23 鏡の中の他人
読んでみた感想。
『うん。まあこんなもんだよね』
意訳すると……『神様今日はありがとうございました。明日もよろしく』
だが、私が神に祈りたい言葉は別だ。それはもちろん『元の世界に返してくれ~!』だ。
まあ内容はともかく、読めることが嬉しい。これなら時間潰しの読書に不自由しなくてすみそうだ。元の世界なら時間を潰そうと思えば携帯のアプリでいくらでも潰せたのだが。
『もっとも、時間潰しどころか碌に寝る時間さえないくらいハードだったよなぁ、最近』
ここ2ヶ月、休日出勤で土日も仕事、毎晩終電に間に合うか否かの残業続き。こんなのんびりと本を読んだのはいつ以来だろう。
『てか、間が持たん。オリヴィアさん、早く、カムバーック!』
待つこと、薄い祈祷書の読み返し4回目で、ようやくオリヴィアが戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「それで、どうでした?」
「姫様のご希望として伺っておきます、と。ただ、できれば先ほどお部屋に伺った時に、直接おっしゃって頂きたかったと、宰相様はそうお言いでした」
『うん、私も覚えていたらそうしていたよ』
「そうですね。あの時、そのことに気が回っていれば、貴女にも面倒をかけなくて済みましたし、申し訳ないと思います」
オリヴィアに労をねぎらうと、オリヴィアは軽く「いいえ」と首を振った。
「ですが、これ以上は政には御口出しなさらないのが賢明かと。後は宰相様のご判断にお任せした方がよろしいかと存じます」
もちろんその意見に私も異存はない。素人が下手に関与すべき問題ではないだろう。
「ええ。これ以上はもう……」
オリヴィアに頷き、それから、手の祈祷書を持ち上げてみせて言った。
「ところで、貴女を待っている間にこれ全部読んでしまったのですが。他にこの部屋には本は?」
「はい。あちらに……」
オリヴィアが、壁にかかっている一角獣ならぬ二角獣の描かれたタペストリーの左側の扉を指し示した後、そちらへと歩き出した。
『ああ、あそこが書庫ね』
きっとグランドーニ博士との諍いになった問題の本たちもあの中にあるのだろう。私はふと、シェリーヌ姫が日記を書くタイプの人だったらいいなと思った。それなら、姫のこれまでの情報が簡単に手に入るだろうから。私自身は、日記を書こうと決意して一週間ほどで挫折した日記帳が……5,6冊はどこかにあるはずだ。何で気分一新とかいって次々と新しく買いなおしたんだ、私?
『うっ、もしこのまま戻れなくて、あっちで失踪騒ぎになって、あれを誰かに見られたらけっこう恥ずかしいぞ』
できればそうなる前に戻りたい。
そんな馬鹿なことを考えながら歩いていたが、ある一点で私はギクッとして足を止めた。そこには壁に比較的大きな鏡が掛かっていた。そして、その鏡に映っている私は……。
『誰だ、こいつ?』
そう。自分の顔に、全く親近感が湧かない。確かに凄い美人だ。透けるように白い肌に、輝く長い金髪。聞いていた通りの黒と青のオッドアイ。華奢な体つきは骨格からして細いんだろうなとわかる。
本当の私は、もちろん黄色人種だから黒目黒髪だし、肌もこんなに白くなかった。顔ももっと凹凸が控えめだ、チクショー。体つきも、小学校から大学までずっと陸上やっていたから、ちゃんと筋肉ついてたぞ。
『こんな共通点が女性だってだけの赤の他人の体でどうしろと?』
悪いが、お姫様にも、外人にも、憧れたことはない。私は私でよかった。現実をちゃんと見て、その時々にやるべきことを真面目にやる。それが私のスタンスだったのに。たとえ、友達から「枯れている」と言われようと、全く自分に不満はなかったのだ。
「あの。どうかされましたか?」
鏡の中の自分を眉を顰めて見つめている私に、心配そうにオリヴィアが声をかけてきた。
「あ、いえ。初めて顔を見たもので……。随分、元の自分と違っているなぁ~と」
また少し泣きたくなったが、無理してオリヴィアに笑いかけた。だが、オリヴィアはすぐに私の動揺を察知して、痛々しそうに見つめてくる。
「それは……。お辛いですね」
ここで同情されると、また心が乱れてしまう。私は慌てて手を振って、幾分ふざけた口調で言い返した。
「あ、でも、前よりずっと美人さんになってますから。これが逆だったらショックで気を失うくらい、成り上がってますし。うん、とにかく、美人でよかったです」
それから、少しわざとらしかったが、ふと思い出したかのようにオリヴィアに訊ねた。
「あ、そういえば、私って、母親似なのですか? コンスタンシア様によく似ていますか?」
オリヴィアも話題を変えた方がいいと察してすぐに付き合ってくれる。
「はい。片方のお目の色が黒い以外は、瓜二つと言っていいほど、よく似ていらっしゃいます」
「そうですか。そんなに……」
思わずため息が洩れる。そんなに似ていたら、あの父親に、亡くなったコンスタンシア姫の面影を私に求めるなと言っても難しいわな。宰相の話では、国王の自室に肖像画をおいて話しかけているっぽいし。なんというか、未練だよなぁ。
「ただ……」
オリヴィアが、少し言いにくそうに続けた。
「前王妃様はとてもお歌がお上手でいらっしゃいました。それはもう聞く者誰もがうっとりとするような天上の歌声でいらっしゃって。ですが、姫様は、その……」
「音痴?」
ずばり訊ねる私にオリヴィアは少し困った様子で頷いた。
「はい。申し訳ございません」
オリヴィアは謝罪してきたが、私は内心喜びで飛び上がっていた。
『よし! 共通点めっけ!』
音痴なシェリーヌ姫と、カラオケ?人前で歌うって何の拷問?な私。ようやく見つけた共通点に、急に親近感が湧いてくる。
そうだ、今度親父さんに歌って聞かせてやろう。そうすれば、思い出がガタガタになるから、私に面影を求めるのをやめるかも。
『フフフ、一時の恥で解放されるなら、それもやむなし、だわ』




