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20  リップサービスの効果

「ところで……」

宰相が、ふと思いついたように告げた。

「主神のことを公表はしませんが、極秘事項として大神官たちには伝えることにします。さすれば、もう神殿も貴女を強引に巫女にとは望まないでしょう。自分たちの崇める神より上位の存在である主神。それだけでも彼らには衝撃でしょう。その主神の巫女となられた貴女に手を出せば、その神罰で彼らの神さえ危うくなる。そう伝えてやれば……」

もしもし? その悪巧みを思いついたような笑み、とても一国の宰相様のものとは。


当然、横からマリユスが心配そうに訊ねてくる。

「だが、そのことが世間に洩れれば、今度は姫が世界でただ一人の主神の巫女として狙われるのではないか?」

うん、さすが父親。真っ当な心配をしてくれるじゃん。それに引き換えこの腹黒宰相閣下は。

「神殿は、己が存在価値を失うまいと決して口外はしますまい。ただ、神殿からその国の王族に姫との結婚をとの攻勢は今まで以上に増す事はまず間違いないでしょうけどね」


『おいっ!』

咄嗟に反論しようと身を乗り出しかけた私に、宰相は宥めるように笑ってまあまあと手をひらひら振ってみせた。

「いいではありませんか。更にまたこれで姫への謁見を求めて、各国の使者が贈り物を携えて続々とやってきてくれますよ」


『いや、そんな贈り物をもらっても……って、もしかしてそれ目当てか!』

貧乏な小国が、世界に一つしかない宝物に更に付加価値をつけて売るそぶりを見せて、裕福な周辺諸国から袖の下をせしめる。なんかせこい商法みたいだな。いや、ほとんど詐欺に近いような……。しかも、その商品が私というんだから、気分が重い。


「姫。たとえ主神の巫女になろうとも、おまえは私の大切な娘なのだよ。そのことだけは忘れないでおくれ」

「ええ」

『父としての愛情表現ありがとう。てか、本当に【娘】だから。いい加減そこに亡き妻の面影求めるのはやめようよ。今の奥さんだって気の毒だろ』



用件も終わり帰るのだろう。宰相は立ち上がると

「そなたらも、このこと決して口外しないように」

エミリアンとオリヴィアに向かって口止めをした。


「ハッ!」

「もちろんです」

「他の侍女たちにも、しっかり口止めするのだぞ」

「はい」


『まあ、控えの間に下がってはいるけど、聞こえていた可能性もあるわな』


「それでは、どうもお邪魔致しました」

宰相がそう言って私に軽く一礼すると、マリユスも少し未練がましい様子で私に声をかけた。

「では、またな、姫」

「ええ」


「今日は久しぶりに姫とたくさん会話ができてうれしかったよ」

『えっ、そうか? 宰相とは結構しゃべったが、王様にはほとんど「ええ」としか答えてない気が……』

だが、顔を見ると目を細めて本当に嬉しそうな顔をしている。もしかして、普段は返事さえしてもらえなかったとか? 


うーん、なんだか気の毒な気がしてきた。会ってみると、そんな悪い人ではないみたいだよね。若気の過ちはあったけど、たった一回だけだし。そのせいで愛した妻によく似た娘から拒絶されるのは辛いだろうしなぁ。

『ま、少しくらいサービスしてやるか』


「私もですわ、お父様」


だが、軽くサービスしたつもりの私のこの一言を聞いた途端、マリユスは驚きに大きく目を見開いた。しかも見る間にその目が潤みだしてくる。

『えっ、泣くほどか? ……あ、そっか、普段は「陛下」呼ばわりだった。うわぁ、忘れてたぁ』


やりすぎてしまったと焦っていると、マリユスはグッと両手の拳を握り締めた。激しそうになる感情を押さえ込んだようだ。そして、少し強張った笑みを浮かべて、黙って二度頷き、背を向けて出口へと足早に歩き出してしまった。


宰相は、マリユスの背中を眺めながら

「ご自室のコンスタンシア様の肖像画にご報告でもされるんでしょう。姫が父と呼んでくれたとでも」

そう呟いた後、私を厳しい表情で見つめてくぎを刺してきた。

「一度上げて落とすような真似だけはどうかなさらないでくださいよ。ご存知のように、貴女の一言で陛下のお心はたやすく傷ついてしまわれるのですからね」


「はぁ」

そんな繊細で一国の王として務まるのか? なんだかそっちも心配になってくるのだが。


「ご心配なさらなくとも、そのような真似はいたしませんわ、オーヴランド卿。なにせ、私は主神の巫女を命じられたのですから」

ニッコリ笑ってそう言い返してやると、宰相は何か言いたげに探るような視線で私を見つめたが、すぐに軽く頭を振り、

「それでしたら結構です。では」

そう言って、部屋を出て行った。


『よし、どうにか乗り切ったぁ』

父である国王と宰相とのぶっつけ本番の対面に、どっと疲れは出たが、とりあえず大きな問題を起こさずやり過ごすことができた気がする。主神の巫女とか、勢いでとんでもない嘘を吐いてしまったことは、後で反省するとして。とにかく今は……。


『うん。自分で自分を褒めて……て程ではないか、さすがに』


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