喫煙目的店
大学に入ってから見つけ、足繁く通っていた喫茶店。
僕らは大学の帰り、いつもこの店に寄っていた。
喫煙目的店と銘打たれたその店に、冬芽が嫌々付いてきていたのを覚えている。
店に入ると、既に朔と冬芽が待っていた。
朔が挙げた手に導かれボックス席へと腰を下ろし、いつものコーヒーを頼む。
いつもの、と言っても来るのは久方ぶりだ。もういつもとは言えないのではないか——などと考えながら、対面の二人を一瞥する。
目が合う朔と、目の合わない冬芽。
その対比が、静かに胸を揺さぶる。
逃避的な思考に耽りかけた時、不意に朔が口を開いた。
「元気はしてそうで何より」
口元に笑みを浮かべながらそんなことを言う彼を見て、思わず僕も笑みをこぼしながら、
「お陰様で」
と返す。
この気持ちの余裕を作ってくれた張本人の方へ目を向けると、少し頬を膨らませ、ふと合いかけた目をわざとらしくフンとそらされた。
先日の非礼を詫びねばと改めて向き直り、冬芽に向かって深々と頭を下げる。
「この前はありがとう。そして、すまなかった」
返答がないまま、しばらく頭を下げ続けていると、
「分かりました、頭を上げてください」
かけられた声に顔を上げると、目尻に涙を溜めた彼女の顔があった。
ぎょっとして焦っていると、
「ほんとに心配したんだからね」
と冬芽は俯きながら言う。
僕は改めて痛感した。彼女の思考、行動、献身——その全てに、別の人間を重ねていたということが、どれほどの非礼であったかを。
「すまなかった」
もう一度それだけ言った僕に、彼女は溜まった涙を拭いながら、
「ほんとですよ」
と、久しぶりに見たような気がする、飛び切りの笑顔を向けてくれた。
そんなやり取りを、朔は温かいものを見る目で眺めていた。ずいぶん前に戻ったような気がした。
僕はその瞬間、確かにそこに居場所を感じていた。
そこで初めて、いつの間にか手元に置かれていたコーヒーを口にする。
それからは、誰からともなく昔の話になった。
当然、真琴の話題も出てきた。三人とも、その話題を割れ物のように丁重に扱っていた。
懐かしさと、彼女への恋慕と、言葉にならない不安を抱えながらその話に耳を傾けていると、ふと先日の疑問が浮かんできた。
何気なく、口にする。
「そういえばあのスープ、どこで覚えたんだ?」
言った瞬間、後悔した。
先ほどまで確かにそこにあった温かい居場所が、風に吹かれたように、音もなく消えた。
気まずそうに押し黙る朔と、再び俯く冬芽。
一体何を言ってしまったのか。何度考えても分からない。
ただ一つ間違いないのは、僕の言葉がこの場を壊したということだけだ。
思いつめたような朔の顔と、また泣きそうな冬芽の顔が、僕の目に映っていた。
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