第8話 「二人」
その日、ラボにはかつてないほどの高揚感と、精密機器が発する独特の熱気が充満していた。
アジーンの寝不足な、しかし勝ち誇ったような声が響き渡る。
「待たせたね、戦闘員クン! これがボクの持てる全技術を注ぎ込んだ、君の最高の鎧だ!」
修復を終えた漆黒のスーツが、アジーンの後ろで鈍い光沢を放っていた。
先の激闘で大破したスーツは、その限界を糧にしてさらなる進化を遂げた。
アジーンは自信たっぷりにタブレットを叩く。
「ハイパーモードの仕様を一から組み直したよ。これまでは完全に博打な仕様だったけど、新型は生命維持以外の一時的な機能制限に留めた。つまり、もし再びバスターの直撃を受けたとしても――」
「戦闘員くんの命を確実に繋ぎ止めてくれる……というわけですね」
「その通り!」
アジーンがドヴァーさんを指差しながら振り返った。
俺は新しいスーツに袖を通す。
前にも増した肌に吸い付くようなフィット感と、内部から溢れ出す力。
リハビリを経て更に研ぎ澄まされた俺の肉体と、アジーンの技術が今、完璧に同調したのを肌で感じ取った。
そして彼女は最後に、最適化を終えて組み上がったばかりの新型エロスカリバーの柄を俺に手渡した。
「ボクにできるのはここまでだ。でも、これだけは忘れないで。最後に真のトリガーを引くのは、君とドヴァーだ」
フラフラとよろめきながら、アジーンが俺とドヴァーさんの肩に手を置く。
「方法は、もう君たちの心が知っているはずだよ。理論じゃない、魂で行くんだ」
「……はい、わかってます!」
俺は柄を握り締め、力強く頷いた。
傍らで見つめるドヴァーさんも、俺に応えるようにしてこくりと頷く。
温泉での休息、夜の静寂の中で交わした誓い。
以前よりも強く、気高く微笑むドヴァーさんの姿。
彼女の瞳にはもう、迷いも悲しみもない。
俺を信じ、寄り添ってくれる大切な人。
自分の中に眠るエネルギーの源を、俺は再認識していた。
MASK復活の狼煙を上げるべく、作戦が決行された。
現場に駆けつけた三つの光の前に、俺たちは堂々と立ちはだかる。
仁王立ちする俺の姿を確認したレッドは、一瞬目を見開いた後、不敵な笑みを浮かべた。
「やはり現れたな、お前なら舞い戻ってくると思ってたぜ!」
その声は、この上ない歓喜に震えていた。
ただ純粋な、宿敵との再会への喜び。
「ああ、おかげさまでたっぷり休養させてもらった……待たせたな、レッド!」
俺の声もまた、弾んでいた。
恨みや憎しみではない。
自分の全てを懸けてぶつかり合える相手への敬意がそこにあった。
光の刃が抜き放たれる。
修復されたレッドの愛剣もまた、彼の不退転の決意を宿して研ぎ直されていた。
――言葉は、もはや不要だった。
ガキィィィィィン!!
激突。
剣と剣がぶつかり合い、凄まじい衝撃音が周囲に響き渡る。
空気を切り裂く衝撃波が周囲を圧し、足元のコンクリートを砕いた。
レッドの剣閃は修行を経て一段と鋭さを増し、一太刀ごとに真空の刃が俺を襲った。
対する俺も、更に鍛え直した肉体と修復されたスーツの追従性を活かし、最短距離で刃を振るう。
「やるな、戦闘員! 前よりも遥かに重い一撃だぜ! これを待っていたんだ!」
「お前こそ、迷いのない見事な剣閃だ! 相当な修練を重ねたろう!」
「おうよ、己を見つめ直す時間はたっぷりとあったからなあ!」
すかさず援護に入ろうとするブルーとイエローを、ドヴァーさんの鞭が牽制する。
しかしブルーとイエローも、ドヴァーさんの鞭を前に一歩も譲らない互角の立ち回りを見せる。
「レッド、こっちは任せろ! ドヴァーは僕たちが抑える!」
「さあ、これであなたも向こうに割って入ることは出来ないわよ!」
「ふふん、いいでしょう……受けて立ちます! 戦闘員くん、こちらは気にせず思う存分にやりなさい!」
ドヴァーさんの力強い後押しに、俺の中に更なる熱が籠る。
そしてそれはレッドも同じだった。
戦士同士の物言わぬ語らいが、火花となって散っていく。
一撃ごとに互いの魂が削り合われ、同時に深く混ざり合っていく。
いつしか、剣を交える俺たち二人の口元には笑みが浮かんでいた。
ドヴァーさんも、ブルーも、イエローも、もはや戦うことなど忘れてそれを見守っていた。
理屈を超えた熱い何かが胸を焦がすのを、全員が感じていた。
「なんて楽しそうに戦っているんだろう、あの二人……」
ドヴァーさんの呟きは、その場の誰もが抱いた共通の想いだった。
「「はああああああっ!!」」
激しい打ち合いの衝撃で、互いに数メートル後退する。
それが俺たち二人の必殺の間合いだった。
レッドは剣を上段に構え、全身の闘気を一点に集中させる。
あの日と同じ構え――しかし、その全身から湧き上がる闘気はあの日のものを遥かに凌駕していた。
より力強さを増したそれは、対峙する俺の背に冷たいものを走らせる。
「ならば!」
俺もまた、ハイパーモードを起動し、横薙ぎの構えをとる。
全身を包む紫のオーラが、これまで以上の密度で渦巻く。
「全力でいくぞ、レッド!!」
「おう、受けて立つ!!」
同時に地を蹴り、紫と赤の光の尾を引いて突進する。
「ハイパー・カリバァァァァ!!」
「真・レッドスラァァァッシュ!!」
光り輝く二つの刃が激突し、小規模な爆発にも似た衝撃が辺りを一掃した。
凄まじい力同士が拮抗する。
しかし、今度はどちらの武器も折れない。
レッドの不屈の意志と、俺の限界突破したエネルギーが完全に釣り合っていた。
ドッゴオォォォォォォォォン!!
凄まじい力のぶつかり合いで爆風が巻き起こる。
逃げ場を失った力が、大地に巨大なひび割れを作った後、両者を大きく弾き飛ばした。
「……はぁ、はぁ……やるじゃ、ねえか!」
「お前……こそ……っ!」
先に膝を付いたのは俺の方だった。
――だが、まだ勝負は終わっていない!
「ブルー、イエロー! やるぜ、ジャスティース・バスターだ!!」
レッドの号令に、ブルーが躊躇いの声を上げる。
「いいのか、レッド!?」
「へっ、向こうだってまだやる気だ! 遠慮なしだ、フルパワーでいくぞ!」
レッドの迷いのない言葉に、ブルーは一瞬考えた後、力強く頷いた。
「……わかった! レッド、お前を信じる!」
「ええ、いきましょう!」
正義の味方の最終手段が展開される。
必殺の巨大な砲身が組み上がり、まばゆい光がチャージされていく。
「ドヴァーさん!!」
「はいっ!!」
俺の呼びかけにドヴァーさんが真っ直ぐに駆け寄り、俺の隣にぴったりと寄り添った。
時間は迫っているが、ハイパーモードはまだ続いている。
もう同じ轍は踏まない。
「今度は、俺たち二人で!!」
「はい、二人で一緒に……!!」
ドヴァーさんの白く細い、けれど強い意志の宿った手が、カリバーを握る俺の手に重なった。
その瞬間――
二人の鼓動が完全に同調し、カリバーの刃はピンクから、かつてない純白の輝きへと変貌した。
精神エネルギー変換、それは感情の高ぶりをエネルギーに変えるというものだ。
エネルギー供給の最大効率は、胸を揉むことだった――だが、それはあくまで肉体的な刺激に過ぎない。
今二人の間を流れているのは、生死を共にした絆、互いを想う純粋な気持ち。
守りたいという願いと、共にありたいという強い祈り。
エロスを超え、アガペーへと昇華されたエネルギーが、巨大な光の刃となって天を衝く。
「「「ジャスティース・バスターッ!!!」」」
「「これが俺たちの、愛の力だぁぁぁぁ!!」」
不敗のバスターと愛のカリバー。
二つの超エネルギーが激突した瞬間、世界から音が消えた。
中心点から放射状に光の粒子が広がる。
大気は熱を失い、純粋なエネルギーの相殺によって真空のクレーターが形成されていく。
凄まじい衝撃に押されそうになるのを必死に堪える。
あまりの超高出力に、マスクを通じてスーツからの緊急アラートが鳴り響く。
先に武装の限界がきてしまうかもしれない。
それでも、俺はカリバーにありったけの力を込め続けた。
俺の手に添えられたドヴァーさんの手にも、グッと力が籠る。
俺を信じてくれるドヴァーさんの気持ちが、真っ直ぐに力強く俺を支えてくれる!
まばゆい閃光とともに、ハイパーモードが終わりを告げた。
やがて光が収まった時、そこには誰も倒れていなかった。
二つの力は完全に対消滅し、互いの存在を否定することなく、静かに霧散していた。
「……引き分け、か」
レッドがバスターの合体を解除し、肩の力を抜いた。
「……みたいだな」
俺もまた、輝きの消えたカリバーを握る手の力を弱めると、ドヴァーさんを抱きしめたまま大きく息を吐いた。
愛の力は、不敗を誇ったジャスティース・バスターを正面から受け流し、無効化したのだ。
そこには凄惨な流血も、悲痛な叫びも、憎しみもなかった。
あるのは全力を出し切った者たちの共有する、清々しいまでの充足感。
悪と正義――その境界線を超えて、互いを高め合える「好敵手」としての絆が、そこには確かに芽生えていた。
それは、互いが認め合った結果としてのドロー。
ドヴァーさんが安堵の息を漏らし、ブルーとイエローもまた、凄惨な結果にならなかったことに口元を緩めた。
もはやそこに、あの時のような殺伐とした空気はない。
「……どうやら、どちらも全てを出し尽くしたようですね。今回は大人しく引き下がるとしましょう」
ドヴァーさんが誇らしげに、そして凛とした声で撤退を告げる。
俺はレッドを見据え、不敵に笑った。
「レッド、次こそはお前を倒してみせる。首を洗って待っていろ」
「へっ、何度でも来やがれ。ジャスティースは負けねえ!」
グッとガッツポーズを取りながら、レッドが目配せをしてくる。
それは俺だけに届く、ライバルとしての真剣な声。
(……次も、その最高の笑顔でかかってこいよ、千堂さん!)
(ああ、もちろんだ!)
俺も目で答える。
言葉にしなくても、俺たちの間には確かな戦士の絆が結ばれていた。
互いに背を向け、それぞれの帰るべき場所へと歩き出す。
だがその顔には、両者共に満足げな笑みがあった。
拠点に帰還した俺たちを、アジーンは大はしゃぎで迎えてくれた。
「最高に非科学的で、最高にクールだったよ!」
「はは、ただいまです」
ボロボロになったスーツとカリバーを見つめながら、アジーンがやれやれと肩を竦める。
「あははっ、また修理だねぇ」
ぼやきながらも、アジーンはとても嬉しそうだった。
ドヴァーさんは俺の腕にそっと手を回し、幸せそうに寄り添っている。
「お疲れ様でした、戦闘員くん。やっぱり、あなたの隣が一番落ち着きます」
「俺もです、ドヴァーさん」
ひゅーひゅーと茶化すアジーンに、ドヴァーさんはぷりぷりと怒ってみせるが、すぐに温かな笑みを浮かべていた。
かつて、灰色の空を見上げて絶望していた日々。
今の俺には、泥にまみれ傷だらけになっても決して消えることのない火が――世界を彩ってくれる熱い炎が灯っている。
正義も悪も超えて切磋琢磨し、お互いを高め合える相手がいる。
そして何より、守りたいと心から思える人がいる。
「悪の組織」という名の、世界で一番情熱に溢れた職場。
ドヴァーさんの柔らかな手を握り返しながら、俺は心の中で呟いた。
(この仕事……やっぱり、最高だ!)
悪と正義のドタバタ劇は、明日もまた続いていく。




