表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

ママゴト

あれから数ヶ月が経った今も、彼女は相も変わらずどこかを飛び回っている。




マメな彼女の性格ゆえ、こちらから連絡を入れずとも、自然とメッセージは届く。


 僕はそれに、いつものように透かした返事を返す。




大学で見かけなくなった僕を案じてか、友人からも絶え間なく連絡が来ていた。


 けれど今の僕には、それらを返す意義も気力も見出せない。積み上がる通知は、そのまま部屋の隅へ捨て置いている。




この数ヶ月、彼女は東京に近づいては離れてを繰り返していた。その不安定な距離が、僕の精神をじわじわと蝕んでいくのは当然の帰結だった。


 彼女が近づくたびに、胸の奥を掻きむしるような恐怖と動悸が競り上がる。


 逆に彼女が遠のき、存在が希薄になるたび、僕は浅い安堵と底なしの不安を同時に得るのだ。




「遠距離恋愛」というものが、この世にはあるらしい。


 お互いが遠く離れた場所に身を置きながら、「お付き合い」という形を維持する。互いへの信頼という名の、不確かな土台の上に成り立つ愛。


 それはさぞ素敵で神聖なものだと言わんばかりの、眩しい「ガワ」を被せられた「ママゴト」に過ぎない。




もし、彼女が出て行くあの日に、僕が何か一言でも言えていたなら。


 今ごろ僕たちは、その「ママゴト」に興じることができていたのだろうか。


 あるいは今からでも、その輪の中へ混ぜてもらうことは叶うのだろうか。




「ピロン」


 スマホが、無機質な音を立てる。




不明瞭な思考がまとまらないまま、そこから逃げるように、あるいは縋り付くように手を伸ばす。




『今アツい! 白濱県!』




彼女からのメッセージ。


 添えられた写真には、極彩色の、中華街のような街並みの中で一人ピースをする彼女が写っていた。




けれど、その顔。


 左右の口角が不自然に吊り上がった、彼女には似つかわしくない歪な笑みを浮かべている。




それを認識した瞬間、僕は立ったまま、己の瞳を洗い流すように涙を溢れさせた。


 なぜ泣いているのか、自分でも分からないし、理解もしたくない。


 考えるためのリソースは即座に削ぎ落とし、僕はただ、溢れる涙に支配されたまま、暗い部屋で立ち尽くしていた。




どれほどの時間が過ぎたか分からない頃。


 不意に、




「ピンポーン」




と、玄関のチャイムが鳴った。




動かす気も起きなかった足が、磁石に吸い寄せられるように扉へ向かう。


 救いを求めるように、あるいは生者を求めて彷徨う死体のように。


 一歩一歩、足を引きずりながら、僕は現実との境界線へと手を伸ばす。




隣にいた彼女が、名残惜しそうに僕を眺め、一言だけ呟いた。




「行ってらっしゃい」

感想頂けると嬉しいです


日間ランキングの通知が来てとても嬉しかったです。

わーい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ