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ここからのノクスの攻撃は苛烈を極める。
さっきまでのは全然本気じゃなかったってことらしいな……。
それが見て解るくらいには動きの質が違う。
牌谷さんの血刃を打ち払いながら、俺への手も緩めない。
ギリギリ避けることはできている。
だけど余裕と呼べるものは無くなった、ノクスの刃が一刀ごとに段々とその距離を詰めてくるのが見て取れる。
二対一でこれかよ……、でも攻めていかないと話にならない……!
内に生じたその焦りが良くなかった。
ほんの少し、ほんの少しだけと鉈を一太刀振るったことで下がるのが僅かに遅れてしまった。
ノクスはそれを見逃さない。
不味い……!
「ぐぅっ……!」
「クロ君!?」
痛みの変わらない未来視で散々やられ慣れているとは言え、疑似と現実では重みが違う。
ほんの一瞬だけど目の前が真っ白になった。ヤバい、これは大怪我した時のやつ……。どのくらいやられたんだ……!?
見れば、左手の小指と薬指が無くなっている。根本から切り落とされた傷口からは肉と骨が剥き出し、血が止めどなく溢れている。
重傷を負った時等に分泌される脳内麻薬のせいだろう、数秒遅れて激痛がやってきた。
「ぐぁぁっ! ……っ大丈夫、大丈夫、全然やれます……!」
ここで弱音は吐けない。強がりでいいから鉈を持ち上げろ俺。
「ほんとに!?」
「おや、今のは腕を一本頂く予定だったのですけど。存外素早いですね」
「そ、そりゃあどうも……」
くそっ、痛みで思考が鈍る……。
どうする、なにか手を打たないと。正攻法で攻めてもこのままじゃジリ貧だ。
考えろ……、何かしら奴に決定的な隙さえ作れば牌谷さんは必ず決めてくれる筈だ。
闘技場での彼女を見ているからそこに不安はない。
だとしたら自分だ、何かやるなら自分しかいない。今までの情報で使えそうな何かを捻り出せ……。
「止血でもしたらいかがですか? 失血死なんて決着は何よりつまらないですからね」
ノクスの不意な提案。まだまだ余裕なんだろうことが伺える。
でも確かに、放っておくには不安を感じるくらいの結構な出血量だ。それに良い時間稼ぎにもなる。
「じゃあお言葉に甘えて……。は、牌谷さんお願いできますか……?」
呼び掛けと、差し出した手を見て察した牌谷さんが駆け寄ってくる。
「わかった、見せて!」
彼女の唾液には協力な止血効果があるのは実証済みだ。
それに。
「嫌じゃなかったら、なるだけ俺の血を飲んどいて下さい。牌谷さんのスキルって血液の摂取で出力が上がるような気がするんで」
「──! わかった、ありがと!」
そう言うと彼女は切断部に口をつける。
手に感じるのは牌谷さんの牙と舌の感触だけど……。あれ、だけど……。
「それじゃ、血が止まっちゃいません?」
俺の問いかけに牌谷さんは一旦口を離した。
「異世界に来てわかったんだけど、歯を立ててる時はウチの唾液って逆の効果に変わるみたいなんだ。出血を促しちゃうみたいな?」
「なるほど……薬なんかにもある抗凝固作用ってやつですね」
説明を終えた牌谷さんはすぐにまた口をつけて血を飲みだした。
ノクスが「ブラッドイーター」って言ってたからこれを試してみようと思ったんだけど……そうか、唾をつけて血が止まるだけじゃご飯にありつけないよな。
しかしなんだろう、牌谷さん心なしか嬉しそうに飲んでるな……。
痛くはない、むしろ処刑場の時と同じく痛みが引いてくように感じる。
蚊が人を刺すとき、痛みを与えないように鎮痛効果のある唾液を分泌するって聞いたことあるけど、あれと一緒だろうか。
それにしても、あれ、ちょっと……、結構飲むじゃん……。
「あの、牌谷さん、そろそろ……」
「ん! ごめん! …………はい、止血しといたよ」
「あざっす……」
血で汚れた口を拭いながら、引き気味の俺の顔を見て申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる牌谷さん。
可愛いけど、ちょっと自重してね。
死んじゃうから……。
「止血は済みましたか? それでは続きを……」
再びナイフを構えるノクス。
相変わらず隙がない。それに指の無い自分の手を見ると恐怖が沸き立つ。
それでもなんか頭がすっきりした……、少しやってみたい事を思い付いたな。
「お待たせしたっすね。それじゃあ、ここからは少し趣向を凝らして……」
『闇の手スキル、“潜影”を発動』
「牌谷さん、合図するまで攻撃は待ってもらえますか?」
「わ、わかった!」
「ほう、それが私から隠れていた潜伏スキルですか、姿が消えましたね」
潜影で姿自体は見えなくできてるようだけど、近寄れば何かしらのスキルで感知してくるんだろ……。
でも今はそれでいい。
音を立てず忍び寄り鉈を構え、斬りかかる。
そうすれば、思った通り素知らぬ顔をしたノクスから俺の首目掛けて刃が飛んできた。
それを鉈で受け流しバックステップで距離を取る。
深追いは禁物、それに別に攻撃を当てたい訳じゃない。
『接触により潜影が解除』
「おや? 裏をかいたつもりでしたが……。まるで私の能力を知っているかのような挙動でしたね……。貴方、何者ですか?」
相手も馬鹿じゃない。
今のやり取りでこちらが情報を掴んでいることもバレた。でもこれでいい。
「さあ、普通の小男っすけど」
幾度となく潜影を発動し四方八方から何度も斬りかかってみるが、その全ての攻撃は捕捉され、反撃によって阻まれてしまう。
「無駄です、それは奇襲にすらなっていませんよ……」
頃合いか……。よし、と言うことで。
「やっぱダメか。……じゃあ、俺はここで逃げさせてもらうっすわ。牌谷さんすみません、後よろしくお願いします!」
『闇の手スキル、“潜影”を発動』
「えっ!?」
「はぁ?」
二人揃って愕然とした声が上がる。
ノクスの感知範囲がこの部屋全体に及んでいないのは確認済みだ。距離を取れさえすれば見つかりはしない。
周囲を見回すノクスの後ろで、部屋の入り口のドアが開き、そしてパタン──と音を立ててまた閉じた。
透明人間が部屋を出ていった、そんな光景を目にして二人は呆然と立ち尽くした。




