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止まらない車輪が動くまで  作者: 空雨 素志


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第七話 あの日の記憶



朝の営業所。


まだ人の少ない事務所の奥で、圭司は牧田と向かい合っていた。


昨日、上野から聞いた話が頭から離れない。


東央精密。


十五年前の事故。


そして、直人。


「牧田」


圭司が口を開いた。


「美穂が東央精密で働いてたって……本当なのか?」


牧田はすぐには答えなかった。


机の上に置かれた缶コーヒーを手に取り、一口飲む。


「……ああ」


「いつからだ?」


「事故のあとだ」


圭司の表情が変わった。


「俺の事故のあと?」


「正確には、お前たちが離婚してからだ」


牧田は椅子に深く座った。


「美穂から、仕事を紹介してほしいって頼まれたんだ」


「東央精密を?」


「あそこはうちの会社とも取引があったからな。俺が紹介した」


「何の仕事だった?」


「最初はパートだ。たいした仕事じゃない。書類の整理とか、簡単な事務作業とか……」


圭司は黙って牧田を見る。


「お前……知ってたのか?」


「何を?」


「美穂が、俺の事故を調べてたことだよ」


牧田の目が一瞬だけ動いた。


その小さな変化を、圭司は見逃さなかった。


「……それもあったと思う」


「思う?」


「美穂は、全部を俺に話してたわけじゃない」


「じゃあ、何を知ってる?」


牧田は答えなかった。


沈黙が長くなる。


やがて牧田は、小さく息を吐いた。


「俺は、お前が・・・」


 そう何かを言おうとしたが牧田は止めた


圭司の眉が動いた。


「……何?言えよ」


「言えないことだってある」


「美穂が死んだんだぞ」


声が大きくなった。


牧田は圭司から目をそらさなかった。


「分かってる」


「だったら――」


「俺が美穂を殺したと思ってるのか?」


圭司は答えなかった。


牧田は苦笑した。


「そう思われても仕方ないな」


「じゃあ、何だ?」


「それは……」


牧田は立ち上がった。


「ただ、一つだけ言っておく」


「何だ?」


「美穂が東央精密にいたのは、お前を傷つけるためじゃない」


それだけ言うと、牧田は事務所の奥へ歩いていった。


圭司はその背中を見つめた。


牧田が何かを隠している。


それだけは、はっきりした。


だが、それが美穂を殺した理由なのか。


それとも――


美穂を守るための嘘なのか。


まだ分からなかった。


     *


夕方。


圭司が家に戻ると、美咲がリビングでノートパソコンを開いていた。


「おかえり、圭司」


「ああ」


圭司は靴を脱ぎながら、美咲を見る。


「ちょっと話がある」


「何?」


「お母さんのことだ」


美咲の手が止まった。


圭司は少し迷ったあと、牧田から聞いたことを話した。


牧田がその仕事を紹介したこと。


そして、牧田が何かを隠していること。


美咲は黙って聞いていた。


「私が物心つく頃には東央精密で働いていた。」


美咲は画面を閉じた。


「でも……一つだけ、気になることがある」


「何だ?」


「私、昔、お母さんの会社で誰かに会ったことがある気がする」


圭司の顔が変わった。


「誰に?」


「分からない」


「牧田か?」


「……」


美咲は目を閉じた。


遠い記憶を探すように。


「背が高かった」


「男?」


「うん」


「顔は?」


「覚えてない」


美咲は少し笑った。


「子供の頃の記憶だから」


そして、ぽつりと言った。


「……圭司だと思ってた」


 圭司の胸がざわついた


「俺か?」


「でも……」


美咲は首を横に振った。


「分からない」


「何で?」


「声が似てた気がする。でも、牧田さんかもしれないし……」


そこで美咲は言葉を止めた。


「佐伯さんかもしれない」


圭司は黙った。


直人。


東央精密に出入りしていた、同じ会社の後輩。


そして、半年前に事故で死んだ。


「直人か……?」


「分からないよ」


美咲は首を振った。


「ただ、あの人も出入りしてたんでしょ?」


「ああ」


「だったら、可能性はある」


圭司は窓の外を見た。


夕暮れの道路を、トラックが一台通り過ぎていく。


十五年前。


八号車。


あの事故以来、自分はずっと「あの日」を忘れようとしてきた。


だが今、その記憶の奥から何かが引きずり出されようとしている。


東央精密。


美穂。


牧田。


直人。


そして、八号車。


すべてが偶然とは思えなかった。


     *


その夜。


上野は一人、東央精密の資料を調べていた。


倒産した会社の資料は、すでに整理が終わっている。


古い従業員名簿。


取引先との記録。


部品の出荷記録。


その中に、上野は一枚の古い書類を見つけた。


日付は十五年前。


取引先――大手ディーラー。


品名――ブレーキ部品。


そして、備考欄。


上野の目が止まった。


そこには、


**「車両番号8」**


と記されていた。


「……八号車?」


上野は書類をめくった。


その直後、別の記録が出てきた。


そこにも、


**「交換」**


という文字がある。


だが、その先にあるはずの交換完了の記録がない。


「おかしいな……」


上野は書類を机に並べた。


十五年前。


8号車。


ブレーキ部品。


交換。


そして――記録の空白。


さらに資料の中には、美穂の名前があった。


東央精密・臨時従業員。


紹介者――


**牧田吾郎。**


上野はしばらくその名前を見つめた。



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