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第十七章 生き返りたくない

王は、自分の命を差し出した。


鐘の前に立ったのは、エリク・ヴェルだった。


第七日の午後零時十八分。


ガレスの白磁が割れた石床へ、ラウル国王の命札が置かれる。


表にエステル。


裏にラウル。


前日の作成時刻、書記官、審査官、血の証人。


欠けはない。


「始めろ」


国王が言った。


エリクは白磁を一枚ずつ調べた。


血印も、署名も、赤糸も真正だった。


最後に、エステルの青い掌を見る。


「執行資格を停止されています」


「命令したオルドは罪人だ」


「大神官の印は、まだ有効です」


「国王命令だ」


エリクの親指が、記録紙の角を潰した。


「四十二件を止めた時も、王女殿下の命令とハーグ復生官の印がありました」


広場の端で、ダン・モルドが石を一つ持っていた。


投げずに、握っている。


「あの時は、添付がありませんでした」


エリクは記録紙を伸ばした。


折り目は消えない。


「今は、拒否書が添付されています」


命札を国王へ返す。


「執行しません」


復生官の肩帯を外し、鐘の足元へ置いた。


「ほかの者を」


「王家の命札を扱える者は、全員停止中です」


オルド大神官が、柱へつながれたまま言った。


「では、私が鳴らす」


国王が縄へ向かう。


三人の法官が前へ出た。


中央の法官は、青い封書の正式拒否書を持っている。


「王族殺害の物証は、第五日に原本照合済みです」


「被告に触れさせるな」


国王が近衛隊長へ命じた。


隊長は、オルドの胸から下がる三法官の護送札を見た。


「公開手続が終わるまで、身柄は法官預かりです」


ユリウスが法官の時限書へ署名した。


次に、オルドの縄が手首だけ解かれる。


彼は左手で署名した。


三つの法官印が、その下へ並んだ。


王女エステル・セレスの遺体。


王家三一七、および同じ受命人へ作成された命札。


公開復生堂の鐘。


三つへの王命を、本日の日没まで差し止める。


中央法官が国王から命札を受け取り、黒い箱へ戻した。


法官たちは白い保全紐を、石台と黒い箱へ結んだ。


鐘柱には、祭具係が三つの鉄錠を掛ける。


鐘の舌を引く軸と縄車が、黒い枠の中で固定された。


三人の法官が一本ずつ鍵を回し、その鍵を別々の上着へ入れた。


「一日しか買えない法だ」


国王が言った。


「今日の日没で、エステルの期限も切れます」


「分かっている」


王の声が低くなった。


「その錠が、私の手を止めると思うな」


中央法官は返事をせず、紐の結び目へ自分の印を押した。



国王は、正午には強行しなかった。


広場を一度出た。


三法官は公開堂を証拠保全区画に変え、兵と市民を柵の外へ下げた。


三本の鍵は、別々の法官使が広場の外へ運んだ。


ユリウスは王宮兵へ命令を出した。


ガレスは白装束を脱ぎ、灰色の軍服へ戻った。


国境から届いた前衛撤収の報告を、隣国とセレス双方の使節へ写させた。


僕は執行拒否書を三法官の記録へ入れた。


リゼはエステルの手袋を捨て、青い掌を布で覆った。


トマは、パンを食べて眠った。


サラは、息子と王女の石台の間に座り、どちらの手にも触れなかった。


ハンナの妹、マルタが厨房から籠を運んできた。


長椅子の端へ置き、僕を見ずに戻った。


最初にトマが一つ取った。


次にベンが取り、夜警へ割った。


僕の分だけ、籠に残った。


午後零時四十七分。


王宮から、差止めを取り下げる書面が届いた。


三法官の署名欄は空いている。


中央法官は受領時刻だけを書き、同じ使者へ返した。


午後二時十分。


今度はユリウスへ、王宮へ戻れという命令が来た。


王子は紙を四つに折り、傾いた記録机の脚へ挟んだ。


午後三時三十六分。


王宮兵は全員、西庭へ集合せよと命じられた。


ユリウスの側にいた六人は、動かなかった。


ベンが全員の名を記録した。


午後五時。


王宮の塔から、白い喪旗が下りた。


代わりに、王家の緊急旗が上がる。


広場にいた近衛たちが、剣帯を締め直した。


使者が東門と西門を往復し、印の写しと軍旗を運んだ。



午後六時十二分。


期限まで三十分。


ラウル国王が戻った。


王家の旗を先頭に、近衛二十四人と鐘を扱う祭具係が入ってくる。先頭の六人は国王府の直衛だった。鉄鋏と、短い柄の槌を持っている。


近衛は全員、武装していた。


ユリウスの側に残った王宮兵は六人。


ベンを含む夜警が四人。


ガレスの護衛は剣を帯びているが、鞘へ隣国使節の封を巻いていた。


抜けば、武力介入になる。


「保全紐を外せ」


国王が命じた。


近衛隊長が動かなかった。


「三法官の差止め中です」


「王国存亡の緊急命令だ」


「その対象だけ、止められています」


国王は隊長の腰から短剣を抜いた。


自分で石台の白紐を切る。


中央法官が時刻を書いた。


午後六時十五分。


「王命による証拠保全の破棄を記録します」


中央法官はその紙へ三つ目の印を押し、近衛隊長へ差し出した。


「差止め違反の現行拘束令です」


隊長が一歩出る。


国王府の直衛六人が、王の前で肩を並べた。


残る十八人は剣を抜かず、隊長の後ろへついた。


「好きに書け」


二本目。


黒い箱の紐が切れる。


国王が中から命札を取った。


「鐘を開けろ」


祭具係が三つの鉄錠の前へ膝をついた。


持ってきた鉄鋏を、最初の錠へ掛ける。


国王の命札と黒い箱を、直衛六人が囲んだ。


こちらから赤糸へは届かない。


「陛下」


ガレスが前へ出る。


「両軍は橋を退きました。私が帰国して評議会の前に立てば、婚姻なしでも停戦を残せます」


「娘を戻す」


「それだけですか」


「それで十分だ」


ガレスは道を譲らなかった。


「私は隣国の王弟です。ここで私を斬れば、停戦案は消えます」


国王の短剣が止まる。


「脅すのか」


「時間を作っています」


午後六時二十二分。


最初の鉄錠が落ちた。


西の窓へ、太陽がかかった。


柵の外では、三種類の紙が西日に透けていた。


誰も帰らなかった。


国王府の直衛と、王位継承者の兵は、剣を抜かないまま、二つ目の錠までの道を奪い合った。


一歩ずつだった。


国王が進めば、ユリウスが鐘の前へ座る。


兵が王子を持ち上げれば、ベンが法官の移送命令を読み上げる。


読む間だけ、兵の手は止まった。


午後六時三十一分。


二つ目の鉄錠が割れた。


国王は石台へたどり着いた。


エステルの額へ触れる。


「エステル」


目は開かない。


「父を許さなくてよい」


声は反響板へ届かなかった。


「戻ってくれ」


青い掌は、布の下にあった。


背後で、三つ目の鉄錠へ槌が落ちる。


午後六時三十六分。


黒い鉄が床を跳ねた。


国王は命札を結ぶため、短剣を石台へ置いた。


リゼが踵で蹴り、刃を直衛の足元から出す。近衛隊長が踏んだ。


「工具を置け」


近衛隊長が命じた。


祭具係も鉄鋏と槌を手放した。十八人の近衛が拾い、柵の外へ渡した。


国王は命札の赤糸を鐘の縄へ結んだ。


僕は縄へ手をかけた。


国王が見る。


「退け」


「執行しません」


「おまえの手ではない」


「はい」


鐘柱の横木には、修理の時に鐘の舌を止める鉄鉤がある。


僕は縄の下端を横へ引き、鉤へ一度巻いた。


ガレスが、その先を握る。


オルドも横木へ曲がった指を巻きつけた。


火傷した皮膚が裂け、白い縄へ血がついた。


ユリウスは、父親と縄の間へ立った。


リゼと中央法官は、石台の車輪を固定した。


サラとトマは、マルタに連れられて柵の外へ下がった。


「どけ!」


国王が、鐘へ続く側を床へ引いた。


僕たちは横へ引き、鐘の舌を鉄鉤へ固定する。


直衛が動こうとする。


元はガレスの部下だった隊長が、腕を横へ出した。


「王子、王弟、大神官、法官が触れています。剣では外せません」


「素手で外せ」


直衛六人が踏み出した。


近衛隊長の合図で、残る十八人がその前へ並んだ。


「拘束令が出ています。殿下にも法官にも触れさせません」


六人と十八人の肩がぶつかり、どちらも剣は抜かなかった。


午後六時四十分。


あと二分。


赤糸が張る。


縄が掌へ食い込み、左手首の傷が開いた。


国王の力は強かった。


鐘の舌が、内側で一度揺れる。


鳴らない。


「ノア・ハーグ」


国王の顔が近い。


「おまえの姉も、命を渡した」


「はい」


「その命で、ここにいる」


「はい」


「なぜ分からない」


ミラの手紙は、上着の左側で汗を吸っていた。


「分かりません」


縄を握り直す。


「姉にも聞けません。だから、エステル王女が書いた方を消しません」


午後六時四十一分。


西鐘を待つ一分が、長かった。


オルドの血が、縄を伝う。


ガレスの白靴からついた血は、もう乾いている。


ユリウスは父親を見たまま、動かなかった。


太陽の下端が城壁へ触れた。


王都の西鐘が鳴る。


一度。


午後六時四十二分。


エステル・セレスの復生期限が切れた。


僕たちは縄を離した。


ラウル国王が、一人で引く。


公開復生堂の鐘が鳴った。


白磁は割れなかった。


赤糸は燃えなかった。


国王の心臓は動いていた。


エステルの目は閉じたままだった。


「エステル」


国王が呼んだ。


大きな鐘の余韻だけが返った。


中央法官が、先ほどの拘束令へ罪名を書き足し、近衛隊長へ渡した。


「ラウル・セレス。証拠保全の破棄、王女殺害、および無資格執行の現行犯で拘束します」


近衛隊長は踏んでいた短剣を拾い、刃を鞘へ戻した。


「三法官の拘束中、王命には王位継承者の副署が要ります」


最後まで王を囲んでいた六人も、剣から手を離した。


エステル王女は、生き返らなかった。


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