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第7話 昔の話

 八年前、アロンが勇者として旅立つ一年前。2人が11歳だったころ。山の麓にある学舎での授業が終わった後、係のせいで少し遅く村に帰るアロンはチチェが一人で遊んでいるところまで探しに行くのが常だった。


「チチェ!!」


 アロンは山の中で見つけた幼馴染に向かって叫んだ。


「なんてとこ居るんだよ!危ないだろ!」

「危なくないよ!アロンもおいでよ」


 チチェのいる場所は木々にあふれた丘の上。一際大きな大樹の、丘から飛び出した幹の上だった。幹は太いとはいえ、高い丘から落ちてしまえば怪我だけでは済まされない。


「いいから降りろって!」


 全く聞く気のない幼馴染にアロンは再び叫ぶが、チチェは飄々としている。


「へー、怖いんだぁ。アロンの弱虫ぃー」


 それどころか、煽ってくる始末である。


「うるさい!アホチチェ!」


 挑発に乗ったアロンは顔を真っ赤にすると、チチェのいるところまで登ってくる。小柄で、女の子のように細い体だが、力強く軽々と木の上へと向かう。


「アホじゃないもん」

「アホだろ」

「アホじゃないー!アロンのバーカ」


 チチェは側に座ったアロンにべーっと、舌を出す。アロンはむっとした顔で怒りを露わにしたが、そんな顔も美少女だった。


「アホだ。大体こんな時間にこんな山奥いたら危ないの分かんねえの?」

「この前だって、夜に山道でルイおばさんが魔犬に襲われたばっかだろ」

「危機管理がなってないのがアホなんだって」


「うわー!もう、アロンうるさい!」


 アロンから繰り広げられる怒涛の説教にチチェは耳を塞ぐ。向こう見ずなチチェと違って、アロンは心配性だ。正直、チチェは母よりもアロンに説教されることが多いと思っている。


 もう時刻は夕刻、日が暮れだして空は温かい色の虹色になっている。学校帰りに黄昏ていたら、あっという間に帰る時間になっていた。


 アロンの言っていることは至極真っ当ではあるが、チチェはそんなこと興味がないのだ。


「《静かにして》」


 チチェは幼馴染の唇に指を突き付けると、覚えたての呪術をかけた。


「んー!んー!」

「えー?何ー?聞こえないー」


 口が開かずに、何も言えなくなってしまったアロン。チチェはにやにや充分に煽ると、呪術を止めた。


「何だ、今の!?」


 アロンは突然の出来事に目を丸くしていた。


「ふふふん、今のはねぇ、喋れなくなる呪い!ついに、呪いかけれるようになった!」


 チチェは自慢げに胸を張る。人体に影響を及ぼす呪いや祝福、治癒や身体強化の魔術は通常の魔術に比べて難易度が跳ね上がる。


 魔術を学んでいる学生であれば、11歳でも呪いをかけることができる生徒もいるが、独学のチチェは自力でここまでたどり着いた。


 少なくとも、呪術を使える人間は麓の大きな街でもいないだろう。チチェは機嫌よく鼻を鳴らす。


「え、怖…」

「怖くない!すごいの!」


 若干引いているアロンに、チチェは頬を膨らませる。彼女はバッと立ち上がると自分でかっこいいと思うポーズをきめた。


「なんたってこの私は、エボ村期待の新星!魔術の神童チチェ・ブラウン!なのだ!」

「調子乗んな」


 堂々と名乗りを上げるチチェに、アロンはあくまで冷めた目を送る。


「乗ってないもん!私ったら天才だしぃ~。卒業したら山の向こうの魔術学校いかないかって学舎の先生に言われてるしぃ~」


 こんな田舎で魔術が使える人間はそうそうにいない。この小さな村でも魔術が使える人間が生まれたことなど、もう何十年もない。


 麓の少し大きな街でも期待の生徒であり、魔術学校への入学も推薦も進められているのだ。

 チチェは満面の笑みでブイサインを送るが、アロンを眉を顰めて不機嫌そうになった。


「何それ聞いてねえ」

「今日言われたばっかだから、まだママにも言ってない!」


 11歳の二人だが、学舎の卒業まであと一年、そろそろ学舎の後の進路も考え始める時期なのだ。


 ニ人のいるエボ村の子供たちは家の仕事を手伝うか、都市に奉公に行くか子たちが多い。その中で、進学を選ぶことを進められるチチェは村の期待の子だった。


 アロンは狩人の一人息子だから、父親と同じく狩人を目指すのかもしれない。そしたら彼は村に残ることになる。


(進学したらなかなか会えなくなっちゃうかもだけど、魔術もっと覚えて移動魔術で村まで簡単に帰れるようになりたいな)


 チチェは進学する機満々だった。都会の生活には憧れるし、魔術をもっと使えるようになりたい気持ちは強いのだ。

 アロンと離れるのは寂しいが、魔術を覚えれば村に帰ってくのも苦ではないだろう。


「…お前、魔術勉強して何になりたいんだよ」


 アロンはボソリとチチェに聞く。アロンはどこか不満そうなままだった。


「えー、どうしよう!王宮魔術師とかかっこいいなぁ」

「……」

「あ、でも冒険者もいいかも!魔物をバッタバッタと投げ倒して魔王倒したり!」


 チチェは足をバタバタしながら将来に思いを馳せた。冒険者は誰もが一度は憧れる職業だ。

 

 各地を旅し、魔物たちから人々を救い、魔界にまで足を踏み入れ魔王討伐を目指したりもする。そんな彼らを冒険者という。


 エボ村でも年に何人か冒険者が訪れ、周囲の魔物を狩ってくれたり、彼らの旅の話をしてくれる。

 村の人たちではどうしようもできない、恐ろしい魔物も彼らの手に掛かれば見事に倒してくれる。旅の話だって、山に囲まれた村の子供たちにとって憧れが止まらない話なのだ。


 神殿の予言では、いつか魔王を打ち倒す女神に選ばれし勇者が現れる、と予言されているが、そんなもの待っていられない。

 我こそは、と多くの冒険者たちが魔王討伐を目指し旅をしているのだ。


(かっこいいなぁ。やっぱり冒険者もいいかも)


 華麗な魔術で魔物をなぎ倒し、人々に感謝と尊敬の眼差しを向けられる…。チチェは褒められるのが大好きだ、妄想しただけでワクワクする。


「じゃあ、チチェは村からいなくなるんだ」


 アロンがそっぽ向きながら不機嫌そうにこぼす。明らかに不満げなその態度にチチェは顔を覗き込む。


「えー?なにそれ、アロン寂しいの?」


 のぞき込んだアロンの顔は鼻頭が赤くなっていて、悔しそうに結ばれた唇は震えている。


「…寂しくなんかねぇ」


 絞り出した言葉が強がっているのが丸わかりでチチェは可笑しくて笑ってしまった。


「笑うな馬鹿」

「じゃあさ、アロンも冒険者になろうよ!それで二人で魔王倒そう!」


 チチェは名案を思い付いた!と立ち上がる。大人になったら二人とも違う生活で会えなくなってしまうかもしれない、なら一緒に冒険者になればよいのだ。そんな夢物語にアロンは呆れた顔をした。


「はぁ?」

「アロン小っちゃい癖に喧嘩強いじゃん!出来るよ!剣士とか?目もいいから弓使いかな?」


チチェは妄想を膨らませる。アロンは小さい割に力はある。この前もアロンを女の子だと、とからかってきた年上のやんちゃな男子たちと喧嘩して見事勝っていた。


 父親と共に狩りにも言っているので、目も良く弓も使える。でも、チチェからするとアロンは剣士がよく似合う。


「小っさくねぇ!親父だって後から身長伸びたっていってたし……!」

「まぁ、細かいことは気にせずにぃ。ね!いいでしょ!冒険しよう!」


 アロンは小さいといわれたことに抗議するがチチェはアロンの肩を揺さぶる。


「冒険者か……」


 嫌そうにしながらも、アロンの口元は楽しそうにそわそわしている。変に大人ぶっているが、アロンも少年だ。冒険者に憧れる気持ちもない訳ではない。


「私が魔術でサポートとか後ろから攻撃とかして、アロンが剣振って戦うの!楽しそうじゃない?」


 チチェは幹の上で踊り始める。なんとも危なっかしい。


「そんときゃ……」


 アロンが立ち上がって、チチェに向かって手を伸ばした。


「……一緒だからな。ずっとだからな!」


 アロンはいつもより上ずった声でチチェに言う。耳が赤い。


 チチェに手を伸ばして、小指を突き出している。約束の合図だ。


 その手は恥ずかしそうに震えていた。そうやって、必死そうな姿は、とっても可愛らしいと思った。


「うん、ずっと一緒!一緒に魔王倒そ!」

「そこまでは無理だろ」


 チチェはアロンの小指に自分の小指を絡めると、指切りをした。アロンも無理とはいいながら少し嬉しそうだった。

 どんな無理なことでも、アロンと一緒ならなんでもできるような気がしたのだ。


 それが八年前の思い出。


 村を出て、大きな街に行くことが少し不安だったチチェは大層大きな夢を語ってしまったことだったが、アロンが一緒にいようと言ってくれたことが嬉しかった。


 まぁ、結局はアロンの方が早く村を出て、ずっと遠くに行ってしまったのだけれど。





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