第十三章 犯人
王を告発した時刻は、第五日の午後五時十二分だった。
国王の執務室には、椅子が六脚用意されていた。
僕たちが来ることを、ラウル国王は知っていた。
「掛けろ」
誰も座らなかった。
王は机の時計を見る。
「期限まで、四十九時間三十分」
「はい」
第七日の日没は、午後六時四十二分。
その時刻を過ぎれば、エステル王女は戻らない。
僕は三つの法官印がついた鉄箱を机へ置いた。
原本は、半焼けの密命書と王家三一七の台帳。
検死図、二人の薬師による血の鑑定、撤回印の鑑定、リゼの死亡報告受領証は、別々の法官が写しを持っている。
青い封書の正式拒否書は、中央法官へ預けてきた。
この箱を奪われても、事件まで一室へ戻らない。
「結論を申し上げます」
記録板を開く。
「エステル・セレスを殺すよう命じたのは、ラウル・セレス国王陛下です」
国王は驚かなかった。
オルドが一歩前へ出る。
開かない右手を法衣へ隠していた。
「王家三一七を持ち出し、午後八時三十分に起動せよとの命令は、国王陛下から受けました」
「撤回を知ったあとも?」
ユリウス王子が聞く。
「国王府へ確認しました。王命により有効とする、と」
王は、鉄箱の上へ手を置いた。
「私の命令だ」
記録板へ時刻を書く。
午後五時十四分。
「ハンナ・モールを呼んだ命令も」
「私だ」
「目的欄は空白でした」
「厨房の者を国王府へ呼ぶのに、理由はいらない」
「エステル王女が死ぬ四時間半前です」
王の手が、鉄箱から離れた。
「殿下が死ぬ前から、代わりに死ぬ人を待たせていた」
「王室医務局が預かった、リゼからの警告は」
「私へ届いた」
「エステル王女とガレスへは」
「渡していない」
「国王府の非常鍵も」
「出していない」
リゼが薬箱の留め金を閉じた。
「地下堂の清掃と、撤回簿の火も?」
「命じた。火を出した者が書庫へ人を閉じ込めるとは命じていない」
「なぜ、エステルが撤回したあとに」
僕が聞く。
「三か月前のあれは、トマを救うと決めた。死を前に恐れただけだ」
リゼが拒否書の写しを机へ出した。
「死ぬ前日にも書いてる」
国王は紙を取り、エステルの署名を見た。
人差し指が、日付の上へ重なる。
「戴冠前の混乱だ。四十二件を止め、監査印を盗み、婚姻を壊した。眠っていない娘の判断を、そのまま国へ通せと?」
「だから殺した?」
「戻すためだ」
「最後の七日を消して」
国王の指は、日付から動かなかった。
「七日前のエステルは、まだ私へ話した」
誰へ言うでもなく、王は続けた。
「食卓へ来た。婚姻も戴冠も投げていない。戻れば、トマが生きていることも分かる。落ち着いてから、四十二件を一件ずつ直せる」
「もう一度拒んだら」
「国民の前で聞かせる」
「何を?」
「戻ってほしいという声をだ」
ユリウス王子が笑った。
乾いた音だった。
「姉上の耳が悪いと思ってるのか」
国王は息子を見なかった。
「ノア・ハーグ。おまえは姉の命で戻ったそうだな」
「はい」
「姉が直前に撤回していたら、その札を壊せたか」
左手の黒い輪が、手袋の下で痛んだ。
「分かりません」
王の眉が動く。
「ただ、姉が何を書いたかを抜き取ってから決めるつもりはありません」
「きれいな返事だ」
「分からない、と言いました」
国王が鉄箱の封を指で弾く。
「三法官の写しで、私を止めるつもりか」
「三法官へ、日没までの差止めを請求します」
「一日だけだ」
「一日あります」
「今日使えば、明日には切れる。第七日に使うなら、署名する二人をそこまで自由にしておく必要がある」
王の視線が、ユリウスとオルドへ移った。
「資格停止も同じだ。法は手を罰する。鐘から縄を外しはしない」
扉が開いた。
兵が八人、入ってくる。
「ノア・ハーグ、リゼ・ケスト、ユリウス・セレスを、王女復生妨害の疑いで拘束する」
「俺まで?」
ユリウスが言った。
「これから署名するところだったのに」
「だからだ」
「オルド・レインは、王命偽造と王女殺害の容疑で別に拘束する」
オルドの両腕を兵が取った。
「命令は、陛下から」
「おまえの字が執行者欄にある」
「王族の公開復生には、現職大神官の立会いが要る。職位は審理まで残す。第七日は、被告として公開堂へ立て」
オルドは、そこで口を閉じた。
国王がガレスを見る。
「おまえは隣国使節だ。客室へ戻れ」
「彼らを解放してください」
「おまえの役目は、エステルを戻すことだ」
「私の役目は、和平です」
ガレスの手が剣へ動いた。
兵も剣柄を握る。
「抜けば、国境の後退命令を反故にする」
ガレスの指が止まった。
僕は胸元の赤糸を見た。
「第七日に、自分で決めてください」
ガレスが初めて僕の名を呼んだ。
「ノア。そのつもりだ」
兵が鉄箱を持ち上げる。
三つの法官封は、まだ割れていない。
リゼの薬箱も取り上げられた。
「明朝、王女の死を公表する」
国王が言った。
「オルドの独断による事故とする。第七日の正午、国民の前でエステルを戻し、その場で戴冠させる」
「復生官の資格は止まっています」
「聞いた」
「無資格で鐘を鳴らせば」
「連れていけ」
兵に腕を取られた。
部屋を出る前に振り返る。
国王の人差し指は、最後まで、拒否書の日付を隠していた。




