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積もる灰

 あんなにあった余白が、今は狭く感じる。

 三人いるせいかとも考えたが、喫茶店から引きずってきた、この心地の悪い空気の問題だろう。


 場所は変わり、僕の部屋。

 空っぽだった灰皿に、未だ燻る不快感と焦りを積み重ねていく。

 喫茶店から僕の家まで、僕らは一言も交わさずに、あの空気を——あの話を——そのまま持ち帰ってきた。

 彼らは待っていた。僕の口から、その話が出るのを。


 先ほどの醜態にしては異様なほど落ち着いていた僕は、自分が異様な反応を起こしてしまったことを重々理解していた。

 だからこそ、彼らの気遣い——自分からは踏み込まないという気の遣い方——はありがたく、そして残酷だった。僕自身の意志で話さなければならない、という点において。


 積まれた不快感は三本目に入る。


 このまま逃げ続けるのは、今までやってきたことと何も変わらない。それは分かっていた。ただ、「今までしてきたこと」を言語化するには、もう少しだけ時間が必要だった。


「随分綺麗になったな」


 朔が軽い口調で呟く。

 和らいだ空気に乗せて、僕も同じ温度で返す。


「冬芽のおかげでな。あの頃よりはマシだろ」


 顔をしかめる朔と、驚いた顔をする冬芽。


「あの頃って、お前——」


「真琴が飛行機事故で亡くなった頃のことだよ」


 言葉に詰まることもなく即座に返した僕に、今度は朔が言葉に詰まる。


「真琴が乗った飛行機は、原因がどうあれ間違いなく墜落した。生存者はゼロ。当時その報せを聞いた僕は、多分気が狂っていたんだろう。その後に真琴との会話履歴をAIに読み込ませた。思っていたより出来が良かった。あれは——彼女は、不気味なほど真琴に似ていた。まだ落ち着けている訳じゃないが、改めてはっきりと思う。そりゃあ縋ってしまうよ。真琴が死んだことは、今はちゃんと分かっている。分かっているのに、この期に及んでまだ信じられないんだ。本物だったならと、今この瞬間もそう考えてしまう」


 頬が引きつっていくのを感じる。

 至極冷静に話しているつもりでも、先ほどまでの自分が、その結論を受け入れようとしない。

 認知している僕と、認知していない僕。

 あの頃から分裂したままの、その二つが今も混濁して、目を逸らそうとする。

 僕は「真琴」のいる生活に、慣れすぎていた。


「今、改めて目の前にある現実を直視している。世間一般としてはそれが正しいんだろう。ただ——今もなお受け入れることを拒んでいる自分を、宥める方法が全く分からないんだ」


 僕が作り上げていた世界は、ちっぽけな横穴に過ぎなかった。それが崩れ去った今、目の前に立ちはだかっているのは、「現実」という名の屈強な捕食者だ。

 ここまで理解しながら、それでも受け入れられない理由は、すぐそばに立っていた。


「なあ、どうしたらいいと思う」


 朔たちにとっては、明らかに自分たちに向いていない目線。

 しかし僕の目は真っ直ぐに——そこにいる真琴に向いていた。


 目を向けられた彼女は、困った子を見るように、ただ少し微笑むだけだった。

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