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止まらない車輪が動くまで  作者: 空雨 素志


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8/12

第八話 消えた記録



圭司と美咲は、自宅のテーブルに美穂の古いノートを広げていた。


美穂が亡くなったあと、圭司が見つけたものだ。


ほとんどは日常のメモだった。


買い物。


仕事。


電話番号。


だが、後半になるにつれて、文字の内容が変わっている。


美咲がページをめくった。


「……これ」


「何だ?」


「この名前」


指で示したのは、


**佐伯直人**


だった。


その横に、小さく書かれている。


――東央精密。


――配達。


――事故。


圭司は眉を寄せた。


「直人……」


「お母さん、直人さんのこと調べてたのかな」


「分からない」


さらにページをめくる。


そこには三つの言葉が並んでいた。


**交換**


**回収**


**八号車**


圭司の手が止まった。


「……八号車」


美咲が父を見る。


「圭司が乗ってたトラック?」


「ああ」


圭司はノートを見つめた。


十五年前、自分が運転していた八号車。


事故のあと、会社では何度も聞かされた。


「運転ミスだった」


「ブレーキ操作が遅れた」


「車両には問題がなかった」


だから圭司は、ずっとそう思ってきた。


自分のせいだった。


だが――


美穂は違うと思っていた。


「お母さん……」


美咲がページを指差した。


その下に、もう一行あった。


**「直人くんも、何か知っている。」**


圭司は息を止めた。


「直人が……?」


「うん」


「でも、直人は事故で死んだ」


「その事故も、お母さんは調べてたのかもしれない」


圭司はノートを閉じた。



「上野さんに連絡する」


その瞬間だった。


スマートフォンが鳴った。


上野からだった。


     *


「野上さん」


電話の向こうから上野の声が聞こえた。


「東央精密の古い資料を調べました」


「何か出たんですか?」


「出ました」


一拍。


「八号車の記録です」


圭司の表情が変わった。


「……何の記録です?」


「ブレーキ部品の交換記録です」


美咲が顔を上げた。


「交換……?」


上野は続けた。


「十五年前、東央精密から大手ディーラーへ、ブレーキ部品が出荷された記録があります」


「それが八号車と関係してるんですか?」


「記録上は、そうなっています」


圭司の胸が締めつけられる。


「交換されたんですか?」


「そこがおかしいんです」


上野の声が低くなった。


「交換予定の記録はある。しかし、実際に交換したという完了記録が見当たらない」


「……つまり?」


「交換する予定だった。でも、本当に交換されたかどうかが分からない」


圭司は黙った。


「その車両は?」


「8号車です」


部屋の空気が止まった。


美咲が圭司を見る。


圭司は何も言えなかった。


     *


上野は資料をめくった。


「もう一つ、気になる事があります」


「何です?」


「佐伯直人さんです」


圭司の目が鋭くなる。


「直人?」


「はい」


「何か分かったんですか?」


「直人さんの事故があった当日、東央精密から大手ディーラーへの緊急配送記録があります」


圭司は黙って聞いた。


「その日は、佐伯さんは本来休みだったようです」


「……休み?」


「はい」


「なのに?」


「東央精密から急な仕事が入って、佐伯さんが出勤した」


上野が一枚の記録を確認する。


「荷物はブレーキ部品」


美咲が小さく息を飲んだ。


「ブレーキ……」


「配送先は?」


圭司が聞いた。


「大手ディーラーです」


圭司は椅子から立ち上がった。


「直人は、その部品を運んでいた?」


「そのようです」


「それで事故に……」


「はい」


電話の向こうで、上野がしばらく黙った。


「野上さん」


「はい」


「偶然にしては、重なりすぎています」


圭司は答えなかった。


十五年前。


8号車。


ブレーキ部品。


そして直人。


同じ東央精密。


同じ大手ディーラー。


何かがつながっている。


     *


電話が終わった。


美咲が言った。


「圭司」


「ああ」


「直人さんって……十五年前の事故のことを知ってたんじゃない?」


圭司は美穂のノートを見た。


そこには、


**「直人くんも、何か知っている。」**


と書かれている。


「だから、お母さんは調べてた」


「うん」


「直人が何を知っていたのか」


「そして……」


美咲が続けた。


「直人さんが、どうして休みの日に急にブレーキ部品を運ぶことになったのか」


圭司は頷いた。


「そこだ」


そのとき、圭司のスマートフォンが再び鳴った。


今度は牧田だった。


「もしもし」


『圭司か』


「牧田。ちょうど聞きたいことがある」


『……何だ?』


「直人の事故のことだ」


電話の向こうが静かになった。


「直人は、あの日、本当は休みだったんだろ?」


『……ああ』


「それなのに東央精密から急な仕事が入った」


『そうだ』


「ブレーキ部品を、大手ディーラーまで運んだ」


また沈黙。


圭司は眉を寄せた。


「牧田?」


しばらくして、牧田が低い声で言った。


『……俺も調べてる』


「何を?」


『うちの会社だ』


圭司は言葉を失った。


「どうして……」


『……あの事故には、会社の人間が関わってる』


圭司の表情が変わった。


「誰だ?」


『まだ確証がない』


「誰なんだよ」


長い沈黙。


『営業部の黒田』


圭司の記憶に、昔の顔が浮かんだ。


当時、営業部にいた男。


黒田。


牧田と同じ部署だ。


『それと……当時の専務だ』


「専務?」


『ああ』


「何をした?」


牧田はすぐには答えなかった。


『……金が動いてる』


「金?」


『大手ディーラーから、うちの会社に』


圭司は息を呑んだ。


『事故のあとだ』


「何のために?」


『それを調べてる』


「だったら警察に――」


『証拠がない』


牧田の声が重くなる。


『それに、もし本当なら……』


「……何だ?」


『お前が実刑を食らわなかった理由にも、関係してるかもしれない』


圭司は何も言えなかった。


事故当時、自分は過失致死罪で裁かれた。


だが、実刑にはならなかった。


会社は自分を守ってくれたと思っていた。


少なくとも、そう信じていた。


しかし――


違ったのか。


『圭司』


「……何だ?」


『俺が今調べてることは、美穂にも全部は話してない』


「なぜ?」


『巻き込みたくなかった』


「だったら、なぜ俺にも言わなかった?」


牧田は黙った。


そして、


『いえるわけないだろ・・・』


その言葉を最後に、電話は切れた。


圭司はスマートフォンを下ろした。


     *


同じ頃。


上野は調べた情報を机に並べていた。


一枚の古い記録。


そこには、


**8号車**


そして、


**ブレーキ部品交換予定**


と書かれている。


その下。


交換完了の記録はない。


上野は別の資料を開いた。


大手ディーラーとの取引記録。


そこには、


**「対象車両については個別対応」**


という記述がある。


さらに、


**「外部への公表は不要」**


という文字。


上野は眉をひそめた。


「……リコールじゃないのか?」


その横にある資料には、さらに不自然な記録があった。


事故後。


大手ディーラーから、圭司の会社へ支払われた多額の金。


名目は、


**「特別業務協力費」**


上野は数字を見つめた。


「こんな金額……」


さらに下には、承認者の名前。


当時の専務取締役。


そして営業部。


**黒田。**


上野は椅子に座り直した。


十五年前の事故。


8号車。


ブレーキの欠陥。


回収に間に合わなかった車両。


そして事故後に動いた金。


「……一体、誰が何を隠した?」


上野は資料を閉じた。


     *


夜。


圭司は一人、古いノートを開いていた。


美穂の文字。


八号車。


交換。


回収。


直人。


そして――牧田。


圭司は目を閉じた。


十五年前。


自分は事故を起こした。


そう思っていた。


会社もそう言った。


警察も、裁判も、その前提で進んだ。


だが。


もし、その裏で金が動いていたとしたら。


もし、自分を守ったと思っていた会社が――


実は何かを隠すために自分を利用していたとしたら。


圭司はゆっくり目を開けた。


「……牧田」


あいつは何を知っている。


そして、なぜ今になって自分の会社を調べている。


その答えを知るためには――


牧田が隠している正体を突き止めるしかなかった。


十五年間消えていた記録。


事故後に動いた金。


そして、直人が最後に運んでいたブレーキ部品。


すべてが、同じ場所を指し始めていた。





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