二杯のスープ
過払い金が返ってくる可能性が……
少し広くなりすぎたこの部屋の余白は、余白と呼ぶにはあまりにも膨大で、耐えきれなくなった僕はラジオという雑な情報を垂れ流していた。
いつからか焚いていなかった香も炊いた。いつから焚いていなかったかは覚えていない。前まではしょっちゅう焚いていたというのに。
自己暗示という言葉が……
「ピロン」
真琴からの連絡が届く。
送られてきた写真には目もくれず、返信もせずに、僕は真琴との今までのトークを遡り始めた。
彼女の旅の軌跡が流れ込んでくる。
写真の中の彼女は、僕がそうそう見たことのないほどはじけるような笑顔を見せている。
その顔に小さな喪失感とジェラシーを感じながら、さらに過去へと指を滑らせる。
そして、一番古いトークまで遡って気づく。
彼女が旅立つ前のトークが、残っていない。
バグだろうか。バックアップの問題だろうか。
彼女との過去が消えてしまったという事実が、現実の僕に、そして先ほど見た夢と重なり、深い失意の底へと引き込んでいく。
ネットで調べてみたが、解決策は見つからなかった。
強まった喪失感の前では、過去は戻らなかった。
ソファに沈み込みながら、雑多な情報を流しながら、冬芽が作ったスープを飲む。冷めきっていたが、温めなおす気にはなれなかった。
それにしても、一人前にしては量が多い。
大雑把な彼女のことだ、きっと分量を間違えたのだろう。
昔からそうだった。
冬芽が行き当たりばったりで動き、そのバックアップに回るのが僕と真琴だった。
冬芽がやらかすたびに、僕は文句を言いながら、真琴は穏やかに微笑みつつ「仕方ないわね」と言いながら、僕よりずっとスマートに問題を片づけて見せた。
気づけば二杯目を注ぎに立っていた。鍋の中身はそれでちょうど空になった。
少し、自分を恥じた。
きっと冬芽はこのスープで、僕と一緒に食卓を囲むつもりだったのだろう。
自分が何をしでかしたか。
恐らく、彼女を真琴と間違えて呼んだことが、冬芽の不興を買ったのだ。
謝らなければ——そう思った僕は、椀に残ったスープを鍋に戻し、湯気が立つまで火にかけた。
~さんからのお便りです……
温めなおしたスープを椀に注ぎ直して、改めて机に向かう。
テーブルの上の灰皿は、空だった。
「ちゃんとお礼も言わないとな」
言葉に出しながら、スープを口に運ぶ。
瞬間、気づく。
懐かしい香り。食欲を誘う、その味。
間違いなく、真琴の味だ。
体調を崩すたびに作ってくれた、あの味だった。
何故、冬芽がこの味を知っている。
などと考えていると、
「ピロン」
通知音が鳴る。
目を向けると、友人——朔からの連絡だった。
「久々に冬芽も誘ってみんなで飯でもどうだ?」
自然と指が動いていた。
「行く」
冬芽に謝らなければならない。朔とも、久しぶりに話したい。
理由はうまく言葉にならないが、きっとこの部屋に少し余裕が戻ってきたせいだろう。
墜落事故の際、機長の飲酒が……
僕は準備のためラジオを消し、綺麗に洗われ畳まれていた服を広げ、袖を通した。
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