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眠い。
正直、今にも意識を失いそうだ。
短時間の間に色々な事があり過ぎて、精神と身体はもう疲弊しきっている。
そこへ食事で満たされた腹と上がった血糖値、薄暗く堅牢なこの部屋の安心感と程よい気温が追い討ちをかけてくる。
そりゃ眠くもなるか……。
なんなら横では牌谷さんもうつらうつらと船を漕いでいる。
「牌谷さん、寝ても大丈夫ですよ。俺のスキル、寝てても発動するんで」
「そ、そっかぁ。でも……手は離したらダメだよね……。ちゃんと……握っとくね……ごめん、限……界……かも……」
そう言うと、彼女は座ったまま俺の肩にもたれ掛かって寝てしまった。
俺はというと、寝ても良かったんだけど急速に目が覚めてしまった。
なぜなら俺の感覚強化された神経は今、右手に全集中している。
牌谷さん……「ちゃんと握っとく」って……、これは、あれじゃないか。指と指を絡めて手を繋ぐやつ、俗に言う恋人繋ぎ……!
ぐぅ、ほんの何時間か前に初めて女性と手を繋いだ俺には刺激が強すぎる……。
恋人繋ぎくらいで何を大袈裟なと言われるかもしれない。だが非モテ童貞界隈の人間にとって指と指が絡まるこの濃密な感触は味わった事の無い至上の体験であり、俺はこれを最上位の異性との触れ合いだと断ずるに些かの躊躇も持ちはしない。
こんな手の繋ぎ方を開発した人間は天才なんじゃないかと称賛したくなるほどだ。
それ程にエロ……じゃなくて親愛を感じる手の繋ぎ方である。
そんなのディープキスや性行為に比べれば大した事はない、という奴もいるだろう。
だがそれは違う。非モテ童貞界隈ではディープキスなどというものは別次元の存在であり、もはや伝説やお伽噺となんら変わらない。
つまり、恋人繋ぎの話に対してディープキスや性行為を比較対象に用いるというのは「地上の肉食獣で一番強いのはホッキョクグマだ」という討論に「いやドラゴンやフェンリルの方が強い」などと無粋な意見を宣うのと同義。
そう非常に愚かな比較と言える。
恋人繋ぎとは俗物的な行為と一線を画すものであり、あるカテゴリーにおいては最強の存在と成り得るのだと言うことをここに明言しておこう。
もはや俺が何を言っているのか解らないだろう……。
安心してくれ、自分でもよく解ってない。
『おい、寝てるキヅナちゃんを視姦するのはやめロヨ。おまえ闇が深すぎルゾ』
うわっ、ビックリした……!
なんだ、エルか。いきなり顔の前に出てくるなよ……。
でもまあログで話し掛けてくる辺りがエルらしいと言うか。
できるだけ隠密に行動しなければならない現状を理解しているのと、寝ている牌谷さんへの気遣いだよな、多分。
エル、牌谷さんのスリーサイズを隠した時といい、意外と細かいところにちゃんと気が回る奴だな……。
『視姦て……、使い魔のくせに紳士に対してなんて失礼な言い草だ』
『どこが紳士ダ。それより一つ聞きたい事があるんダヨ』
『? 珍しいな、お前から聞きたいなんて』
『前にも言ったけど、僕だって全てを見通してイルわけじゃナイからネ。聞きタイのはさっき門番の二人が言ってた魔女の話サ。その魔女ってほんとに死んだのカイ?』
エルにしては珍しく不安や懸念の色を含んだような表情をしているな……。
『ああ俺と牌谷さんで仕留めた。死体はちゃんと処理したし、大丈夫のはずだ』
『…………そっか、魔女は最後にナニか言ってたカイ?』
『ああ、はっきりとは聞き取れなかったけど、たしか“ありがとう”って言ってたと思うよ』
『そう、それなら安心ダヨ……』
エルは悲しいような、安堵したような、なんとも言えない複雑な顔をしていた。
魔女に何かあるんだろうか……。
『なんか、気になるのか?』
『ううん、何でもないんダヨ』
そうだ魔女と言えば。
『そう言えばお前、初めて俺を見たとき魔法使いとか高位の魔女とか言ってたけどどういうことなんだ?』
『それに関しては共有した方が早いんダヨ』
──ふむふむ。
魔女、魔法使い、それらはこの異世界でスキルとはまた違う超常を起こす人間のことらしい。
魔法、それは魔力を使う点ではスキルと同じだ。しかし魔力をどのように作用させるかは自分で創造、構築していかなければならない。
自ら思考し、魔力を練り上げ、魔法と呼ばれるものを造り上げていくのだ。
故に彼ら、彼女らはスキルという概念を必要としない才能の持ち主として尊敬、敬愛の対象となったり、時に崇拝されるなど、特別な存在として扱われてきたらしい。
スキル『使い魔契約』はそんな稀有な才能を持った者へのギフトのようなもので、エルの言った通り高位の者ほどランクが高い使い魔が召喚されるそうだ。
魔法使いに関してはなんとなく解ったんだけどそうなるとまた新たな疑問も涌いてくるな……。




