第十一章 予定表
私の葬儀は、死ぬ前に時刻まで決まった。
第七日の正午、エステルを復生。
十二時半、戴冠。
午後一時、国民へ演説。
二時、私の弟との婚姻条約へ署名。
翌朝十時、ガレス・ヴァンを国葬。
王立復生院の書記官は、予定表を二部くれた。
「一部はご遺族へ」
「遺族はいない」
「ご実家へ送りますか」
「自国の王宮は、実家とは呼ばない」
書記官は困り、宛名欄を空けた。
机の中央に、命札がある。
表はエステル・セレス。
王家で保存されていた血が、白磁へ焼きつけられている。
裏はガレス・ヴァン。
こちらの血は、今、私の指から取った。
署名もした。
赤い糸で二枚を綴じれば、術式は成立する。
登録簿と審査印は、人間が扱ってよい札かを決める。
「代命人は、執行前なら撤回できます」
エリク・ヴェルが、赤糸を切るための小刀を箱へ入れた。
三法官の受理票を運んだ、若い復生官だ。
「糸を切り、二枚を離してください」
「知っている」
「確認です」
エリクは審査欄へ筆を置いた。
書かなかった。
隣にいた王家付きの復生官が筆を取り、適格、と記す。
「何か問題が?」
私が聞くと、エリクは潰れた紙角を親指でなぞった。
「ハーグ復生官の不適格記録を読みました」
「国王命令で上書きされた」
「はい」
返事のあと、頭を下げなかった。
私は命札と小刀を箱へ入れた。
予定表も折って上着へしまう。
私が死んだあとの欄だけ、よく埋まっていた。
*
ノアとリゼは、焼けた書庫の隣室にいた。
机の短い脚へ、古い医学書を二冊挟んでいる。
それでも少し傾いていた。
「水銀で死人を治す本です」
リゼが言った。
「机の方が役に立っています」
予定表を置くと、二人とも黙った。
「二日前の報告への返事が、これですか」
ノアが聞いた。
報告には、トマが戻ったことと、王家三一七の撤回印まで入れた。
「返書はなかった」
私は予定表を指した。
「代わりに、これが届いた」
「国民の前でやるのか」
「陛下は、戴冠の儀にする」
ノアは正午の行を指で押さえた。
「期限は日没です。なぜ正午に?」
「拒まれた時、もう一度試す時間を残すためだ」
机が傾き、予定表がリゼ側へ滑った。
彼女は止めなかった。
「停戦命令は」
ノアが聞く。
「今朝、国境へ出した。前衛を三十日退かせる」
「評議会の許可なしで?」
「私の指揮権で動かした」
「帰国したら」
「反逆の審理を受ける」
リゼが私の手首をつかんだ。
「何をする」
「脈」
指を当てたまま言う。
「自分の葬式を話した時は遅い。審理を口にしたら速くなった」
「だから何だ」
「審理の方が怖い?」
「脈だけで決めるな」
「決めてない。聞いたの」
手を振りほどいた。
ノアは命札の箱を見た。
「青い封書は、第一日に全部渡してもらいました」
「一つだけ、話していない」
「またですか」
「事実ではない。約束だ」
*
死ぬ前日、エステルは西塔の使われていない教室へ隠れていた。
婚礼衣装の仮縫いから逃げたのだ。
窓際の床に座り、青い封書へ蝋を落としていた。
右人差し指には血と黒い粉がついている。
「仕立て屋が泣いている」
「針を持って追ってきました」
「仮縫いだ」
「理由があれば、刺してよいのですね」
「四十二件を止めた人間が言うな」
エステルは封へ王女印を押した。
「これを預かってください」
無事に戴冠すれば燃やす。
死んだ場合は、復生の鐘が鳴る前にノアへ渡す。
渡す前に戻っていたら、本人へ返す。
条件は既に聞いた。
「もう一つ」
エステルは封書を渡さず、膝の上へ置いた。
「私が拒んだら、代命人にならないと約束してください」
「できない」
「考える時間は?」
「要らない」
「そうですか」
怒らなかった。
それが腹立たしかった。
「おまえは、私の軍を動かす。婚姻を延期する。命札を止める。私の命だけは、私に決めさせろ」
エステルは、膝の封書へ右手を置いた。
「その札には、私の名も入るのですよ」
窓の外で、仮縫いの仕立て屋が誰かを呼んでいた。
エステルは少し急いで、封書を私の手へ押しつけた。
切った指が、まだ血を滲ませている。
私は布を出し、指へ巻いた。
「きついです」
「血が止まる」
「指も止まりそうです」
緩めた。
「ガレス」
「何だ」
「私は、死んだあとも人を困らせますね」
「今と変わらない」
彼女は一度だけ笑った。
「約束は」
「しない」
「分かりました」
封書の青が、私の手の中で少し曲がった。
*
「約束しなかった」
リゼが言った。
「ああ」
「今も守るものがないから、好きに死ねる?」
「約束がなくても、命令はある」
「国王の?」
「自分のだ」
ノアが命札の箱を開いた。
白磁の間に、小刀がある。
「撤回は、あなたの指でできます」
「渡せ」
箱を取る。
ノアは抵抗しなかった。
「第七日の朝、もう一度審査します」
「結果は変わらない」
「停戦命令は、もう国境へ向かっています」
「それが?」
「生きて審理を受ける時間が、残りました」
予定表へ、まだ空欄が一つあった。
復生を拒まれ、私が生き残った場合。
書記官は何も書いていない。
私はエステルの拒否書の写しを折り、命札と一緒に上着へ戻した。
紙には新しい折り目がついた。
白磁には、つかなかった。




