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止まらない車輪が動くまで  作者: 空雨 素志


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第五話 15年前、八号車


 美穂が亡くなってから、一週間。


 圭司は、少しずつ美穂の過去を調べ始めていた。


 美穂は、何を言いたかったのか?


 美穂が何をしていたのか。


 誰と会っていたのか。


 そして――


 なぜ十五年前の事故を、今になって調べていたのか。


「おじさん」


 美咲が、テーブルの向かいに座った。


「何だ?しかしおじさんはやめろよ。」


「じゃぁ、お父さん?」


「んーー」


少し考えた後、圭司は口を開いた。


「圭司でいいよ」


「分かった、圭司。」


「で、なんだ?」


「お母さんが昔働いてたところ、調べてみない?」


「仕事?」


「うん」


 美咲はスマートフォンを見せた。


「お母さん、昔スナックで働いてたんでしょ?」


「ああ」


「だったら、その店に行けば何か分かるかもしれないし、生まれる前のことも知りたい」


 圭司は少し考えた。


「もう店はないぞ」


「でも、昔の知り合いはいるかも」


「……そうだな」


 美咲はスマートフォンを操作する。


「お母さんが昔住んでた場所とか、働いてた店とか。少しずつ調べてみよう」


「お前、勉強は?」


「ちゃんとやってる」


「本当か?」


「本当」


「……怪しいな」


「圭司よりは信用できると思うけど」


「なんで俺と比較するんだよ」


 美咲が少し笑った。


 その笑顔を見て、圭司は一瞬だけ美穂を思い出した。


 笑い方が似ている。


 そう思った。


     *


 二人がたどり着いたのは、美穂が昔働いていた店を知る女性だった。


 名前は佐藤京子。


 美穂より少し年上で、当時は同じ店で働いていたという。


「美穂ちゃんの娘さん?」


 京子は美咲を見て驚いた。


「はい」


「……そっくりね」


 圭司は何も言わなかった。


 京子は少し寂しそうに笑った。


「美穂ちゃん、元気だった?」


「母は……亡くなりました」


「……そう」


 京子の表情が曇った。


「そうだったのね」


 しばらく、美穂の昔話をした。


 仕事のこと。


 離婚したこと。


 当時の生活。


 そして――


「辞める前、美穂ちゃん、ちょっと変だったのよ」


 圭司が顔を上げた。


「変?」


「何か考え込んでることが多かった」


「何を?」


「それは分からない」


 京子は少し考えた。


「でも、一度だけ妙なことがあった」


「何ですか?」


 美咲が聞いた。


「お客さんの話を、ものすごく真剣に聞いてたの」


「どんな話です?」


「車の話だったと思う」


 圭司の表情が変わる。


「車?」


「ええ」


 京子は記憶をたどる。


「確か……八号車、とか言ってたような」


「……八号車?」


 圭司の声が低くなった。


「うん」


 京子は頷いた。


「でも、そのときは私も意味が分からなかった」


「誰が言ってたんです?」


「そこまでは覚えてないわ」


 京子は首を振った。


「ただ、美穂ちゃんがその言葉を聞いてから、急に黙ったのは覚えてる」


「他には?」


「数か月後だったかな」


 京子は続けた。


「同じお客さんが来たの」


「同じ人?」


「たぶんね」


「何を話してたんですか?」


「今度は、美穂ちゃんが聞いてた」


 京子は少し考えてから言った。


「『八号車の回収に間に合わなかった』って」


 圭司の顔が固まった。


 美咲も黙っている。


 八号車。


 回収。


 間に合わなかった。


 それは、十五年前の事故と同じ車だった。


「……」


 美咲が圭司を見る。


「ああ」


 圭司は答えられなかった。


 自分が運転していた八号車のことか?。


 その車を、誰かが回収しようとしていた。


 そんな話を、今まで一度も聞いたことがない。


「母は、その話を聞いて何か言ってましたか?」


 美咲が聞いた。


 京子は首を振った。


「何も」


 そして、少しだけ考えた。


「ただ、そのあと美穂ちゃんが誰かに電話してた」


「誰に?」


「そこまでは覚えてない」


 京子は申し訳なさそうに笑った。


「ごめんなさい。もう十五年も前だから」


「いえ」


 圭司は立ち上がった。


「ありがとうございました」


     *


 同じ頃。


 刑事の上野は、事件当日の美穂の足取りを追っていた。


 だが、何も見つからず目撃情報もなかった。


 ただ郵便局のカメラに美穂が入っていく姿をとらえていた。


 「野上さんが持ってた封筒がそうだろう」


 そう思った。


 以前、美穂が働いていた


 **東央精密株式会社。**


 倒産した会社の関係者に会う


 「野上美穂さんと親しかった人物とか知らないですか?」


 上野は手帳を広げ問う


 「美穂さんは明るくて誰とでも仲良くできる人だったから特に親しいという人は・・・そうそう、うちに配送に来てた佐伯さんの弟さん直人君と仲良かった気がします。」


 **佐伯直人。**



 直人は東央精密への配送で、何度も出入りしていた。


 そして、美穂とも親しくしていた。


 ただし、男女の関係を示すものはない。


 仕事先で顔を合わせるうちに、姉と弟のように親しくなっていた関係か。


 直人は、東央精密が倒産する少し前に事故で死亡していることも分かった。


「……事故死」


 上野は眉を細める。


 「因みに、野上美穂さんは、いつから働いていたのでしょうか?」


 「十四、五年前かな、紹介で最初は臨時社員だったかな、その後直ぐに正社員になったけど」


 「何かその時の資料などありますか?」


 「会社の倉庫に行けばあるかもしれません」


 「持って行っても」


 「いや、もう要らないので大丈夫ですよ」


 「ありがとうございます。」



 一人の女性。


 一人の若い配送員。


 倒産した会社。


 十五年前の圭司の事故の後くらいに入社

 


 すべてが少しずつ重なっている。


 しかし、まだ分からない。


 直人と美穂の関係。


 そして――


 直人の死は、本当にただの事故だったのか。


     *


 その頃、圭司と美咲は帰り道を歩いていた。


「圭司」


「ん?」


「佐伯直人って人、知ってる?」


 圭司が足を止めた。


「……何でその名前を?」


「少し前にお母さんがよく話してた人がいて調べてたら名前が出てきた」


 美咲はスマートフォンを見せた。



「佐伯直人……」


 圭司は記憶を探った。


 そして、思い出した。


「知ってる」


「本当?」


「ああ。俺と牧田の会社の後輩だ」


「どんな人?」


「真面目な奴だった」


 圭司は少し黙った。


「事故のことも知ってる」


「十五年前の?」


「ああ」


 圭司が美咲を見る。


「その人、お母さんと親しかったのか?」


「多分」


「……そうなのか?」


 圭司は驚いていた。


「でも、俺が知ってる直人には、彼女がいたはずだけど・・・」


「彼女?」


「いや……」


 圭司は言葉を濁した。


 まだ何も分かっていない。


 直人の彼女は美穂だったのか?


 そういえば直人の事故は東央精密の配達中の事故だった


 あれはただの事故ではないのか?



 その夜。


 圭司は自宅のテーブルに置かれた封筒を見た。


 美穂が最後に残した封筒。


 まだ開けてない。


 美穂が残した答えは、そこにあるのかもしれない。


 それでも、圭司は封を切らなかった。


 まだ開けてはいけない。


 そう思った。


 この封筒の存在を知っているのは――


 他にいるのか?


 美穂が最後に残したもの


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