50
「ウ、ウチ、悪いことしちゃったかな……」
「いえ、あの時はああするしかなかったですから……」
エルの様子を見て、今にも懺悔を始めそうなくらいヘコんでいる牌谷さん。
確かに俺達でやったことに変わりないけどそれは違う。あの時は命のやり取りだったし、どちらかと言えば牌谷さんの方が不利な状況下だったわけで。
エルはなんとなく察していたからなのか、闘技場の話をしたときも何も言わなかった。まあ他にも何か事情を知っていそうでもあったけど。
ちなみにこの場を解決する策は一つある。
もうすぐ使用制限が解除される『聖女の祈り』だ。
魔女ルサーリアは死んでからまだ二十四時間経っていないはずだ、それに身体も皮膚の表面が溶解され掛けてるのと牌谷さんが操血スキルで蜂の巣にした無数の刺し傷があるくらいで、死体が七割以上原形を留めているという条件もクリアしているだろう。
他人の復元はやったことがないから確実とは言えないけど、たぶんできる筈。
このスキルの異常な復元能力は昨日、身を持って経験しているから信頼感はすごい。
ただ、問題が三つ。
一つ、『聖女の祈り』を使う場合、確実に二本の紫スキルポーションを飲む事になる点。スキルの発動に一本、発動後の回復に一本だ。昨日の話もあるからあまり飲みたくないと言うのが本音だ。
二つ、復元した魔女が味方になってくれるかどうかだ。彼女の洗脳なり操作なりは死際に解除された、これはあくまで俺の観測であり予想の範疇を出ない。仮に味方になってくれたとしても『潜影』で隠せるのは一人というのも課題になる。
三つ、『聖女の祈り』とスキルポーションは俺にとって奥の手だ。復元は昔のアクションゲームで言えば残機が一あるようなものであり、スキルポーションはロールプレイングゲームで言えば完全回復アイテムだ。それらがあるのと無いのとでは、この先の戦い方に大きな差が出るのは明白だ。
薄情と思われるかもしれないけど、エルへの同情心だけでそれらをここで使い果たしていいものなのか迷いどころだ。
どうするべきか、エルを見守りながら一人考えを巡らせてみる。
だけど一番考えなきゃいけなかったのはそこではなかったらしい。
入り口の扉からコンコン──と響いたノックの音がそれを俺に気づかせた。
「「────!」」
青天の霹靂とも言えるような事態。二人で扉に目をやった後、こちらを向き直した牌谷さんと顔を見合わせるとその目は「どうする?」と問い掛けている。
「部屋の隅に移動しましょう……。ひとまずやり過ごす方向で……」
蚊の鳴くような声でそう伝えると、牌谷さんは一つ頷いた。
そうだ潜影は発動しているし俺達の姿は見えないはずだからな、静かにしていればやり過ごせる可能性は高い。そうだ、まだ慌てるには早い。
牌谷さんの手を引いて部屋の隅まで移動し、座り込んで息を殺す。
『エル、頼む。今だけこっちへ来てくれ』
『…………解ったんダヨ』
状況を理解したエルは、名残惜しそうにしながらもこちらへと飛んで来て俺の刻印の中へと入っていった。
これで取りあえずは安心だ。
だけど一つ懸念がある。
このタイミングで現れる事のできる奴を俺は一人だけ知っている。
遠隔で気配を探ることができて、たとえ死体だろうと死後一日くらいなら感知する事のできる能力者。
「おや、誰もいない……ようですね。これは不思議だ」
超絶イケメン野郎のノクス。
嫌な予想に限ってよく的中するもんだ……、この閉鎖空間では魔王より誰よりこいつが一番ヤバい。
恐らく魔女の死体の気配を察知して来たんだと思う。
考えてみれば油断してる場合じゃなかった。闘技場で消えた魔女の死体が突如現れたのなら、それはあの場を乱した犯人がそこにいるって言ってるのと変わらない。
そしてそれらを感知できる奴を知っているのだから尚更対処を急ぐべきだった。
この可能性は十分に予見できただろうに、馬鹿か俺。
それでも間一髪。
このだだっ広い部屋の隅から動かなければ奴にも俺達を感知できない可能性はある。
ちなみに未来視の時のように両目を瞑って潜影を強化することはできない、今は牌谷さんと手を繋いでいるからだ。
潜影の効果二と三は同時には発動しないのだ。
故にまだ今なら取れる選択肢は二つある。
奴の感知範囲がここまで届かない事を期待してこのままやり過ごすか、牌谷さんという戦力を当てにして奇襲を仕掛けるかだ。
幸いにも奴は一人。単独行動が好きそうな性格をしていたから、魔王のように護衛や従者は連れていないと思う。
どうする、考える時間はそう無いぞ……。




