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大丈夫だよ

「んで、嫁さんは今どこにいるって?」


 中学からの付き合いの友人が不躾に聞いてくる。




「嫁なんかじゃ無い、ただの幼馴染だ。今は京都に居るってさ。」


 僕の気持ちと現状を分かっておきながらズケズケと言ってくる事に不機嫌さを隠さずに返事をする。




「京都かぁ、修学旅行で行ったきりだなぁ」


 僕の悪態を無視して、揚げたての塩気が強いポテトを咥えながら彼が言った。


 修学旅行という言葉を聞いて頭から逃がそうとしていた彼女の事を思い出してしまう。




華の高校修学旅行。


 僕と彼女は昔から何処へ行くにも、何をするにもずっと一緒で、あの時も変わらなかった。


 2人で寺を眺め、街並みの美しさについて語らい、そんな彼女と過ごすいつもの時間を心の底から楽しんでいた。




夕方、清水の舞台に2人で赴き景色を眺めていた時、思えばあの頃から、彼女からしばしば、ここでは無いどこか遠い所を眺めるような、何処かに消えてしまうような、そんな儚さを強く感じるようになった。




彼女の髪を揺らす風の音と共に、初めて彼女に感じたその強い不安に駆られ、彼女を僕のものにしようと呼び止めようとした時、振り向いた彼女の眼は僕のその浅ましさを見透かしているようで、そしてそれでもその綺麗な黒い眼が僕を映している事に安堵して言葉に詰まってしまった。




「大丈夫だよ」




と僕の目を見て微笑みながら言ったその言葉はどんな意味で言ったのか。




「…い…おい!聞いてるのか?」




深い淀みの様な思考にハマりそうになった僕を彼の言葉が引きずり上げる。


 過去の出来事に引き摺り回される自分の女々しさに強い嫌悪感を感じながらも、


 「ごめん、ボーッとしてた」


 とはにかみながら返事を返す。




彼は呆れた様に大袈裟に溜息を吐きながらも僕の目を見て真剣そうな顔で話し出す。


 「だから、結局お前は彼女とどうなりたいんだよ。もう何年も経つんだぞ。そろそろ勇気を出してアクションを起こしたって良いんじゃ無いか?」


 と、ここ最近で聞き飽きた議論をまた持ち出してくる。




その話のせいか、先程の回想のせいか、痛み出す胃を無視しながら努めて冷静に僕は言った。


 「どうなりたいも何も無いよ。ただ、彼女には彼女の人生があって、僕には僕の人生がある。それだけだよ」


 お決まりの返しをしながら、腹が減っているからこの胃が痛むのだと、冷めて芯まで硬くなったポテトを、無理やり喉へ押し込んだ。塩気だけが舌に残り、胃の痛みが一段と増した気がした。




「さっさとしないと、後悔するのはお前だぞ」




彼は少し目を伏せ、突き放すような、あるいは憐れむような声で言った。


 伝票の代わりに数枚の札をテーブルに叩きつけ、コートを着直す。その無遠慮な動作が、僕の停滞した時間をかき乱すようで煩わしい。


 僕はテーブルに残された金を引き寄せ、自分の分も重ね、最後に残っていた、冷めて芯まで硬くなったポテトを口へ放り込む。


 友人の忠告を、咀嚼の音でかき消した。


 彼女には彼女の人生がある。


 そして僕には、彼女の連絡を待つだけの、空っぽな日常がある。


 胃の痛みは、腹が減っているせいだ。 決して、あの夕暮れの「大丈夫だよ」という声が、今も耳元で鳴り止まないせいではない。


 店の扉を開けると、夜の冷気が容赦なく肺に突き刺さった。




友人と別れ、駅へと続く夜道を一人で歩く。


 街灯のオレンジ色がアスファルトを等間隔に照らし、そのたびに自分の影が伸びては縮むのを繰り返していた。


 ふと、ポケットの中でスマホが震えたような気がして、僕は吸い寄せられるように端末を取り出した。


 実際には通知など来ていなかったが、僕はそのまま先ほど届いた彼女のメッセージを開く。


 「任せな!」


 威勢のいい文字の隣で、サムズアップを掲げて笑う真琴。背景には冬の京都の、少し寂しげな空が写り込んでいる。


 僕は立ち止まり、震える指先でその写真を拡大した。




拡大され、粗くなった画素の向こう側。


 彼女の、あの綺麗な黒い瞳を画面いっぱいに表示させる。


 そこには何が写っているのだろうか。


 彼女が見ている京都の景色か、カメラを向ける彼女自身の指か。


 あるいは――そこに居もしない、彼女を待つことしかできない僕の姿か。




何度も、何度も画面をなぞる。 けれど、どれだけ拡大しても、デジタルデータの隙間に僕の居場所は見つけられなかった。彼女の瞳はどこまでも澄んでいて、ただ僕ではない「どこか遠く」を真っ直ぐに見つめている、そんな気がしてならない。

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