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「状況は、わかった。クロさん……ありがとう」
「クロ、ホントにありがとうなんダヨ」
力無く壁に持たれて座り込んでる俺に、二人が声を合わせて礼を告げてくる。
おや、エルが「おまえ」から「クロ」に昇格してくれたらしい。
これはこれで喜ばしいことなんだけど……。
「ど……どういたしまして。あの、お、俺のことは後でいいんで、急いで向こうを、なんとかしてあげてくれますか……?」
「うん、解ってる。クロさんは……休んでて」
急いで欲しかったのは、牌谷さんが窮地に追いやられようとしているからだ。
強化状態とはいえ牌谷さんも満身創痍。流血自体は大した事の無いように見えるのはおそらく自身で止血しているからだろう。
しかし大きな切り傷や裂傷は手足の至るところに見られ、それはノクスの攻勢がいよいよ激しくなってきている事を如実に感じさせた。
「そこそこ楽しめましたよ、殺すには惜しいですが何事も最期が重要ですからね!」
「くそっ! 調子、乗んなよ!」
劣勢を極める牌谷さんと高揚している様子のノクス。その体毛は怒り狂った野生動物の如く逆立ち、全身から涌き上がる魔力の奔流によって燃え盛る大炎の様に激しくうねっている。
黒い魔力の鱗粉を立ち昇らせて暴れるその様は、さながら生きた黒炎と言ったところだろうか……。
牌谷さんはありったけの力を振り絞って戦槌を振るうが、怪我により消耗しきったその威力は最早ノクスの硬質化した毛皮を強引に叩き伏せる威力は無い。
それを察したノクスは堅牢な肩部でそれを受け止め、前足で彼女の戦槌を弾き飛ばすと、ここぞとばかりに喉元へと喰い掛かる。
「クロ君! もう四分以上経ってない!? もうダメー! 無理だったー!!」
「漸く決着ですね……!」
今にも泣き出しそうな牌谷さん、あわやノクスの顎がその細首に食らいつく寸前──。
「ノクス!! 待て!!」
──ルサーリアさんの声に反応したノクスの動きが止まる。それと同時に、奴は声の方へと振り返った。
「これは魔女殿……。なんと、小男はお伽噺のような蘇生スキルまで使えると言うことですか……?」
その信じられないものを見たような声色は、流石のノクスもこれには驚愕する以外ないことが伝わってくる。
「生き返った事も驚きですが、どうやらルベル殿の呪縛も解けているようですね」
「お陰さまで。だから、解るよね。昔みたいに躾て……あげようか?」
静かで、それでいて天然っぽい喋り方のルサーリアさんだけどその問い掛けは酷く挑発的だ。
「サリーが木偶になって私がどれ程残念に思っていたか。……いや、いやいや、貴女をもう一度殺してその身体をルベル殿への土産としましょうか」
「はぁ。君も、魔王に何かされてるみたいね。言ってる事が……メチャクチャだよ」
ノクスの言葉にルサーリアさんは苛立ち混じりの溜め息を一つ吐き出した。
それはノクスに対してなのか、それとも魔王へ向けてか、はたまた両者へのものかは定かではない。
しかし魔女ルサーリアは怒っているということだけは確かだ。
ルサーリアさんは右手を持ち上げノクスに向けて伸ばすと、闘技場の時と同じく指先から魔力の雫を床へと落とす。
足元へ現れたのはやはり見覚えのある魔方陣。
「そこの、女の子、えっと……キヅナさん。すぐに……離れて。エルとクロさんの……ところへ」
「は、はい!」
ノクスの興味はすでにルサーリアさんへと向けられている。それを悟った牌谷さんは迷うこと無く戦線を離脱。
俺とエルのいる部屋の端に駆け戻ってきて。
「死ぬかと思った……」
「す、済みません。思ったより時間が……」
「ううん、大丈夫。やっぱりなんとかしてくれたんだね。でもあのルサーリアって人だけに戦ってもらうのはさすがに悪いよね……」
「いや今はまかせた方が良さそうです。あの人の魔法は俺の知る限りでは広範囲で対象は基本的に無差別です。周りに誰もいない方が戦いやすいはずですから」
「そっか、わかった」
今は大人しく観戦だ、エルも固唾を飲んで見守っている。飲めるのかはしらないけど。
「エル、悪かったなルサーリアさんを捲き込んでしまって。本当はゆっくり感動の再会ってできたらよかったんだけどさ」
「良いんダヨ、クロは良く頑張っタヨ。それにサリーは負けナイしナ。僕の歴代の契約者で圧倒的な才能と実力を持ってたノハあの子なんだカラ」
それが何で魔王なんぞに操られていたのかは疑問だけど、今はそれどころじゃないな。
戦いに視線を戻すと、既に二人の足元は毒の瘴気で満たされていた。




