手で反対側の腕を掴んで体を抱き締めると、
『まさか、そんな……』
激しく首を左右に振って、湧き上がってくるある一つの考えを慌てて打ち消した。
そんな私の様子を見て、二人もうろたえて謝罪してきた。
「ああ、申し訳ございません。不吉なことを申し上げてしまって」
「お許し下さい。心無いことを」
「いえ。大丈夫。気にしないで。……でももう止めましょう、それを考えるのは。今のところ確かめる材料が何もないんですから。……ねっ?」
その話題を打ち切ろうと無理して笑いかけたが、自分でも顔が強張っているのを感じる。それでもこれ以上は無理。また心が乱れてしまう。
幸い二人共私と同感らしく、
「はい、そうですね」
頷いて、すぐに話題を変えてくれた。
「……ああ、そういえば、本日の晩餐は王太后様からご一緒にとのお誘いがありお受けさせて頂いていたのですが、あのような事件が起こり大変お疲れということで急遽ご辞退をお伝えしてきたのですが、よろしかったでしょうか?」
「えっ? ええ、助かります」
『うん、さすがにいきなり食事を一緒には無理』
私は無難な話題に逸れたことと、いきなりの王太后との食事を避けられたことにホッとし、オリヴィアの配慮に感謝した。
「では、本日もこちらででよろしいですね?」
どうやらシェリーヌ姫は、普段、食堂で国王王妃たちと一緒にではなくて、自室で一人で食べているようだ。だが、これまでの情報からして、家族から除け者にされているというのではなく、姫の方で拒絶している可能性の方が高いな。ともかく、まずは人の目を気にしないで食べられるならその方がありがたい。
「ええ、それでお願いします」
『ただ、立場上、晩餐会とか大勢と一緒に食事をする機会は避けられないよね。だからその前に、まずここの食事マナーを覚えておかないとまずい。その為には……』
誰かお手本になる人が欲しい。だが、シェリーヌ姫はこの部屋にやってくる客にお茶さえ出さない習慣だったらしいし。それに、私の事情を知っているのは今のところオリヴィアさんとエミリアンさんの二人だけ。だから二人が一緒に食べてくれると望ましいのだが。
『でもなぁ、侍女頭と護衛隊長だよ。どっちと食べてもおかしいじゃん。うーん、どうしよう』
しばし熟考の末、『よし!』と一人小さく頷いた後、エミリアンに向かいわざと大きめの声で控えの間にいる侍女たちにも聞こえるように命じた。
「エミリアン・バリエ・ド・ベタンクール隊長。私を誘拐犯から救い出した功により、今宵同じテーブルで共に食事をする栄誉を与えます」
「えっ?」
意表を突かれて唖然としているエミリアンに、小声で頼み込む。
「お願い。この世界の食事マナーを全然知らないの。見ながらマスターしたいから協力して」
『ああ、なるほど』とオリヴィアが頷き、エミリアンに向かってお受けするように返事を目で促す。もちろん端から王族からの命令を辞するすべはないのだが。
ビシッと足を揃えて敬礼し、エミリアンが謝辞を述べる。
「ハッ! 身に余る光栄に存じます」
『よし! これでテーブルマナーは怪しまれずに覚えられる。でも……ちゃんと皿とフォークあるんでしょうね? まさか中世ヨーロッパみたいに、皿がトレンチャーとかいうパン……はまだ我慢できるか。それより、フォークがなくてナイフで切った肉を手づかみで食べるは無理。泣くぞ』
元の世界の中世ヨーロッパと似て非なる世界みたいだし、食糧問題抱えた国らしいからどんな料理が出てくるのかも少々不安だ。でもまあ、今の季節は秋。実りの季節だからたぶん大丈夫だろう。それになんといってもお姫様だしね。
『ところで、食事前にもう少し楽な格好に着替えたいんだけど。ウエスト締め付けて物食えと言われてもだよ。食べ放題には必ずウエストゴムのスカートを穿いていく人間だぞ、私』




