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このタイミングで目を覚まされるとかなり気まずいな……。
取りあえず何か言った方がいいか。
「えーと……俺の血を飲んでます……」
「う、うん。そう、だよね……」
「すみません……! 緊急事態だったとは言え、変なもの口に入れちゃって……」
「い、いやいや! 結構なお点前でした! いや、そうじゃないよね、えっと、なんでだろ。血が美味しいってウチなんかおかしくなってる?!」
牌谷さんは慌てて俺の手を放し、頭を抱えてしまう。
異世界にきて先祖返りすると外見だけでなく味覚なんかにも変化をきたすらしい。
牌谷さん自身も困惑しているようだ。
「他人の血が美味しい」って感じる人間は多分そう多くはないだろう。それは異常と言える嗜好の変化だと思うから無理もないよな。
「だ、大丈夫です……! その件についてはエルから色々聞いたので──」
彼女を宥めるため、ユニークスキルと先祖返りの話を簡単にではあるけど説明しておいた。
「そっか、そんなことあるんだ。でもこれ大丈夫かな? いきなり血が飲みたくなってクロ君を襲ったりしないかな?」
「ど、どうですかね……それは俺にはなんとも……」
うーん、ホラー映画なら有り得る展開ではあるけど……。
悩む俺の横から、エルがパタパタと飛んできて話しに加わる。
「それは多分ないと思うんダヨ。キヅナちゃんは人間の血の方がずっと濃いからネ」
「そ、そうなの……? エルちゃんに言われるとちょっと安心かも。はぁ良かったぁ……」
「うんうん、安心していいんダヨ」
ぐぅ、なんか悔しいけどエルは知識の塊みたいなもんだから仕方ない。
胸を撫で下ろした牌谷さんは思い出したように話題を変えた。
「そうだ! そういえばあのゾンビみたいな奴ら大丈夫だったの!?」
「は、はい。なんとか約束通りにできました……」
「もしかして……、あいつら全部倒しちゃったの? 凄い! ほんとになんとかしちゃったんだね! えー凄いなぁ、意識無かったから見逃しちゃったぁ。クロ君やっぱり凄い人なんだね」
「い、いえ、そんな。大したことしてませんから……」
まあ実際に俺自身は大した事してないしな、闇の魔獣に感謝だ。
なんて謙遜してはみたけど、こんなに誉められると顔は嫌でもニヤけてしまう。
あえて俯いて、顔は見られないようにしないと……。
「どした? もしかして痛いの?」
「い、いえ……」
恥ずかしいだけです……。
「ごめん。その、ちょっと怪我してる方の手を見せてくれるかな?」
そう言って俺の左手を掴み引き寄せる牌谷さん、仕方ないので掌を広げて見せる。
止血のために拳は握りっぱなしにしておいたけど、けっこう傷は深くてまだ血は止まりきっていない。
「うわぁ、痛そ……。ちょっと酷いね」
はい、実はメチャクチャ痛いです。
なんて思いながらもそれを口にしたらダメな事はさっき学んだ。
だから、どうせ格好つけるなら最後までやれ。
痛みを思い出して弛んだ表情は引き締まった、こんな時こそ返事をするなら顔を上げて元気に明るくだ。
「いや、こんなの唾塗っとけば治りますから。もう全然痛くないですよ」
んな訳ねえ、バトルマンガなら大した傷じゃないかも知れないけど、現実はそうはいかない。これ絶対縫わなきゃ治り遅いやつ……。あぁ、病院行きたい……。
「そんなわけないってば! ウチのために……。ごめん、先に謝っとく、ちょっとバッチいかもだけど我慢してね……!」
「えっ? あ、痛たたたた……!」
そう言うと牌谷さんは俺の左手をさらにグイッと引いた。
そして自分の口元へと近づけるとそのまま傷口の端にそっと口づけをし、傷をなぞるようにそれを繰り返す。
程なくして気づいた。掌に感じる微妙にしっとりねっとりとした感触と、複雑かつ柔らかい動きをするそれは、唇だけによるものではない。
もしかして舌で傷を嘗めている……!?
あ……、ちょっと……、そんな……、確かに唾塗っとけばとか言ったけど……。
痛いけどちょっと気持ちいい……、あかん、これでは新たな性癖の扉を開けられてしまう……。
「はい、多分これで止血できたはずだよ」
「へっ?」
掌を見れば確かに血が止まっている。
「いまクロ君も言ったけどさ、傷は舐めとけば治るとか言う人いるじゃん、ウチほんとに治っちゃうからね。子供の頃はそれが普通だって勘違いしてんだ」
「へ、へえ……。凄い、ですね……」
唾に血を止める成分でも入ってるのか、これってたぶん魔族の血統が影響してるよな。
子供の頃からってことは日本にいたときから魔族の血の片鱗は微弱に現れてたってことか。
「ごめんね、汚いかもだけどしばらく手は洗わないでね。止血効果が落ちちゃうから」
「い、いえ、汚いなんてとんでもない……!」
そう、汚い訳がない。なんなら念のためにもう一回重ね塗りして欲しいくらいだ。
いや、それはキモすぎるから黙っておこう。
「なんか心なしか痛みも和らいだ気もしますし、ほんとにありがとうございます」
「ううん、こんなことしかできなくてごめんね」
「そんな滅相もない……」
むしろご褒美でした。
「じゃあ、次はどうするのかな?」
そう言って牌谷さんは俺の右手を取った。
え!? なに!? いきなり手を握られるとドキドキしてしまうぅ……。
じゃないじゃない、潜影だ。アホか俺。
我に返って即座に片目を瞑る。
『闇の手スキル、“潜影”、効果二を発動』
「そうですね。俺の魔力もだいぶ減ってきたし、牌谷さんもまだ全快した訳じゃないですからね。どこかちゃんと休息できる場所を探しましょう」
「うん、わかった」
まず目指すべきは、日光を遮断できる人気のない場所だな。




