第十話 十五年前の真実
翌日。
圭司と美咲は、直人の母親から聞いた病院を訪れていた。
直人の兄――佐伯和也。
東央精密の元・品質管理担当。
現在は入院中。
病室の前で、美咲が小声で言う。
「何を聞けばいいかな」
「無理に聞く必要はない」
「でも、直人くんが心配してた人でしょ」
圭司は頷く。
「まずは直人が何を気にしてたのか。それだけ聞こう」
二人は病室に入る。
ベッドには、痩せた男が横になっていた。
「佐伯さんですか?」
男がゆっくり顔を上げる。
「……誰です?」
「野上圭司です。弟さんのことで少し……」
その名前を聞いた瞬間、男の表情が変わった。
「直人の……」
「はい」
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圭司は慎重に尋ねる。
「直人は、何を調べていたんでしょうか?」
兄はしばらく黙っていた。
「……あいつは、私を心配していたんです」
「何かあったんですか?」
「東央精密にいた頃のことです」
男は天井を見る。
「私は品質管理でした」
「ブレーキ部品も?」
「……扱っていました」
美咲が聞く。
「直人くんは、何を知りたがっていたんですか?」
兄は答える。
「十五年前の事故です」
圭司の表情が変わる。
「8号車の事故?」
兄は頷く。
「直人は、私が何か知っていると思っていた」
「実際には?」
「……知っていました」
圭司は息を呑む。
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「当時、東央精密ではブレーキ部品に問題が出ていました」
兄はゆっくり話す。
「製造した部品の一部に、不具合の可能性があった」
「それを会社は知っていた?」
「はい」
美咲が聞く。
「どう対応したんですか?」
「ディーラーは全車両を止めるような大きな発表はしませんでした」
兄は目を伏せる。
「対象になった車両を、一台ずつ回収して交換する」
「個別対応?」
「そうです」
圭司の声が低くなる。
「8号車も?」
兄は答えない。
その沈黙だけで、圭司には分かった。
「……対象だったんですね」
「記憶では、そうです」
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圭司は聞く。
「じゃあ、なぜ俺の8号車は回収されなかった?」
兄は目を閉じる。
「そこが……私にも分からない」
「分からない?」
「回収対象になった車両は、管理表に記録されていました」
「8号車も?」
「はい」
「なのに事故が起きた」
「そうです」
病室に沈黙が落ちる。
美咲が聞く。
「交換されたかどうかは?」
「通常なら、交換完了の記録が残ります」
「8号車には?」
兄は首を横に振る。
「私が知っている限りでは……確認できませんでした」
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圭司は直人のことを聞く。
「直人は、なぜそこまで調べていたんですか?」
兄は苦しそうに笑う。
「私は入院後、昔の事故のことを思い出すようになりました。あの日の事を今も後悔しています。」
「何を?」
「自分がもっと早く声を上げていれば、あの事故は防げたんじゃないかと」
圭司は黙る。
「直人はそれを知っていた」
「だから兄さんを調べていた?」
「はい」
兄は頷く。
「自分の兄が何か悪いことをしてたんじゃないかと思っていたんでしょう」
美咲が静かに言う。
「直人くんはお母さんに言われて調べてたんじゃない」
「……そうです」
兄は答える。
「直人は、私自身を心配していたんです」
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圭司は美穂の名前を出す。
「直人は、美穂さんに何か話していましたか?」
兄は考える。
「その名前は聞いたことがあります」
圭司が顔を上げる。
「どうして?」
「直人が、事故のことを誰かに話したと言っていました」
「美穂ですか?」
「たぶん……」
兄は首を傾げる。
「直人は知っていたのかもしれません。事故の真相を」
圭司は頷く。
「それを美穂に話した」
ここで初めて、
美穂が直人の調査を利用したのではなく、
**直人自身の調査をきっかけに、再び15年前の事故に向き合った**
ということがはっきりする。
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一方、牧田は自分の会社で古い経理資料を追っていた。
事故の直後。
大手ディーラーから会社へ入った金。
名目は、
**特別業務協力費。**
牧田は支払い承認欄を見る。
**当時の専務取締役。**
そして処理担当。
**営業部・黒田。**
牧田は黒田のところへ向かう。
「黒田さん」
「何だ?」
「十五年前の8号車事故」
黒田の顔が固まる。
「まだ調べてるのか」
「調べる理由がある」
牧田は資料を置く。
「事故の直後、大手ディーラーから会社に金が入ってる」
「昔のことだ」
「何の金ですか?」
黒田は答えない。
「特別業務協力費って、何です?」
「会社の取引だ」
「事故と関係ない?」
黒田は黙る。
牧田はその反応を見る。
「……関係あるんですね」
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黒田は低い声で言う。
「当時は会社を守る必要があった」
牧田の表情が変わる。
「何から?」
「取引先からだ」
「それだけですか?」
「悪い話でなかった。会社にはお金がなかった、ディーラーが金を出す、それから取引先の面倒も見るその代わりに会社が責任を負ってくれと・・・」
牧田は拳を握る。
「だから圭司に?」
黒田は答えない。
「運転者の過失として処理した」
沈黙。
「……そういうことですか」
黒田は視線を逸らす。
「事故原因について、会社とディーラーの間で話が決まった」
牧田は資料を見る。
「8号車のブレーキについても?」
黒田はしばらく黙る。
そして、
「俺は現場の人間じゃない」
とだけ言った。
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夕方。
圭司と美咲は病院を出る。
圭司は無言だった。
美咲が言う。
「圭司」
「ん?」
「直人くんは、本当にお兄さんのことを心配してたんだね」
「ああ」
「お母さんのためじゃなかった」
「そうだな」
圭司は歩きながら言う。
「でも、その調査が母さんにつながった」
「そして、お母さんが昔の事故を調べ直した」
「ああ」
美咲は少し考える。
「偶然が重なったのかな」
圭司は答えない。
15年前の事故。
直人の兄。
東央精密。
大手ディーラー。
美穂。
すべてが少しずつつながっていく。
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夜。
圭司は資料を並べる。
美咲も隣に座る。
「整理しよう」
圭司が言う。
「15年前、ブレーキ部品に問題があった」
美咲が続ける。
「東央精密が部品を作っていた」
「大手ディーラーは不具合を把握していた」
「対象車両を個別に回収する予定だった」
「8号車も対象だった」
美咲が言う。
「でも、交換された記録がない」
圭司は頷く。
「その後、8号車で事故が起きた」
「そして事故の責任は、圭司に」
圭司は黙る。
美咲が続ける。
「事故の後、大手ディーラーから圭司の会社にお金が入った」
「当時の専務と黒田が処理した」
二人は顔を見合わせる。
「……これ、偶然じゃないよね」
圭司は答えない。
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その時、圭司の携帯が鳴る。
上野だった。
「野上さん」
「はい」
「かなり見えてきました」
「8号車は?」
「交換対象だったことは確認できています」
圭司は聞く。
「じゃあ、なぜ交換されなかったんです?」
「そこが分かりません」
「記録は?」
「交換完了の記録は確認できません」
圭司は黙る。
「上野さん」
「はい」
「誰かが消したんじゃないですか?」
電話の向こうで、上野が少し黙る。
「可能性はあります」
「でも証拠がない」
「そういうことです」
電話が切れる。
美咲が言う。
「あと一つ足りない」
「ああ」
圭司は答える。
「誰が、どうやって8号車を回収対象から外したのか」
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深夜。
牧田は会社の資料室にいる。
一人で古いファイルをめくる。
その中に、
**「事故対応関係」**
というファイル。
しかし、重要なページが抜けている。
牧田は呟く。
「……誰かが抜いた」
その時、机の端に置かれた封筒が目に入る。
昨日届いたやつだ忘れていた、
**野上美穂からの封筒。**
牧田は手を伸ばす。
封筒を裏返す。
牧田の手が止まる。
「美穂……」
封筒を見つめる。
そして――
開ける。
中から、一枚の古い書類が出てくる。
牧田の目が見開かれる。
牧田は震える声で呟く。
「……これを、どこで?」
そこには・・




