第6話 恥を知る
(そうだ、ちゃんと謝ろう)
チチェは王宮内を急ぎ足で歩いていた。噂によれば、勇者たち御一行は王に謁見した後、そのまま王宮に留まっているそうなのだ。
どこかで会えないかと、チチェはアロンたちのいそうな場所を探す。
(アロン、どこだろう。もう一回ちゃんと話して……)
――二度と近づくな
チチェはあの時に言われた言葉を思い出す。冷ややかな殺意が背に走ってチチェは身震いをした。
アロンを探す足が止まりそうになる。
久しぶりの幼馴染のブチギレ様は、ぷんぷん怒っていたころの可愛いアロンとは別物すぎた。
しかし、チチェもここで諦める訳にはいかない。こちらもなぜ、自慢しまくってしまったのかを、誠心誠意言い訳――説明し、アロンに許していただかなくてはならない。
そして、前みたいな仲良しに戻るのだ。どれだけ喧嘩をしてもごめんねを言えば許してくれる。それが、チチェの中でのアロンだった。
(話せばわかってくれるよね……)
幼い頃、チチェが間違ってアロンがお気に入りのぬいぐるみを捨ててしまったときや、二人でこっそり作っていた秘密基地に学舎の友人を連れてきてしまったときなど、それはそれは怒られはしたが、ちゃんと謝れば許してくれた。
だから今回も許してくれるだろう。チチェはそう思っていた。
王宮の回廊を歩いていると、中庭の方が騒がしくなる。
「なぁ、中庭に勇者様いるって!」
「マジかよ。会いに行こうぜ」
すれ違った同い年ぐらいの若い騎士たちが、興奮気に騒いでいた。どうやら、アロンが中庭にいるらしい。
チチェも彼らに続いて王宮の中庭へ向かった。
いつもはのどかな王宮の中庭だったが、勇者が来ているということでにぎわっていた。
噴水の近く、大勢の人に囲まれてアロンがいた。
側には聖女イレーナがいる。凱旋パレードの時のような旅装束ではなく、神殿の聖女らしい真っ白なキトンを纏っていた。
アロンは変らず、女神の鎧で身を固め、白金の剣を帯剣していた。
一生懸命話しかけている勇者のファンたちに対応しているのは、側にいるイレーナだ。美しく、穏やかに話している。
イレーナが美しく微笑み、声をかけるたびに、話しかけたファンたちは頬を染めていた。
中には、紙とペンを差し出して握手やサインをもらっている者もいる。
(聖女イレーナ様、本当にお優しい、美しい……私も、握手してほしい……サインもらいたい……)
中庭の柱の陰からチチェは様子を伺いつつ、呑気なことを考えていた。
凱旋パレードでチチェを睨みつけていた時の顔とは違い、穏やかな笑みを浮かべている聖女イレーナ。
敵に対しては険しい顔をするが、本来の聖女イレーナは万人に慈愛を向ける女神のような女性なのだ。
というか、チチェを睨んでいたときも美人だったことには変わりない。
だが、主役であろうアロンは、ファンたちが精一杯彼に話しかけているというのに、無視だ。
不機嫌そうにイレーナの後ろに立ってそっぽを向いている。
(愛想がないのは、変わってないんだ……)
腕を組んで不愛想な様子を見て、全く変わってしまったように見えるアロンにも変わらないことがあるとチチェは少しほっとした気持ちになった。
アロンは幼い頃に母親を亡くして、狩人の父親に男手一つで育てられている。
仕事柄、一日中家にいないことも多くて、よくチチェの家に預けられていた。
あまり親にかまってもらえていなかったアロンはいつも、つんけんどんとして人当たりが悪かったからチチェとも良く些細な事で喧嘩したことだ。
聖女イレーナもその態度を宥めるように、アロンの手にそっと触れる。
彼女に触れられる度に、アロンの威嚇するような気配が薄れていた。
聖女イレーナは若くして、聖女としての功績が認められ、当時14歳のころに、勇者パーティの設立メンバーに選ばれ魔王討伐へ向かっている。
勇者アロンと共に、王都を旅立った優秀なメンバーの一人であり、彼の七年の旅路を共にしたのだ。
誰も踏み入ることが出来ないような二人の距離間に、勇者アロンと聖女イレーナの信頼と親愛の日々がうかがえた。
(やっぱり、美男美女。お似合いすぎるぅ……)
チチェの思い描いていた美青年にはなっていなかったが、アロンが整った顔立ちなのは変わらない。
精悍な勇者と、美しくはかなげな聖女の二人は並んでいるととても絵になる。
十二歳で勇者となったアロンとは二つ違いで勇者パーティのなかでもアロンと最も歳が近い異性だ。それもあって、二人は恋人でなのではないかと噂されている。
勇者アロンは様々な旅の先で、助けた帝国の姫に求婚されたり、泉の妖精に寝込みを襲われたりなど恋物語には事欠かない。
王国中の民たちは勇者たちの旅の冒険に想いを馳せながらも、勇者アロンが誰と恋仲なのか、多種多様の憶測が飛び交い、大論争が起きている。
ちなみに極まれに、幼馴染との恋仲説でチチェの名が上がることもあるのだが、チチェは鼻で笑い飛ばして否定している。
なんといっても、チチェは勇者アロンと聖女イレーナの恋仲説を一番推している。
聖女イレーナとの恋仲説が王国の中でも最も囁かれているかつ、人気の二人なのだ。
さらに、アロンは七年間も心優しい美人のお姉さんが側に居たら絶対好きになる、そういう確信チチェにはあった。
幼い頃の話だ、。早くに母親を亡くしてしまったこともあってアロンは年上の女性には良くなついていた。
チチェの母も実の娘のチチェと同じくらいアロンを可愛がっていたものだから、嫉妬したチチェがアロンに喧嘩を吹っ掛けるなど、良くあることだった。
今思えば、多少は譲歩するべきだったのかもしれないが、チチェにそんな配慮をする頭は当時にはなかった。
アロンは幼い頃から、ツンツンしていたわりには、母性のある女性には弱かったし、そういった女性が理想なのだろう。
それに、強がっているアロンだからこそ、自分を気にかけてくれる子を好きになるだろう、というのは容易に想像できた。
そう考えると、慈愛に満ちた聖女イレーナは理想の女性なのではないか。
今もムスッとしているアロンの手に時折触れて、彼をなだめている。
(二人が恋人だとしたら嬉しいかも、うへへへ)
その仲睦まじい様子にチチェは頬が緩み、鼻の下が伸びる。彼らの様子に、2人を囲んでいた人々も顔を赤らめる。
この二人の様子は今日中にも王都中にも広がり、勇者、聖女恋仲説を推していた者たちが大きな顔をして道を歩くことになるのだろう。
チチェもこれで、勇者アロンと帝国の姫の恋仲説を推していたエルド一級を煽り散らすことが出来る。
しかし、アロンとイレーナが結婚装束に身を包んだらそれはそれは美しすぎる夫婦が爆誕してしまうのではないだろうか。
結婚式はどこで行うのだろうか、王都の大神殿が一番可能性が高いが、勇者の故郷、エボ村で行うかもしれない。
もしかしたら、超近距離で聖女イレーナの結婚ドレスがみれるのかもしれない。アロンの友人代表スピーチなどさせてくれないだろうか……。
(いや、いや、まずは謝らなきゃダメでしょ)
幼馴染で勝手な妄想をしている場合ではない。このままでは、結婚式に呼ばれるどころか、一生不仲のまま終わりになってしまう。
チチェは妄想の世界に飛び立とうとしていた意識を首を振って戻す。早めに関係修復を図らなくては。
(どうしようかな……)
柱の陰から出て、チチェはアロン達を眺める。どうせ、向こうは何人も人に囲まれているし中庭には遠巻きに彼らを眺める人たちが何人もいる。だから、チチェはフードも被らずに中庭にでてしまった。
栗毛の髪に温かい日差しが落ちる。
しかし、こんな人前でやっほー、アロンのこと自慢しちゃってごめんねーなんて言える訳もない。それこそ調子に乗ってると言われるだろう。
チチェはうーん、と悩んでいた。一番いいのはアロンが一人になった時を見計らって声をかけることだろうが、この王宮のなかで勇者アロンが一人でいる機会など見つかるだろうか。
(……ん?)
考え込んでいると、ふと、中庭が静かになっていることに気が付いた。先ほどまでのガヤガヤが潮を引くように消えている。
(え?)
チチェが顔を上げると、遠くにある目と目が合った。紅くて鋭い目、アロンの目だった。アロンが無言でこちらを凝視していた。
勇者の視線を追って、チチェを見つけた群衆が眉を顰めている。
「あの子、勇者様の幼馴染?」
「ああ、あの王宮魔術師の」
「また自慢?目障りよね」
「勇者様にフラれたんじゃなかったの?」
そうやって、チチェを指さす彼らは好奇の目でチチェを見ている。昨日の事件はとうに知られている。
あれだけ、拒絶されておきながらノコノコと勇者の前に現れた幼馴染が次は何をしでかすのか、彼らはこちらをじっと見ていた。
チチェは無性に恥ずかしさが込み上げてきた。
だが、チチェが何かをする前に、アロンが動いた。
彼は不快げな顔をすると、背中を向けて、人込みをかき分け去っていく。
聖女イレーナもチチェを一瞥し、困ったようにため息をつくと、周囲にお辞儀をして彼についていった。
チチェが現れたことで勇者たちは言ってしまったのだ。勇者が幼馴染を避けていることが目に見えて明らかになった。
「うわぁ、最悪」
「勇者さま行っちゃった」
「なにしてくれてんの」
落胆の声が中庭を満たした。皆一様に、チチェを咎めるような目で見ていた。
チチェはいたたまれなくなって、咄嗟にフードを被る。
フードの下の顔が燃えるように熱く感じた。顔は真っ赤だった。それは、やらかしてしまった後悔でも、恥をかいたからでもない。
(あれだけ、あからさまに避けるとか……)
流石にチチェもそこまで鈍感ではない。アロンが明確にチチェを避けているのが分かった。
彼女はフルフルと震えながら、歯を食いしばった。その目は覚悟を決めていた。
(何としてでも謝ってやる!!)
無視された怒り、そして、なんとしてもアロンを捕まえて人前でもどこでもいい、盛大に土下座してやる、という謎の決意で拳を固めた。




