第3話 「剣」
今日も今日とて、俺は愛するドヴァーさんのため悪の道を突き進んでいた。
ある休日、俺たちMASKは大型ショッピングモールのイベントスペースを占拠した。
「さあ、恐怖しなさい! 我々MASKの支配下となったこの広場は、今や混沌の坩堝なのです!」
ドヴァーさんが鞭を天に掲げ高らかに宣言すると、俺と一般戦闘員がパンダの着ぐるみを着て子供たちとの追いかけっこを開始した。
「恐怖のパンダ軍団によるちびっこパニック大作戦」により、会場には子供たちの悲鳴が響き渡る。
「ちびっこ諸君! このムキムキパンダの恐怖に震え上がるがいい! 笹を食うか、さもなくば……飴ちゃんを食うかだー!」
「キャー! パンダのお兄ちゃーん! もっと飴ちょうだーい!」
俺はノリノリで「ガオーッ!」と子供たちに迫る。
専用スーツの心地よいフィット感により、俺は着ぐるみを着た状態でも疲れることなく、圧倒的に素早くかつ柔軟な動きで子供たちと戯れていた。
よじ登ってくる子や泣き出す子もいれば「ムキムキパンダすげー!」と大喜びで俺の股間にタックルしてくる猛者もいる。
これぐらいの事は、前職の無茶な営業に比べればかわいいものだ。
保護者の方々が笑顔で見守る中、会場は無邪気な悲鳴という混沌に包まれていた。
「そこまでだMASK! 子供たちの夢を壊す悪行、ジャスティースが許さない!」
カラフルな爆発を背に、正義の味方の三人が現れた。
「愛くるしいパンダの姿で飴を大量に配り、子供たちを虫歯にして苦しめようという魂胆!」
「見逃すわけにはいかないわね!」
またしてもブルーに深読みされている気がするが、実際は単なる触れ合い着ぐるみショーだ。
「ふん、また来ましたかジャスティース。戦闘員くん、応戦なさい!」
ドヴァーさんの合図を受け、戦闘が始まった。
「すげー! 本物のジャスティースだー!」
「パンダさん頑張ってー!」
思い思いの小さな声援が飛び交う様子は、もはやヒーローショーの一幕である。
俺はスーツの出力を上げ、着ぐるみのままレッドの前に立ち塞がる。
かつてのストレスは今や「ドヴァーさんのために戦う」という健全なモチベーションへと変換されていた。
「お前、さてはあの時の洗脳された男だな!? この間の借りを返させて貰うぜ!」
レッドが俺を指差して吠える。
どうやら完全に覚えられてしまったらしい、お互いにやる気満々だ。
俺は素手でレッドを迎え撃つ。
スーツが全身をしっかりと保護し、筋肉の動きに合わせて伸縮する。
精神エネルギー変換によって高められた身体能力のおかげで、俺は生身の時以上にレッドの素早い動きに反応出来ていた。
しかし、レッドの剣術はそれ以上に鋭かった。
「はあああっ!」
反撃を許さぬ烈火の如き連撃に、次第に俺は翻弄され始める。
スーツに備え付けられた防護フィールドというバリア機能と、持ち前の鋼の肉体のおかげで、レッドの剣撃を喰らってもなんとか致命傷は避けられている。
しかし塵も積もればなんとやら、徐々に俺の息が乱れていく。
(くっ、流石だ……伊達にリーダーをやってないな!)
負けじと必死に喰らい付こうとするが、素手ではどうしてもリーチの差を埋められず、あと一歩が届かない。
「戦闘員くん、今援護に――」
「待ちなさいドヴァー! あなたの相手は私たちよ!」
ドヴァーさんも、ブルーとイエローに牽制され、身動きを取れずにいた。
俺の方もレッドの猛攻を凌ぐのが精一杯で、ドヴァーさんのフォローに入ることが出来ない。
完全なる防戦一方。
そして、俺の意識がドヴァーさんの方に向いたその一瞬を、レッドは見逃さなかった。
「そこだッ!」
横薙ぎの重い一撃をまともに喰らい、俺は勢いよくドヴァーさんの近くまで吹っ飛ばされてしまう。
「よし、とどめだ! ジャスティース・バスター!!」
三人の武器が合体し、必殺の巨大な光の濁流が放たれる。
俺とドヴァーさんは爆発と共に吹き飛ばされ、夜空の星……ではなく、近くの植え込みに勢いよく叩きつけられた。
……流石のジャスティースも、会場と子供たちに配慮してバスターの威力を抑えたようだ。
「くっ……ジャスティースめ! これで勝ったと思わないでください! 退却です!」
「「ばいばーい、パンダのお兄ちゃーん! また遊ぼうねー!」」
ちびっ子たちの無邪気な声に見送られながら、俺たちはボロボロの状態で逃げ出した。
会場にはジャスティースの勝ち鬨が高らかと響いていた。
拠点に戻った俺は、ドヴァーさんの執務室で深く頭を下げた。
ドヴァーさんを守ると言っておきながら、俺はあまりにも力不足だった。
あれではトレーニング用のサンドバッグ同然だ。
情けなさで胸が詰まっていく。
「俺がレッドを抑えられていれば、あんな負け方はしなかったのに……」
「いいえ、戦闘員くんの奮闘は見ていました。そう気を落とさないで」
いつもなら有難いドヴァーさんのフォローが、今は胸に深々と突き刺さる。
今の俺は間違いなく、叱られて落ち込んだ大型犬のようなしょぼくれた姿をしていた事だろう。
沈んだ表情の俺を心配そうに見つめながら、ドヴァーさんが呟いた。
「確かにあの剣術を相手に素手では分が悪すぎますね。何か対抗手段があれば……」
うんうんと唸りながら、ドヴァーさんは執務室を後にした。
「……というわけで、アジーン。彼に何か、あのレッドの剣に対抗できる装備を開発できないでしょうか」
「ふーん、ドヴァーがそんなにおねだりするなんて珍しいね」
スーツのメンテナンスをしていたアジーンが、手元を見つめたまま答える。
「あんなに落ち込んでる姿を見るのは、私も心苦しくて……」
「愛しの戦闘員くんが不甲斐ないと悔しいもんね」
アジーンが冗談交じりに茶化す。
いつものドヴァーなら「愛しのとか言わないで下さい!」などと顔を赤くしていただろう。
しかし、今日の彼女は真剣だった。
「ふむ……そうだねぇ」
少し考え込んだ後、アジーンはタブレットを操作して、一つの設計図を見つめた。
「ま、ボクに任せなよ。とっておきのがあるんだ」
数日後、執務室にやってきたアジーンは不敵な笑みを浮かべ、一本の黒い柄をテーブルに置いた。
「待たせて悪かったね、やっと完成したよ」
不思議そうな顔で、俺とドヴァーさんはその柄を見つめる。
ただの棒と思うことなかれと、アジーンが仕様書を広げながら説明を始めた。
「これは開発コードE.L.O.S(エナジー・リミッター・オーバー・セクシャル)。通称エロスカリバーだ!」
「ぶふっ……!」
あまりにも直球すぎるネーミングに、俺は思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
「ふふん、いい名前だろう?」とアジーンが自信満々に胸を張る。
「これは君のスーツと同じく、スケベパワーを純粋なプラズマ・エネルギーに変換して刃を精製する究極のデバイス……いや、魔剣とでも言うべきかな」
どこか不穏なものを感じ取ったのか、ドヴァーさんの表情が若干警戒の色に変わった気がする。
だが、そんな俺たちの様子を全く気にせずアジーンが続ける。
「要するに、君が興奮すればするほど刃は長く、そして鋭くなる。最大出力ならあのジャスティース・バスターをも両断できる計算だ」
あくまで理論上ではあるとアジーンは付け加えたが、本当にあれを打ち破れるのならこれ以上頼もしい武器はない。
俺は期待に満ちた目で、エロスカリバーを手に取る。
柄だけだというのに手にしっかりと馴染む感じがする、流石アジーン製だ。
「発動条件は――わかってるよね、戦闘員クン?」
まさか……と、ドヴァーさんの顔に汗が浮かんでいく。
君の出番だよ、と言わんばかりの満面の笑みを浮かべながら、アジーンがぐるりとドヴァーさんの方を向いた。
嫌な予感が的中した事に気付いたドヴァーさんは、身を震わせながら叫んだ。
「や、やっぱり! またそのパターンですか! どうしてまたそんな……え、エッチな仕様を通しちゃうんですか!? 開発担当として、もっとこう……真面目さとかはないんですか!?」
「失礼な、ボクはいつだって真面目だよ?」
ドヴァーさんが顔を真っ赤にして抗議するが、アジーンはマイペースに白衣を翻す。
「勝つために必要な事なんだから、仕方ないだろう? 彼の力を最大限活かすには現状あれしかないんだ。ドヴァーも、戦闘員クンが負ける姿は見たくないよね?」
「うぐっ……それは、そうですけど……そうですけどぉ……!」
俺とアジーンの視線を一身に受けて、ドヴァーさんがたじろぐ。
そうして長い長い葛藤の末に「勝つため」という言葉に負けて、涙目で頷きながらドヴァーさんは承認した。
腹を……いや、胸を括って。
後日、再びMASKの作戦中にジャスティースが現れた。
俺はアジーンから授かったエロスカリバーの柄を握りしめ、隣に立つドヴァーさんに視線を送った。
「ドヴァーさん、お願いします!」
「――っ! わ、わかりました……組織のため、勝利のためですっ! は、早く、しなさい!」
ドヴァーさんは羞恥に震えながらも、その豊かな胸を俺の方へと差し出した。
若干の申し訳なさを感じつつ、俺はドヴァーさんの覚悟に報いるため、グローブ越しにその巨大な果実を優しく包み込むように掴んで揉みしだいた。
「ふあぁっ!? あ、んっ……だめ、戦闘員くん、そんなに激しく……っ!」
「なっ、何やってるのよあんたたちーっ!!」
あまりの光景に場の空気が凍り付く。
「は、破廉恥な! 精神攻撃のつもりか!?」
レッドが叫び、ブルーとイエローも視線を逸らしたり顔を覆って戸惑っていた。
しかし、次の瞬間――目の眩むような凄まじいピンク色の光が柄から噴き出した。
「……ッ!? 待て、あれはなんだ!?」
いち早く変化を察したブルーが声を上げ、それを聞いたレッドとイエローも我に返る。
バチバチッと激しいスパーク音を立てながら、瞬く間にエロスカリバーは鋭い刃を形成していた。
それはまさしく、閃光の剣。
これなら――戦える!
「いくぞ、ジャスティース・レッドッ!!」
戦いの狼煙を上げ、一気にレッドとの間合いを詰めた俺は、光り輝く剣を振り下ろす。
キィィィィン!! バチバチバチィ!!
咄嗟に構えたレッドの剣と俺の剣がぶつかり合い、金属音だけではない雷が走るような轟音が響く。
「くっ! こ、こいつなんて重い剣を……ッ!」
それはおよそ剣技などとは呼べないような、がむしゃらな一撃だった。
しかしスーツによる強化とエロスカリバーの高出力、そして俺自身の純粋な筋力が合わさり、凄まじい破壊力を生んでいた。
リーチの差を克服した俺は、持ち前の運動神経と反射速度を最大限に発揮させ、レッドの剣に喰らい付く。
「いけない! イエロー、一緒にレッドの援護を!」
「フフッ、そうはいきませんよ!」
ブルーとイエローが援護に入ろうとするが、ドヴァーさんの巧みに操る鞭がそれを阻んでいた。
俺の執念とドヴァーさんの覚悟が、これまで苦戦していたレッドを――ジャスティースを、ついに圧倒する。
そして、俺の渾身の一撃がレッドの剣をその手から弾き飛ばした!
「「あのレッドが、剣を落とした!?」」
ブルーとイエローが驚愕の声を上げる。
完全にこちらが流れを掴んでいる、今が最大のチャンスだ。
俺は合図を送り、駆け寄ってきたドヴァーさんを力強く抱き寄せると、エロスカリバーを天に掲げた。
ドヴァーさんへの愛と欲情を全開にし、一気にエネルギーを手元に流し込む。
光刃が、ついに身の丈を超える大剣へと膨れ上がった!
「最大出力だ! 喰らえ、ジャスティースッ!!」
勝利を目前にし、特大の刃を振り下ろそうとした――その瞬間。
ビキッ!!
「……えっ?」
耳を疑うような鈍い破砕音と共にエロスカリバーの刃が霧散し、柄から黒煙が上がった。
俺とドヴァーさんが同時に困惑の声を上げる。
「ええええーっ!? こ、壊れた!? このタイミングで!?」
「嘘っ!? ど、どうして消えちゃったんですか!?」
混乱し思わず取り乱す俺たち、しかしその隙を正義の味方は当然見逃さない。
「理由はわからんが、チャンスだ! ジャスティース・バスター!!」
無慈悲な逆転の砲撃が炸裂し、俺たちは結局いつものようにド派手に吹っ飛ばされてしまった。
「ぐぬぬ、まさかこの局面で故障してしまうなんて……! 覚えていなさい、ジャスティース!」
またしても、勝利は手に入らなかった。
走り去っていく俺の姿を、レッドはじっと見続けていた。
痺れの収まらない手をぐっと握り締め、その瞳に、俺への確かな闘志を燃やしながら。
拠点に戻ると、アジーンが申し訳なさそうに謝りながら壊れたカリバーを回収した。
「……すまないね。戦闘員クンのスケベパワーが、ボクの予測した回路の耐用限界を遥かに超えていたんだ。まさかこれほどの超高出力を生み出すとはね」
アジーンは反省の色を見せつつも、どこか楽しそうに残ったデータを解析している。
カリバーの回路は完全に焼き切れていた。
「君達の熱~い愛で溶けちゃったのかもしれないね」
などと、アジーンがニヤニヤしながら俺達を見つめた。
ドヴァーさんが「もうっ!」と顔を赤くする。
「何にせよ、今回は見通しが甘かったボクの責任だ。もっと高出力に耐えられるよう再設計して、素材から作り直してあげるよ」
アジーンが去った後、俺はガックリと肩を落として廊下のベンチに座り込んだ。
折角ドヴァーさんにあそこまでの覚悟をしてもらったのに、勝利を届けられなかった。
不甲斐なさと申し訳なさで頭がいっぱいになる。
「……かっこいいところ、見せたかったのになぁ」
その時。
ふわりと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「戦闘員くん」
顔を上げると、そこにはマスクを外し、優しく微笑むドヴァーさんの姿があった。
「落ち込まないでください。レッドの剣を弾き飛ばしたあの瞬間……私、見ていました。誰よりも一番近くで」
「ドヴァーさん……」
彼女は少し顔を赤らめ、俺に向き合う。
「とっても、かっこよかったですよ。私のために、あんなに一生懸命戦ってくれて……」
ドヴァーさんは俺の手をそっと握り、真っ直ぐに俺の目を見つめた。
「私、あなたのことを戦闘員として……いいえ、一人の男性として、本当に信頼しています」
その声には、単なる上司から部下への労いではない、温かくて甘い響きが含まれていた。
「次は、絶対に勝ちましょうね! 私の、自慢の戦闘員くん!」
輝くような満面の笑み。
ブラック企業時代には一度も得られなかった、心の底からの「報酬」。
この笑顔が、いつだって俺に力を、何者にも立ち向かえる勇気を与えてくれるのだ。
俺は再び、心臓が爆発しそうなほどのエネルギーが充填されるのを感じた。
「……はい! 次こそは、必ず!」
不甲斐ない負け犬だったはずの俺の心は、今、これ以上ないほどに晴れ渡っていた。




