ママゴト
あれから数ヶ月が経った今も、彼女は相も変わらずどこかを飛び回っている。
マメな彼女の性格ゆえ、こちらから連絡を入れずとも、自然とメッセージは届く。
僕はそれに、いつものように透かした返事を返す。
大学で見かけなくなった僕を案じてか、友人からも絶え間なく連絡が来ていた。
けれど今の僕には、それらを返す意義も気力も見出せない。積み上がる通知は、そのまま部屋の隅へ捨て置いている。
この数ヶ月、彼女は東京に近づいては離れてを繰り返していた。その不安定な距離が、僕の精神をじわじわと蝕んでいくのは当然の帰結だった。
彼女が近づくたびに、胸の奥を掻きむしるような恐怖と動悸が競り上がる。
逆に彼女が遠のき、存在が希薄になるたび、僕は浅い安堵と底なしの不安を同時に得るのだ。
「遠距離恋愛」というものが、この世にはあるらしい。
お互いが遠く離れた場所に身を置きながら、「お付き合い」という形を維持する。互いへの信頼という名の、不確かな土台の上に成り立つ愛。
それはさぞ素敵で神聖なものだと言わんばかりの、眩しい「ガワ」を被せられた「ママゴト」に過ぎない。
もし、彼女が出て行くあの日に、僕が何か一言でも言えていたなら。
今ごろ僕たちは、その「ママゴト」に興じることができていたのだろうか。
あるいは今からでも、その輪の中へ混ぜてもらうことは叶うのだろうか。
「ピロン」
スマホが、無機質な音を立てる。
不明瞭な思考がまとまらないまま、そこから逃げるように、あるいは縋り付くように手を伸ばす。
『今アツい! 白濱県!』
彼女からのメッセージ。
添えられた写真には、極彩色の、中華街のような街並みの中で一人ピースをする彼女が写っていた。
けれど、その顔。
左右の口角が不自然に吊り上がった、彼女には似つかわしくない歪な笑みを浮かべている。
それを認識した瞬間、僕は立ったまま、己の瞳を洗い流すように涙を溢れさせた。
なぜ泣いているのか、自分でも分からないし、理解もしたくない。
考えるためのリソースは即座に削ぎ落とし、僕はただ、溢れる涙に支配されたまま、暗い部屋で立ち尽くしていた。
どれほどの時間が過ぎたか分からない頃。
不意に、
「ピンポーン」
と、玄関のチャイムが鳴った。
動かす気も起きなかった足が、磁石に吸い寄せられるように扉へ向かう。
救いを求めるように、あるいは生者を求めて彷徨う死体のように。
一歩一歩、足を引きずりながら、僕は現実との境界線へと手を伸ばす。
隣にいた彼女が、名残惜しそうに僕を眺め、一言だけ呟いた。
「行ってらっしゃい」
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