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相手



 違和感は、すぐにわかった。

「おはよう」

 隣の席から言われた瞬間、身体がこわばったからだ。それはもう、無意識に、そして本能的に。

「……おはよう」

 まどかは自分の席に座り、あくまで冷静に返事をした。

 相手の視線を、ずっと感じながら。

「もうちょっと愛想よくなんねえの? 一応おれ彼氏だろ」

 時田の軽口に、まどかは顔をしかめる。

 何かがこられきれなくなって、口を開きそうになるものの、

「おはよう、時田くん」

 周囲にそれを遮られた。

 クラスメイトの女子たちだ。

「おはよう」

 にっこりと微笑む時田に、黄色い声があがる。

 それを見て、やっぱり、と、まどかは思った。

 となりにいる時田は、時田じゃない。

 あの時校舎で会った偽物だ。


 本物は、どうしたのか。

 一体、どこにいるのか。

 授業を受けながら、まどかは考える。

 ちらり、時田(偽物)を見た。

 授業は多分、いつも通り受けている。

 だからこそ、だれも気がつかない。

 ……さて、どうしようかな。

 まどかは心の中でつぶやく。

 宇佐神には、自由に動いていい、という許可をもらっている。

 問題があるとすれば、どう動くか、そして本物の時田がどうなっているか、ということだ。

 まどかが眉を寄せて唸りそうになっていると、

「どうしたの?」

 葉子が目の前に現れる。いつのまにか、授業が終わっていたようだ。

「今日お昼は?」

「あ、お弁当」

 いつも彼方が作ってくれる。

 葉子はあたりまえのように、前の席にすわった。

 彼女もいつもお弁当で、母親が作ってくれるという。

 となりを見てみると、すでに時田はいない。

 まどかは席を立った。

「先食べてて。ちょっと飲み物買ってくるから」

 弁当箱を葉子に預けて、まどかは教室を後にした。


 外に出ると、まどかは時田の姿をさがす。

 行きそうな場所は、大体把握している。

 伊達に彼女役をやっているわけではない。

 けれどそれは、あくまで時田の場合だ。

 今の彼ではない。

 ひとまずまどかは、校舎裏へ向かった。

「……あ」

 心配をよそに、それはすぐだった。

 時田だ。

 話しかけようと、つかまえようとしたものの、まどかはできなかった。

 理由は、彼が一人じゃなかったからだ。

 知らない女生徒と一緒だった。

 まどかはとっさに隠れてしまう。

 けれどその場を立ち去ることもできず、、なんとなく耳を傾ける。

 どうやら、いつもの告白らしい。

「――好きです」

 遭遇することは、今までそんなになかった。

 だからというわけではないが、居心地は決して良くはない。

 自分はここで、出ていくべきなんだろうか。

 彼女――だけど、彼女じゃない。

 それにもし彼女であったとしても、これは彼の問題だ。

 それにどう答えるかも、彼の自由だ。

 一方で告白されているのは偽物ーーという考えもある。

 でも、だとしても――

「取りこみ中みたいね」

 急に声がして、まどかはふり返る。

 葉子だった。

 財布を忘れていたらしく、持ってきてくれたようだ。

「いいの? あれ」

 財布を受けとると、葉子が息をつく。

「ん――」

 先ほどのように、いろんな考えがめぐった。

 葉子は遮るように、

「そういえばまどか――」

 そこまで言いかけると、彼女の視線が、目が大きく見開かれる。 

「え、あ、あ」

 葉子が声をあげた。

 まどかが視線を戻すと、時田が告白してきた女性の手を、握りしめていた。

 女生徒のほうは、顔を真っ赤にして、動けずにいた。


 ――これはまずい


 気がつけば、まどかは二人の前に出ていた。

 それから時田の腕をつかみ、引っ張っりあげる。

「――何やってんのよ」

 ぎりぎりと、かなり強くつかんでいた。けれど時田は笑い、

「悪い、彼女が迎えに来たわ。告白してくれて、ありがとね」

 軽いノリで女生徒に向かって手をふる。

 まどかは時田の腕を、さらに強くつかんだ。

「イテテテっ」

 どうやら我慢していたらしい。

「……先にもどってるね」

 葉子の苦笑混じりのつぶやきが、まどかの耳にとどいた。


「どういうつもり?」

 体育館裏で、まどかは尋ねる。

 無駄だとわかりつつも、逃げられないように前に立った。

「そっちこそ。コイツは仮の彼氏なんだろ。だったら他に女を作るろうが、気にする必要なくないか?」

 声も、時田だ。

 でも、時田じゃない。

 そのことにイライラしている自分がいた。

「そういうわけにはいかないの」

 そしてそれが、声にも出ている。

「なんで?」

 ぶつけるように、言葉を放つ。

「――あいつが、それを望んでないから」

 まどかは顔をうつむける。

 なぜそうするのか、わからないまま。

「じゃあ、こいつの望みって何?」

 不適な笑みを浮かべる時田に、まどかは一度唇をかむ。

「……決まってるでしょ。面倒な相手を黙らせること」

 だから、自分が選ばれた。

 そのはずだ。

「――ホントに?」

 時田が、まどかに顔を近づけてくる。

 同じ顔なのに、違う。

 でも、同じようにも見える。

 まどかは一瞬、身を引きそうになった。

「あんたホントに、コイツの気持ちわかってんの?」

 尋ねられて、まどかは眉を寄せる。

 腕を組んで、仁王立ちした。

「……じゃあ、そっちはわかってるっていうの?」

 反撃のつもりだった。

 わかるわけない。

 本気でそう思っていた。

 けれどあっさり、

「――もちろん」

 にやりと笑う。

 まどかは目を見開いた。

 相手は気にせず続ける。

「今日中に、そうだなあ。おれの身体に触わることができたら、教えてやってもいいけど」

「……なんであたしが」

 時田の気持ちがどうであれ、自分には関係ない。

 口にする代わりに、まどかは唇をかむ。

「いいの? 本物のコイツがどうなっても」

 それを言われると、選択肢はなかった。


 とにかく、走った。

 こんなに走ったことが、今まであっただろうか。

 しかも追いかけているのが、あの時田(偽物)だ。

 本来の姿に戻れれば、もっと速く走れるものの、ここは学校なので、そうもいかない。

 歯を食いしばって、時田を見失わないように必死だった。

 思っていたよりも、相手は手強かった。

 となりの席なのに、身体に触れるだけなのに、それができない。

 昼休みから放課後までで、まどかは大分疲弊していた。

 階段を上り、その先は屋上だ。

 普段は鍵が閉まっているそこを、なんなくすり抜けられるのは、やはり人ではないからだろう。

 まどかは後に続き、外へ出る。

 ここならきっと、彼を追いつめることができるはず。

 そう思うと、額の汗も気持ちがいいものに感じた。

「さすが、速いね」

 雲一つない空の下で、相手は言った。

 まどかは息を切らしつつ、後ろ姿を見据える。

「……そっちこそ」

「まあ、おれはこうなってけっこう長いし。でもそっちはそうでもないでしょう」

 ゆっくりとふり向く。

 その姿は、どこからどう見ても、時田だった。

 今日一日で、何度も思ったことだった。

 ちがう、のに、時々同じようにも見えるのだ。

「……一体、何がしたいの」

 まるで、自分自身に問いかけているかのようだった。

 けれどすぐに冷静になり、彼を見据える。

 相手のペースになれば、また逃げられてしまうかもしれない。

「さてね」

 そう言った瞬間、こちらへふり返った。

 まどかは間合いをはかるようにして、地面を蹴る。

 相手がこちらを向いたと同時に、覆い被さった。彼は逃げようとしたが、間に合わない。

「――うわっ」

 二人は倒れこむようにして、重なる。肩に、指がふれた。

「つかまえた」

 まどかは起きあがって、にっこりと微笑む。

「さあ、約束を守って」

 時田(偽物)は、頭をかく。

 その顔は不服そうだったが、まどかは動じない。

 にっこりと微笑んだまま、ある場所に視線を向けている。

 時田の肩が、ぼんやりと光った。

 とっさに出てしまったのか、宇佐神の力だった。


「人間相手に失恋したから、その腹いせ?」

 事情を聞いて、まどかはあきれたような声を出す。

 目の前にいるのは、時田じゃない。

 半分狐の姿をした、男だった。

 黄金色の髪と、瞳。美しく、端正な顔立ちをしていて、名は律というらしい。

「おれさ、人間と妖怪の、いわゆるハーフってやつ。だからなのか、ついつい人間の女の子ばっかり好きになっちゃうわけ」

 ちなみに、母親が人間だという。

「けどさ、いつもフラれるんだよ。やっぱ住む世界が違うっていうのかな。だからちょっと、意地悪したくなっちゃったんだよね」

 ちなみに最近も失恋したばかりらしく、それが某特徴のある女子に絡んでいた理由らしい。

 笑いながら言う顔は、どこか淋しそうに見える。

 まどかはなんだか、相手がかわいそうになってくる。

「ま、君に意地悪したのは、興味本意と、あとは単純にうらやましかったから」

「何が?」

 まどかは首をかしげる。

「だってほら、君はもともと人間だったわけじゃない。おれとは違って、わざわざ人の道を捨てて、こっち側に来たんでしょう。なのに、さ」

 律が一瞬だけ、中をあおぐ。

「――なのに、人に好かれてる」

 まあ、もともと人間だったから、と言われれば、それまでなんだけど、と、彼はつぶやく。


 ――それはきっと、相手が自分のことを知らないから。


 言いかけて、でも言えなかった。

 胸が苦しくなったからだ。

「さて、と」

 律が立ちあがった。

「散々楽しませてもらったから、もうこれで終わりにするよ」

 黄金色の髪に、瞳。

 元の姿のほうが、やっぱりしっくりくる。

「彼はその裏にいる。他の女の子のことも心配しないで。おれは基本的に、人間が好きだからさ」

 ふわりと、背を向ける。

 とたんに濃い霧が、彼をまとった。

「あ、待って」

 まどかはその背中を追いかけようとした。

 一瞬だけ、もう一度だけ、肩に触れそうになる。


 ――次の恋は、叶いますように


 本当に触れたかどうかは、わからなかった。


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