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第六章 生き返った子供

九歳の病人と、その母親を捜す。


簡単な仕事だと思った。


王宮の洗濯係は八十六人。


サラという名は三人。


九歳の息子がいるのは、一人。


サラ・リードは二日続けて仕事を休み、共同宿舎にも病院にもいなかった。


旧洗濯小屋へ食べ物を運ぶ姿を見た者がいた。


そこまで、半刻もかからなかった。


僕とリゼが小屋へ着いた時、裏口は開いていた。


麦粥の器が三つ。


一つには、匙で何度も掻いた跡がある。


「まだ温かい」


リゼが器の底へ触れた。


裏庭の土には、大人と子供の足跡が残っている。


低い塀を越えると、市場だった。


延期された戴冠式の花、酒、肉、金の布が通りを狭くしていた。


王女が死んだことを知らない商人たちは、日取りのない祝いを値上げして売っている。


「いた」


リゼが人混みを指した。


茶色い服の女が、大きすぎる服を着た子供の手を引いている。


袖は指先まで垂れていた。


「サラ!」


女の肩が上がった。


走り出す。


僕たちも走った。


花籠を避け、酒樽を回り、肉屋の犬に吠えられた。


リゼは薬箱を持ったまま僕より速い。


子供は遅かった。


「お母さん、待って」


「もう少し」


「どこまで?」


返事はなかった。


通りへ、花を積んだ荷馬車が入ってきた。


人が左右へ割れる。


子供の足がもつれ、サラの手から抜けた。


馬車の前へ転ぶ。


僕は袖をつかんだ。


引いた勢いで、二人とも石畳へ倒れた。


車輪が靴先をかすめ、白い花が一輪、僕の胸へ落ちた。


「大丈夫?」


子供が僕へ聞いた。


「あなたは」


「お尻が痛い」


「歩けますか」


「お尻で歩かないよ」


起き上がるため、左手をついた。


水路で手袋を失くしている。


黒い輪が見えた。


子供は僕の手首を見て、自分の長い袖を引いた。


そこにも、途切れない黒い輪があった。


「おそろい」


「そうですね」


「これ、洗っても消えなかった」


「僕は七年洗っています」


「石鹸は?」


「使っています」


「じゃあ、だめか」


サラが駆け戻り、子供を抱き寄せた。


「触らないで」


「馬車に轢かれるところでした」


「追うからでしょう!」


リゼが膝をつく。


「トマ。背中を診せて」


「王宮へ連れていくんでしょう」


「ここで診る。走らせた肺だけ」


サラが子供を抱く腕を緩めないので、リゼはその隙間へ手を差し込んだ。


「鼻から吸って」


トマが一度、深く息を吸う。


咳が二つ出た。


「肺の濁りはない。病気は消えてる。寝たきりの脚で走ったから苦しいの」


「また死ぬ?」


「走るのをやめれば、今は死なない」


「死んだら、また戻れる?」


リゼが僕を見た。


「戻れません」


僕が言った。


「黒い輪がある人は、一度だけです」


トマは自分の輪を指で擦った。


市場の客が足を止めていた。


「復生した子だ」


誰かが言う。


「痕を見せてくれ」


「誰が代わりになった?」


人垣が狭くなる。


伸びた手を、サラが叩いた。


「触らないで!」


トマの顔から、さっきの笑いが消えた。


「王宮近衛隊だ。道を開けろ」


低い声で、人が左右へ退いた。


ガレスが六人の兵を連れていた。


昨日より十人少ない。


リゼが一度だけ頷いた。


ガレスはトマの前へ膝をつき、黒い輪と呼吸を見た。


「王宮へ連れていく」


「嫌です」


「逮捕はしない。リゼの診療室までだ。兵は外に置く」


サラは動かなかった。


「パン、ある?」


トマがリゼに聞いた。


「たぶん」


「なかったら?」


「ノアに買わせる」


「なぜ僕が」


「今、白い花までつけて一番暇そうだから」


胸へ落ちた花が、まだ白衣に引っかかっていた。


トマが少し笑う。


サラはそれを見て、ようやく立った。


    ※ ※ ※


診療室で、トマは固いパンを二つ食べた。


サラは隣から何度も袖を引き下ろした。


黒い輪は全員が見ている。


それでも、手だけが同じ動きを続けた。


「話したら、この子をどうしますか」


サラが聞いた。


「病院の保護室へ移します」


「牢屋?」


「窓は開きます。扉には僕とリゼの封を重ねます。開けた者の名が残ります」


「王女様の命を返せとは」


「言いません。返す術がありません」


サラは、そこで初めて背もたれへ触れた。


トマがパンを置く。


「ぼく、誰かを殺したの?」


「あなたは死んでたの」


サラが言った。


「じゃあ、お母さん?」


「私が、鐘の前へ運んだ」


声が小さくなった。


「鐘を鳴らしたのは、大神官様」


トマの袖口から、赤い糸が出ていた。


「それを見せてください」


サラがほどき、僕の掌へ置く。


地下で見つけた短い糸と並べた。


二つの焼け端が、一本の焦げ跡になった。


「三か月前、王女様が作った札です」


サラは糸を見たまま話した。


「トマも私も止めました。王女様は、間に合わない時だけだと言った」


「五日前にも来ていますね」


「私は洗濯場でした」


「何を話したか、聞きましたか」


サラの指が、トマの袖をまた引いた。


「看護係は、言い争っていたとだけ。トマが大声を出して、王女様は梨を置いたまま帰ったって。私が戻った時には寝ていて」


「その話を、大神官へは」


「しました」


「何と答えましたか」


「子供の機嫌より、札を信じろと」


トマが首を傾げる。


「ぼく、何て言ったの?」


「分からない」


「ぼくなのに?」


死の五日前は、失われた七日の中にある。


「僕も、自分が死んだ日のことを知りません」


口から出ていた。


トマが僕を見る。


「僕は十八歳で橋から落ちました。姉が代わりに死んで、僕は戻った。命札を作った日も、落ちた日も覚えていません」


「怖い?」


「はい」


「七年も?」


「七年も」


トマは黒い輪を二つ見比べた。


「そっちも、おそろい」


廊下で兵の靴が動いた。


ガレスの低い声。


扉が開き、ラウル国王とオルド大神官が入ってきた。


トマだけが、パンを持ったまま座っている。


僕は入口へ立った。


「オルド大神官。サラ・リードは、あなたが昨夜、地下堂の鐘を鳴らしたと証言しました」


オルドはサラを見なかった。


「悲嘆の中にある方の言葉です」


「嘘じゃありません」


サラが立つ。


「トマを運べと言ったのも、この人です」


「ここから出ないでください」


僕が言うと、国王が片手を上げた。


「大神官の拘束には三法官の共同令が要る。おまえに渡した捜査令は、神殿の長を捕らえる令状ではない」


「では、三人へ今の証言を送ります」


「好きにしろ」


オルドの右手は、法衣の中にあった。


国王は子供を見るなり言った。


「肺は治ったのか」


リゼの指が、薬瓶の上で止まった。


僕たちはまだ、見つけた子供の名も病気も報告していない。


「おじさん、ぼくの肺を知ってるの?」


国王は、トマを見た。


「王女が見舞っていた患者だと聞いた」


「名前は?」


「何だ」


「ぼくの名前」


国王は答えなかった。


僕は記録板を開いた。


国王が子供の名を尋ねるより先に、肺、と書いた。


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