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襲い来る無数の操血刃、ノクスはルサーリアの死体を投げ捨てるともう一方の手にも同形状のナイフを握る。構えは逆手二刀。
それを巧みに操り、激しい剣戟の声を打ち鳴らしながら弾き、躱し、いなし、受け止める。
その動きは俺の強化動体視力をもってしても剣閃の煌めきを追うのでやっとだ。
殆んどの刃は奴の身体に届きはしなかったけど、二、三撃はその衣服を切り裂き皮膚に傷をつけるくらいまでは達していた。
「おや、思ったよりやるようですね」
自分の傷を目にして、そう口にしたノクスの表情はどこか嬉しげだ。
奴の頬や腕からは僅かに血が滲んでいる。それはダメージと言える程のものではなかったけど、一つの証明にはなった。
刃物による攻撃は当たりさえすればノクスに通用する。
しかし奴の感知能力の精度は想像してたよりも相当に高いらしく、背後を取った最高のタイミングで奇襲を仕掛けてもこの結果だ。
これはただ喜ぶわけにはいかないな……。
『接触により潜影が解除』
それに、ここからは姿を晒さなくちゃならない。
「おや、もう隠れるのは終わりですか? ふふ、どうやって隠れていたかは知りませんが素晴らしい潜伏スキルをお持ちのようです。それに、今の攻撃はブラッドイーターの小娘。それでは小男の方が闘技場を引っ掻き回した犯人ということで良さそうですね」
ぶるぁぁぁ誰が小男じゃぁ!
小娘って言葉にはそこはかとなく可愛さ成分が含まれているけど、小男は侮辱成分百パーセント過ぎて普通にムカつくわ……!
「さあ、どちらから来ますか? いやいやこの状況なら二人同時に、が当然ですかね?」
こいつ、余裕ぶっこいてんな。
「牌谷さん、俺が前に出て翻弄するので後ろから奴の首を狙って下さい……」
その言葉に牌谷さんは俺とノクスをチラチラと見比べた後、得心がいった声で返事をした。
「…………あぁそっか、うん解った。アイツの首とか肩口辺りを狙えばクロ君には当たらないもんね。流石だねクロ君!」
「ん? え、ええ、はい……その通りです……」
「オッケー!」
首を狙うって言うのは特別そう言う意味合いではなかったんだけど……、たしかにそうだ……。
潜影を単独で発動すれば俺の姿は牌谷さんにも見えなくなり、闇雲に操血の攻撃を繰り出せば必然的に俺を巻き込む可能性は高くなる。
ちなみに俺の身長は百六十八センチで牌谷さんとほぼ同じくらい。ノクスは目算だけど多分、百九十センチ前後はありそうなモデル体型。
つまり奴の高い位置にある部位を狙えば俺を巻き込む可能性は少なく、ある程度自由に操血の遠隔攻撃が放てるという訳だ。
あ~チビでよかったわぁ、マジで……。
若干フレンドリーファイヤをくらった気もするけど、まあいい。大まかな作戦は決まったし、あとはやるしかない。
前後に別れ、俺は前に出てノクスとの距離をジリジリと詰めていく。
さあ、どんなもんかお手並み拝見といこう。
『闇の手スキル、“潜影”を発動』
「ほぅ、また消えますか。潜伏スキルはやはり小男の方ということですね……」
まずは軽口を叩いているノクスの背後から心臓狙いで致命の一撃を見舞ってやる。
俺が決めてしまえるならそれが一番いい、小男呼ばわりした報いを受けさせねばならないからな。
感覚強化をフルに発揮して、静かに、それでいて素早く、足音を立てないように爪先まで細心注意を払った身体操作で回り込み、鉈を逆手に持って水平に構える。
こっちだって付け焼き刃とは言えそれなりに窮地は乗り越えてきたんだ、あんまり舐められ──────。
────あれ? 急に音が遠いぞ。それになんだ、視界が回ってる?
次の瞬間、ゴン──という鈍い音と衝撃が頭部へ走る。次に感じたのは頬に伝わる石畳の冷たく硬い感触だった。
あれ、俺、倒れてるのか? いや、なんか違うな。あれ、そこに、首の無い身体が、見える、誰だ? いや………………俺だ────。
『救世の翼スキル、“未来視”を停止』
「おや、どうしました? 急に息を荒げておられるようですが。ふふ、なにか怖い白昼夢でも見られたような顔をなさってますね」
ヤバかった……、潜影を発動させるより先に未来視を使っといてよかった。
やっぱ初見の戦闘には当然の保険だ。
取りあえず解った事、どうやら接近戦でノクスに潜影は通じない。全くの無意味と言っていい。
一体なにで感知しているのか解らないけど間合いに入った瞬間、秒とかからず首を切り落とされた。
「どしたクロ君!? 大丈夫!?」
「は、はい……、大丈夫です……」
急に肩で息をしだしたのを見たからだろう、後ろから牌谷さんが心配そうに声を掛けてくる。
くそ、イキって前に出たもののちょっと格好悪い感じになってるな……。それにこの超絶イケメン野郎、戦い方まで格好いいのかよ……。
こいつ、兎に角速い。近くで実際にくらうと、さっき遠目に見てた時より更に速く感じる。
俺が感覚強化を身体操作に集中してたってのもあるけど、動きが全く捉えられなかった。
そしてその速さは相手に痛みを感じる暇さえ与えない。
噴水のように首から血を撒き散らす自分の身体を見上げるまで、何をされたか全く解らなかったんだからな……。
さて、こいつは思ったよりヤバいぞ。どうしたもんかな……。




