第5話 「光」
海での休暇から二日ほど経ち、俺とドヴァーさんはアジーンの呼び出しを受け、ラボへと足を運んでいた。
そこには、数日間にわたる不眠不休の作業を終え、クマを作りながらも満足げに笑うアジーンの姿があった。
「待たせたね、戦闘員クン! 開発部の叡智、そしてボクの情熱の結晶をとくと拝んでくれたまえ!」
台車の上には、鈍い銀光を放つ新型のエロスカリバーと、より強固に再設計された漆黒の戦闘スーツが鎮座していた。
「さあ、着てごらん。君のポテンシャルを120%引き出せるよう最適化したよ」
アジーンに促され、スーツを身に纏う。
今度のスーツは以前の無骨なデザインから一変し、流線型のシャープなフォルムへと進化していた。
肌に吸い付くようなフィット感が俺を包む、着心地は抜群だ。
少し身体を動かしてみても、より自然に柔軟な動きが可能となっているのが感じられた。
更にスーツの節々、手の甲や肘、腹部や膝といった急所には、新たに合金製の装甲が増えていた。
「今度のスーツは攻防一体を目指したからね。その装甲は攻撃を弾くだけじゃない、君の屈強な筋肉が放つ衝撃を、そのまま打撃の威力に変換してくれる矛にもなる」
レッドの鋭い刃を相手にする事を考えると、これは中々頼もしい。
「データが揃ったおかげで、レッドが狙ってくる箇所は大体割り出せたからね。該当箇所は重点的に補強してあるから安心して戦えるはずだ」
「とはいえ、ダメージを気にせず突っ込むのも禁物ですよ戦闘員くん」
「はい、それはもちろん。でも、奴との戦いにおいて攻めに集中出来るようになるのはかなり助かりますね」
おもむろにアジーンはタブレットを操作し、スーツに刻まれた紫のラインを発光させた。
「おお、なんだか全身に力が漲るような……これは?」
「君の過剰なエネルギーを全身に分散し、循環させるシステムを新たに構築したんだ。防護フィールドの強化だけでなく、前回の自壊の原因となったカリバーへのオーバーフローも克服したよ」
再設計されたエロスカリバーも、形状をナイフやバット、果てはハリセン状にまで自在に操れるようになっていた。
「なるほど、色々小回りが利くようになった感じですね。剣以外にもなるのは便利だなぁ」
「アジーンにしては、今回はそこまで変な機能がないみたいですね。まったく、やれば出来るじゃないですか」
ドヴァーさんが感心していると、アジーンは不敵に笑った。
「――さて、それじゃあここからが目玉だ!」
アジーンがタブレットを操作し、禁断の機能を告げる。
「その名も、ハイパーモード! 戦闘員クンの精神エネルギーが限界値を突破した時のみ発動する強化システムだ! これは短時間だけ身体能力を数倍に跳ね上げる、まさに奥の手ってやつさ!」
タブレットの画面に、モード発動時のイメージ映像が流れた。
紫の激しい光が、仮想モデルの俺の全身を包み込んでいる。
「おお、かっこいいですねこれ!」
「ホログラムを利用した演出だけどね、しかし見た目の威圧感はバッチリだと思うよ。色はドヴァーのイメージだ。フフ、彼女に全身包まれてると思うと興奮するだろう?」
「せっかく感心していたのに、あなたはまたそういう余計な事を……」
ニタリと笑うアジーンに、ドヴァーさんが呆れ顔になる。
しかしこの俺とドヴァーさん二人の力で一緒に戦っているような演出は、正直心を揺さぶられるものがある。
「ただ、ちょっとデメリットもあってね」
「……というと?」
「スーツにかなりの高負荷を掛けるから、使うのは一日一回が限度だ。それと、使い終わると冷却のためにスーツの全機能が一時的に停止しちゃうんだ」
「完全に無防備になるわけか……使う時はかなり慎重に選ぶ必要がありますね、ロマン機能だなぁ」
「でも、男の子はそういうの好きだろう?」
深く頷いて見せると、アジーンは満足げに微笑んだ。
「……アジーン。結局、その。エネルギーの供給方法は……?」
ドヴァーさんが冷ややかな、しかしどこか諦めを含んだ目で尋ねる。
「言わずもがな。君たち二人の相互作用こそが、宇宙で最も純度の高いエネルギーを生むんだよ。もはや不変の真理だね」
「もおおお、どうしてそこだけ進化してないんですか! あなた、本当は私の反応が見たいだけなんじゃないですか!?」
「あはは、半分正解かな。でも効率がいいのは本当だからね」
顔を真っ赤にして嘆くドヴァーさん。
そんな彼女の隣で、俺は自分の大きな手を見つめ、ゴクリと喉を鳴らした。
「もうっ! このむっつりスケベ!」
俺の満更でもないという顔を見たドヴァーさんは、小さく柔らかな拳でポカポカと胸板を叩いた。
「うぅ……このままじゃジャスティースに『出たな! 毎回いやらしい事ばかりしてる女幹部!』って、言われちゃいますよぉ……!」
頭を抱えて悶えるドヴァーさんと、その姿を見てニヤニヤ笑っているアジーン。
激闘を前にした、束の間のMASKらしい風景。
(今度こそは……!)
俺は拳を握り締め、力強く頷いた。
数日後「広場にやって来た大人気高級アイスクリームショップ全品買い占め、ちびっ子無料配布で夏の楽しみを独占大作戦」の真っ最中に、案の定ジャスティースがやってきた。
「またお前たちか、MASK! 卑劣な買収工作なんかさせないぜ!」
「子供たちにアイスを大量に与え、お腹を壊させて困らせようという魂胆……!」
「絶対許さないんだから!」
それぞれの叫びを合図に、戦いの火蓋が切って落とされた。
俺は即座にドヴァーさんを抱き寄せて一礼すると、その豊かな双丘に深く手を沈めた。
スーツにエネルギーが充填され、全身に力が溢れていく。
「ふぁっ……!? あ、あぁっ……! せ、戦闘員くん、いつもより力が……っ!」
「あ、あいつら、また公衆の面前でエッチなことしてる!」
顔を背けるイエローだったが、ブルーは冷静に状況を分析していた。
「あいつ、以前とは装備が違うぞ。気を付けるんだ!」
ブルーの警告が飛ぶよりも早く、レッドは剣を抜いて突っ込んでいた。
切り込むレッドを援護すべく、ブルーの弾丸とイエローの矢が放たれる。
だが、新生スーツを纏った俺は最小限の身軽なステップでそれらを回避し、避けきれない一撃やドヴァーさんに向かう攻撃を追加装甲で鮮やかに弾き飛ばした。
一歩も退かずに、俺はレッドの剣をエロスカリバーで受け止める。
「今日の俺は一味違うぞ、レッド!」
「面白い、来やがれ!」
火花が散り、衝撃波が周囲のアイスクリームの屋台を揺らす。
「レッド、持ち堪えろ! ドヴァーは僕たちが!」
ブルーとイエローがドヴァーさんに襲い掛かる。
だが、ドヴァーさんの鞭もまたアジーンによって強化されていた。
伸縮自在になった鞭は蛇のようにしなり、空気を切り裂く微細な一振りが、二人の接近を許さない。
「甘く見ないでいただきたいですね! 私だって、いつまでもいやらしいだけの女幹部ではないのですよっ!!」
それはドヴァーさんの切実な叫びのようにも聞こえた。
俺は追加装甲を最大限に活かし、鋼の拳とエロスカリバーの刃でレッドに対抗していた。
防御から攻撃へ、攻撃から防御へ。
レッドの剣筋をいなしながら、最短距離で鋭い一撃を叩き込む。
鍛え上げた肉体のポテンシャルをスーツが完全に引き出し、俺の動きを何倍にも高めていく。
それは以前の力任せな戦法とは違う、戦いの中で磨かれた「戦士」の動き。
(――この男、一体どうなってる……動きのキレが以前とは完全に別物だ! それにこの鋭く重い攻撃は……!)
洗脳された暴力などではない。
ドヴァーさんを守るという確固たる意志の乗った一撃に、レッドの身体が震える。
(こいつは……強い!!)
レッドは確信していた。
目の前の男は倒すべき悪の末端ではなく、超えるべき一人の「戦士」であると。
レッドの瞳に敵への蔑みではなく、一人の戦士としての敬意が宿るのを確かに見た。
激しい金属音とスパーク音が周囲に響き渡る。
それは剣だけではない、魂と魂のぶつかり合い。
もはやそれは悪の組織と正義の味方の戦いを超えた、他の誰も手出しできない、純粋な武の舞踏へと昇華されていた。
「レッド! 今日こそ、お前の剣を砕く!」
「ジャスティース・レッドは、負けねえ!」
刀身が激しく激突し、互いに大きく距離を取る。
レッドが剣を上段に構え、全身から燃え盛るような凄まじい闘気を発した。
それは彼の放つ、最大最強の必殺剣の構えだ。
次が最後の一撃になる。
どうする、対する俺には必殺技なんて洒落たものはない。
ただ只管、全力で迎え撃つしかない。
しかしそれでは打ち負けるのは必至だ。
その時、マスクの内蔵通信からアジーンの鋭い声が響いた。
「戦闘員クン、ハイパーモードを使え! そのままじゃ奴の奥義に押し切られるよ! 対抗するにはそれしかない!」
――迷っている暇はない!
「おおおおおおおっ!!」
咆哮と共に禍々しくも美しい紫のオーラが立ち昇り、全身を包み込む。
俺は地面を爆砕する勢いで踏み込み、渾身の力を込めてエロスカリバーを振り抜いた。
「ハイパー・エロスカリバー!!」
「レッド・スラッシュ!!」
紫の雷刃と赤の轟炎が衝突し、辺りを眩いばかりの閃光が包んだ。
ガキィィィィィン!!
静寂の中、重い金属音が響く。
一本の刀身が太陽の光を反射して宙を舞った。
半ばから真っ二つに折れた刀身が地面に突き刺さる。
それは、レッドの剣だった。
「やっ、た……!」
俺の執念が、ついにレッドの剣を正面から叩き折ったのだ。
しかし、勝利の余韻に浸る間もなく、スーツがハイパーモード終了のアラートを鳴らす。
スーツが強制冷却状態へ移行し、全身を襲う激痛と疲労に俺の膝が折れた。
「戦闘員くん!」
ドヴァーさんが駆け寄り、俺の体を支える。
スーツだけでなく、自身のパワーをも使い切った俺の身体は鉛のように重くなっていた。
「レッド! 大丈夫!?」
ブルーとイエローがレッドに駆け寄る。
「くっ……この俺の剣が、真っ向から負けるとはな……」
愕然とするレッドをブルーとイエローが素早く支えた。
だが――
「しっかりするんだレッド、彼はもう動けない! 今が洗脳を解くチャンスだ、バスターで決めるぞ!」
「待ってブルー、もうお互いに戦いを続けられる状態じゃないわ。これ以上は……」
「ここで彼を洗脳から解き放たなければ、更なる強化改造を受けるかもしれない! 彼の成長速度は異常だ、次はレッドの剣どころじゃなくなる可能性だってあるんだ!」
「ま、待てブルー! あいつは……ぐっ!」
ブルーの非情とも言える正義の決断を前に、レッドが戦いの中で感じた事を伝えようとする。
しかし、それを言葉にする前にレッドは倒れ込んでしまう。
彼の身体も、全力のぶつかり合いでもう限界を迎えていたのだ。
二人が満身創痍のレッドを支えながら必殺のジャスティース・バスターを組み上げ、エネルギーを充填し始めた。
そしてその照準は、動けない俺を隣で支えるドヴァーさんに向けられていた。
「俺に構わず、先に逃げてくださいドヴァーさん……」
「嫌です! あなたを……部下を見捨てて逃げる幹部がどこにいますか!!」
エネルギーが収束していく。
「「ジャスティース・バスター!!」」
必殺の掛け声と共に、正義の大砲から凄まじい光の奔流が放たれた。
……もう一刻の猶予もない。
俺は残った全ての力を振り絞ってドヴァーさんの肩を引っ張り、背後に庇うようにして射線上に躍り出た。
パワーダウンしたスーツの防御機能は全て死んでいる。
それはもはや生身で、ただの重い鉄の塊を背負っているに等しかった。
エロスカリバーの光刃を作り出す力も残ってはいない。
それでも俺は、一歩も退くわけにはいかなかった。
「ドヴァーさんは……俺が守る! それが、俺の転職した理由だぁぁぁ!!」
純粋な破壊の力が俺の肉体を蹂躙する。
光が、俺の体を飲み込んだ。
ドォォォォォォォン!!
凄まじい爆音が、辺りに響き渡った。
静寂とともに、徐々に爆煙が晴れてゆく。
そこには、大の字になって倒れる戦闘員の姿があった。
「せ、戦闘員……くん……?」
そのスーツの腹部装甲は粉々に砕け、露出した脇腹からは鮮血が流れていた。
彼は意識を失う瞬間まで、その肉体一つでドヴァーを守り抜いたのだ。
「戦闘員くん! 戦闘員くん!! 目を開けて!!」
ドヴァーが今までにない取り乱した様子で駆け寄り、半狂乱にその名を叫び続けた。
おびただしい量の血液が、地面に真紅の花を描いてゆく。
ただただ悲痛としか言いようのない叫びと、あまりにも凄惨な光景。
一方、バスターにエネルギーを注いだレッドもまた限界を迎え、前のめりに倒れ伏した。
ブルーとイエローもエネルギーを使い果たし、なんとか倒れたレッドを担ぐので精一杯であった。
その上空に、アジーンが緊急派遣した回収ドローンが飛来した。
意識を失った戦闘員と彼を抱きしめて離さないドヴァーを、遠隔操作で手際良く収容していく。
「これ以上の続行は不毛だ。引き揚げるよ、ドヴァー……」
悪と正義の撤退が同時に行われた。
折れた正義の剣と、砕かれた悪の盾。
どちらの勝利とも呼べない、文字通りの痛み分け。
夕暮れの広場に残されたのは、凄絶な激闘の痕跡と、誰にも譲れない想いの欠片。
ドヴァーの目から零れた涙が、意識を失った戦闘員の頬を濡らす。
空はまるでドヴァーの心を映したかのように曇り始め、ぽつりぽつりと雨を降らせ始めていた。




