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「さて、あるのは魔女殿の亡骸だけ……ですか」
ノクスはルサーリアの死体の傍に立ち、怪訝そうに周囲を見回している。
どうやらまだこちらに気づいている様子はないな。
ちなみにこの部屋の広さは、解りやすく例えるとバスケットボールコートより少し狭いくらいだ。
魔女の死体からなるべく離れた隅っこに居れば、ノクスの感知能力の範囲外って可能性は十分に有り得る。
『未来視』で確認した限りではあるけど、『潜影』さえ発動していれば奴が俺を感知できる範囲はそう広くはなさそうだったからな。
「ふむ……」
ノクスは俯き腕を組み何かを考え始め、そのまま動くことなく暫くのあいだ沈思すると顔を上げた。
そして横向けに臥せっている魔女の遺体を蹴り飛ばし、俯せに向かせると嘲笑混じりの視線を向ける。
「間違いなく魔女殿……。やれやれ汚らわしい、あまり触りたくは無いんですけどね」
呟きながらしゃがみこみ、魔女の銀髪を雑に鷲掴んで引き上げその顔を覗き込んだ。
「まあ、この身体だけでも収穫と言えますか……。貴女も憐れで惨めな生涯でしたね。それにしても、これは少々運び難いですね」
そう言うと髪を掴んだまま立ち上がると同時に遺体を引き起こし、手にした逆手持ちナイフでその四肢を一瞬で切り落とす。
今アイツどっから刃物を取り出したんだ……。
通常のナイフとは逆に反った獣の爪のような形状、あれが奴の武器なのか? 地球で例えるならカランビットナイフによく似ている。
「手足は後で回収させますか。ふふ、これで持ちやすくなりましたね」
ゴトリ──と床に転がる魔女の手足を見ては酷薄に言い放つと、髪を持ち手のように掴んだまま手荷物のようにルサーリアを持って出口へと踵を返す。言葉通り魔王のところへと持って帰るのだろうか……。
うっ……なんだ……、また何か書き込まれてくる。
これは、エルとルサーリアの記録なのか……。
今度はさっきより強烈だ……、断片的な記憶の映像がスライドショーのように一瞬で脳裏を駆け巡る……。
当たり前だけど、全てエルの視点だ。
この銀髪の赤ん坊は、ルサーリアか……?
次は少し大きくなって歩き出している。
そして二歳、三歳、五歳とだんだん大きく育っていく魔女。その顔はどれも無表情に近かったけど、バルコニーで見た悲哀を帯びたそれではない。
親や友達、そういった人間は一切出てこない。正に孤独と言える記録しか映し出されはしない中で、彼女がエルに向ける瞳にだけは愛情と喜びの色が滲み出ていた。他人の俺にでも汲み取れる程に。
きっと魔女はエルの事を家族だと思っていたんだろう。
詳細に関しては解らない。それでもその記録の数々を見れば、エルが彼女を乳飲み子の頃からずっと見守り、愛情深く可愛がってきたんだということが、これでもかと言うほど伝わってきた。
それらと共にエルの心の昂りも流れ込んでくる。
エル、もしかして……怒ってるのか……?
俺の中にいるからなのか、その感情の渦は先程よりはっきりと伝わってくる。
そりゃそうだ……あんなもの見せられちゃ。気持ちは、痛いほど解る。
ノクスの魔女へ対する乱雑な振る舞いを見ていると、俺の心にも怒りが湧いてくる。
エルがルサーリアをどれほど大事に思っていたか知ってしまったからだ。
断片とはいえ、あれだけの量の情報を見れば十分に察して余りある。
きっとエルはこれ以上に激怒しているのだろう。
どうする、怒りに任せるべきじゃないのは解ってる。それにここで動けば牌谷さんも危険に晒すことになる。
そう考え、隣を見た。
しかし彼女の顔を見てすぐに察した。
目は口ほどにものを言う。彼女の瞳もまた怒りに満ちており、俺の顔を見るとすぐに一つ頷いた。
俺を通して牌谷さんにもエルの感情が伝わったのだろうか、それとも彼女の生来の闘争心と正義感からくる怒りなのか、それは解らない。
でも一つ解るのは、牌谷さんは戦うと、そう言っている。
ならすぐに考えを纏めろ。
ノクスはいま一人、やるなら好機と言える。
それに今なら奇襲も可能。
そしてこいつは魔王の重要な戦力であり、何より潜影を看破してくるほどの能力者。
どうしたって倒して起きたい一人。ゲームで例えるなら、こいつがいるのといないのじゃ難易度が二つ三つ変わるくらいの敵キャラだ。
懸念は奴のスキルが解らないこと、それに純粋な実力も解らない。
ただ未来視で感じた限り、かなり戦闘には自信がありそうだった。恐らくだけど奴の口振り等からして最低でも魔王並みの強さはあると考えておいた方がいい。
博打要素は多いけど見返りは悪くない。それに牌谷さんだって相当手練れだし、俺だってエクストラスキルの使い手だ……一応。
まあ色々と口上を述べたけど、それより何より俺も心底ムカついてる。
全員意見が一致しているならこの場を見過ごす理由は……あるわけない……!
俺が「やりましょう」と頷いた次の瞬間、現状を察する事に長ける牌谷さんの行動は早かった。
やるなら息もつかせぬ奇襲。
出口に向かうノクスの背に操血球を飛ばすと、赤い刀身に形を変えた血の斬撃が渾身の勢いで襲いかかる。
「ふふ、やっぱり……潜んでましたね」
血球が奴の感知範囲に侵入した時点で察したのだろう、肩越しにこちら側へ視線を刺しながら、ノクスが邪悪に嗤う。




