↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/15

第十二章 大神官

私の右手は、もう最後まで開かない。


掌の中央が赤く縮れ、三本の指が内側へ曲がっている。


第五日の朝。


ノア・ハーグたちは、私を旧地下復生堂へ連れてきた。


「香炉の火傷ではありませんね」


リゼが包帯のない手を見た。


「火に触れた傷です」


「それを火傷って言うの」


口を閉じた。


清掃された床に、白い灰はほとんど残っていない。


鐘柱の縄だけ、透明な蝋が新しかった。


ノアが、その膨らみを指す。


「中の文書を出してください」


「補修材です」


「採取した蝋に、焼けた紙が入っていました」


「古い設備では、紙を詰めることもあります」


ユリウス殿下が鐘の重りへ手を置いた。


「俺が外すか」


「危険です」


声が大きくなった。


殿下は、やはり、とでも言うように私を見る。


「なら、おまえがやれ」


私は右手を法衣へ隠した。


左手で縄をほどき、小刀を蝋へ入れる。


刃先が滑った。


「手まで切る」


リゼが小刀を取った。


薄く蝋を剥がしていく。


黒い紙が現れた。


半分焼けた命令書を、ノアが引き出す。


中央の赤い封蝋は残っていた。


王冠と七つの星。


右端の星が欠けている。


私が火から残し、自分で隠した密命書だった。


読める文は短い。


王家三一七。


トマ・リード死亡確認後、午後八時三十分に起動。


旧地下堂を使用。


王位継承者および近衛へ秘す。


「受け取ったのは、いつですか」


ノアが聞く。


「死の七日前です」


「命札を保管庫から出した?」


リゼへは、こう言った。


「取り出されました」


「誰が」


「私が」


主語を戻すだけで、喉が狭くなった。


死の五日前、撤回通知を受領した。


エステル殿下本人が黒印を押し、原本の返還と破棄を求めた文書だった。


私は国王府へ確認した。


王家三一七は、王命により有効とする。


返事は一行だった。


王に撤回を無効にする権限はない。


白磁を壊さなければ術式は動く。


私は原本を返さなかった。


「承知していたのか」


ユリウス殿下が聞いた。


「はい」


「それで、持っていた?」


「国王命令がありました」


殿下が鐘柱を蹴った。


「命令は歩いて保管庫へ行かない」


私は右手の指を、左手で覆った。


トマが死んだ日の午後六時二十五分。


王室医務局から死亡報告が届いた。


備考欄も読んだ。


王家三一七は撤回済み。


原本未回収。


起動禁止。


「読んだのね」


リゼが言った。


「はい」


「サラには」


「伝えませんでした」


「エステルが眠って死ぬって言った?」


「長くは苦しまないと」


「眠るって?」


「言いました」


その時のサラの顔を思い出した。


安心した顔だった。


午後八時二十分、予鈴を鳴らした。


音道の鉄板を閉め忘れ、地上まで音が抜けた。


慌てて閉めた。


十分後、白磁を炉へ入れ、赤糸を縄へ結んだ。


サラは、死んだ息子の手を握っていた。


私が鐘を鳴らした。


「儀式は、私の管理下で執行されました」


現在の地下堂で、またそう言った。


ノアは記録板から目を上げない。


「縄を引いた手は」


曲がった三本の指が、法衣の内側へ当たっていた。


「私です」


ユリウス殿下が半焼けの命令書を持ち上げる。


「なぜ、印だけ残した」


儀式のあと、密命書へ火をつけた。


王家三一七を持ち出せという文が黒くなった。


国王印へ炎が届く前に、右手で消した。


掌の肉が焼けた。


「処分できませんでした」


「途中で姉上を思い出したか」


「いいえ」


言ってから、息を吸った。


「国王陛下が、私一人の判断だったとされた時に備えました」


「自分のためか」


「はい」


鐘柱へ文書を押し込み、蝋をかぶせた。


傷が痛む間も、告発はしなかった。


「第七日の公開復生は」


ノアが聞く。


「あなたが執行しますか」


「王家付き復生官が指名されています」


「あなたは」


「執行しません」


「止めますか」


私は、すぐには口を開かなかった。


昨夜から法衣へ入れていた非常時命令を出す。


書いては消し、紙は折り目だらけになっている。


左手で第五日の日付を書いた。


王女エステル・セレスの復生期限が切れる第七日日没まで、王家を受命人または代命人とする命札について、国内すべての復生官と祭司の執行資格を停止。


王家に関係しない期限案件は、三法官立会いのもとで続行する。


理由欄は二度書き直していた。


最後に残したのは、王家三一七の違法起動と指揮系統の汚染。


大神官印へ、開かない右手を載せる。


左手を重ね、体重をかけた。


「これで鐘は鳴らない?」


リゼが聞く。


「鳴ります。資格停止は人へ出す命令です」


「陛下が引けば」


「鐘は鳴ります」


「止められないの」


何も言えなかった。


命令書をユリウス殿下へ渡す。


「神殿、復生院、三法官へ。同時に届けてください」


「おまえの使者は?」


「国王府を通ります」


殿下は笑わずに受け取った。


「これで自分だけ助かると思うな」


「思っていません」


その言葉だけ、早すぎた。


ノアが半焼けの密命書を証拠板へ載せる。


受領者欄へ、左手で署名した。


執行者欄には、オルド・レイン。


字は、右へ傾いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。