マコト
「どうしたんだよ一体」
この空気を変えようと、悪あがきのように、努めて明るい声でそう言った。
何かを言おうとして口を開いては、また閉じて黙る冬芽。
それを気遣うように、同じように何も言ってくれない朔。
この場で「それ」を知らないのは、どうやら僕だけらしい。
自分だけが何も知らない。
この特有の居心地の悪さと、その「知らない」ということがコミュニケーション上の地雷であったこと。
そして「それ」を踏み抜いてしまったこと。
痛感した僕もまた、黙りこくる他になかった。
バツが悪くて目をそらし、この場からのせめてもの逃避をしていると、不意に冬芽が口を開いた。
「真琴さんがね、教えてくれたの」
決して強くない声だったが、何かを言わなければならないという強い意志が、その言葉には込められていた。
僕は黙って続きを促す。
「私がいなくなった時も、彼を——貴方を支えられるようにって」
その言葉を境に、彼女は静かに泣き出し、続く言葉を紡げなくなった。
私がいなくなる。
そのまま捉えるなら、彼女が今織りなしている旅のことだと一瞬考えた。しかし対面の冬芽を見るに、間違いなくそうではない。
嫌な想像が脳裏をよぎり、鈍い頭痛がしてくる。
僕はその不安を打ち消すように、縋りつくように真琴とのチャットを開く。
画面を見て、彼女からの最後のメッセージが昨日のものであることを思い出し、浅く息を吐くのと引き換えに、薄い安心感を仕入れる。
とすれば、改めて疑問が湧いてくる。
一体冬芽は何故こんなにも悲痛に泣いているのか。
その答えを求めて、こちらをじっと見ていた朔の目を見返す。
朔の目には、何かへの諦めと、一見それに相反する覚悟の色が、確かに宿っていた。
「お前は今、誰とのチャットを見ていたんだ」
朔が吐き出すように問うてくる。
「話の流れの通り、真琴だよ」
「俺らは、真琴に連絡しても返事が返ってこない。俺らが嫌われているとか、そういう話じゃないんだ」
何を言っているんだろう。
というのが、正直な感想だった。
「お前の認識では真琴が旅に出ていて、その間、居場所やら近況やらが送られてきていた訳だ。一回真剣に考え直してみろ。本当にそうか」
真琴は旅に出て、頻繁に連絡を返してくれて、僕は彼女の旅を眺めて——
「最後に声を聞いたのはいつなんだ」
最後に聞いた声。時折そこにいた「カノジョ」の声ではなく、真琴の、本物の声。
「あいつはさ、何だかんだ寂しがりで、あんなに話していて電話一本かけてこないのはおかしい話なんだよ。チャットなんて面倒くさい、が口癖だったの覚えてないのか」
無意識のうちに煙草に火を点けていた。
ここしばらく、真琴と電話をした覚えがない。
その口癖だって、間違いなく覚えていた。声が聴きたくて、それでも電話に誘えない僕にしびれを切らして、いつも彼女の方からかけてきてくれたのだ。
だがこればかりはどうしようもなかった。
どうしようもなかった?
「なあ実、一体真琴はいつ帰ってくるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、自分でも理解できないほどの激しい怒りが込み上げてきて、気づけばテーブルを強く叩いていた。
ハッとした時には、バツが悪そうな顔をした朔と、泣き腫らした目を丸くした冬芽が、こちらを見ていた。
何かを声に出そうとして、どうしても言いたい、聞きたいはずのそれが、どうしても出てこなくて、
「そんなの、僕が一番聞きたいよ」
絞り出せた一言は、本当に言いたいことではなかった。
「なあ実、真琴は——」
「もうやめようよ」
朔が言いかけた言葉に、冬芽が泣きじゃくりながらかぶせてそれを止める。
「もういいじゃん。私たち、追い込みたいわけじゃなかったじゃん。気長にって、言ってたじゃん」
泣いているせいで言葉に詰まりながら、たどたどしく冬芽はそう言った。
バツの悪そうな顔をする朔と、朔から目をそらす冬芽。
ふと、先日の夢を思い出した。
夢の中で見た彼女の笑顔。僕が紡いだあの言葉。彼女に向けたあの言葉の、本当の意味。
そう考えた瞬間、口から自然と言葉が出ていた。
「僕は、誰と話しているんだ」
気づけば涙を流していた。
二人は、悲痛そうな顔で僕を見ていた。
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