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第5話 チチェ、荒ぶる

「やっぱり、()()()かっこよかったなぁ」


 バッギャッツ!!


()()()も、聖女様も、他のパーティメンバーの方々も絵姿でみるのと段違いだ」


 バキィイン!!


「今、()()()ご一行は王宮内にいるんだろ。会えたりしないかな」


 バリィーン!!


 王宮職員のための食堂、そこでも勇者の話で持ち切りだった。


 そして、「勇者」の単語が出てくる度に、暴走した魔力でチチェの持っていたナイフ、フォーク、コップが次々に破壊されていく。


「ひぃ!先輩、落ち着きを…!」


 その度に、横に座る後輩が小さく悲鳴を上げ、震えていたがチチェは気づいていない。彼女の心を支配するのは、怒り、その一つだけだった。


――二度と近づくな


 勇者のあの冷たい瞳。昨日の凱旋パレードでの一幕がチチェの頭に何度も再生される。


 七年ぶりの幼馴染との再会。それは、感動で涙溢れるものとチチェは信じていた。だが、そうはならなかった。


 立派な勇者として帰還した幼馴染は、チチェを拒絶し、突き飛ばした。

 侮蔑、嫌悪、殺意マシマシの瞳で、二度と近づくなとまで言われてしまった。


 あの後、チチェはショックで寝込んだ。幼き日の、チチェの大親友だったちょっと小うるさいだけの美少年アロンは、暴力的で筋骨隆々、野蛮な勇者アロンとなってしまった。


(あの可愛い、アロンはどこにいっちゃったの!?見た目じゃなくて、中身まで別人じゃん!)


 そして次の日、ケロッと起きたチチェを襲ったのは激しい怒りだった。


(なにもあんなに怒らなくたってさ……!!)


 千歩譲って、自分が幼馴染だと言いふらし、アロンの過去を暴露していたことは謝ろう。

 よく考えれば、チチェもちょっと、ほんのちょっとは調子に乗っていたところがない訳ではない。


 だが、あんなに公衆の前面でチチェを罵倒しなくたっていいではないか。多少は思うところがあっても、まずは再会を喜び、抱き合って感動の涙を流すべきではないだろうか。


――調子に乗るな


 チチェはアロンの蔑むような目を思い出して震える。


(はははは、魔王を倒して、有名になったからって幼馴染にあんなこと言うとかさ……調子に乗ってるのはそっちじゃん)


 バリィーン!!


「スープがぁ!」

 

 チチェが持ち上げていたスープ皿が割れる。飛び散るトマトスープにエマが悲鳴を上げた。


「おい、食べ物を粗末にするな」

「荒ぶっておりますな、ブラウン殿」


 トマトスープが広がり大惨事になったテーブルに、シュルツ院長と焦げ茶色のじゃもじゃ髪と髭の魔術師が各々の昼食を持ってやってくる。


 シュルツの隣に居るのは、一級王宮魔術師のエルドだ。彼は、シュルツと同じく古参の王宮魔術師である。


 魔術師の典型例ともいえる、傷んだ長い髪と髭、丸まった背中の彼は見た目によらず、シュルツと同格の実力者だ。


「院長~!エルドさん~!」


 割れたスープ皿を持って震えるチチェの横で、必死にトマトスープを拭いていたエマが二人に泣きつく。


「何でこんなに荒れているんだ?ブラウンは」

「出勤してからずっとこんな感じなんですよう」


 眉を顰めながらシュルツはブラウンを見る。エマはさっぱり、といように首を振った。


「おや、お二人とも…昨日の話、聞いてないのでおりますか」


 チチェ達の向かいの席、シュルツの横に座ったエルドが驚いたように、シュルツとエマを見る。シュルツとエマは首を傾げた。


 エルドが知っているように、凱旋パレードでの出来事はすでに王都中に知れ渡っていた。勇者アロンと幼馴染の事件はその日中に王都中の人間が知ることになった。


「なにも、ブラウン殿が勇者様にフラれたと」

「先輩!?」

「強く生きろよ」


 得意げに言ったエルドの話にエマは顔を赤くし、シュルツはチチェに哀れみの目を向けた。


「フラれてません!」


 エルドの言葉に、チチェはスイッチが入ったように反論する。そんな不名誉な噂を広げられてはたまらない。


「私のアロンへの好きは恋ではないです!愛です!不変の愛です!」

「さいですか」


 そう、チチェがアロンに向ける情は愛情、これに尽きる。お互い一人っ子で、小さな村での唯一の同い年。

 小さい頃から何をするにも一緒で、本当の兄弟のように育ってきたのだ。


 だから、アロンが功績をあげるたびに、誇らしさでいっぱいになった。アロンの成し遂げたことを誰かに自慢したくてしょうがなかった。


 だが、なんでも面白がるこのエルドはぶっちゃけどちらでも良いようだ。

 必死に弁明するチチェにも関わらずエルドは飄々とした態度でうなずく。


「でも、ある意味フラれとりませんかね?」

「うぐぐぐぐぐ」


 その言葉に、チチェは唸った。反論はできない。


 チチェが誇らしく思っていようと、アロンからしたらただの迷惑のようだった。これは変らない事実である。

 どれだけ、チチェが親愛のラブコールを送ろうとも、昨日の勇者アロンは無視するだろう。


「にしても、聞いていた話だとお前と勇者は仲がいいと思っていたんだがな」

「随分嫌われてしまったのでありますなぁ」


 シュルツとエルドは不思議そうにしていた。


 チチェの幼馴染自慢を聞かされてきた二人だが、それからイメージされる勇者アロンと今の状況が全く異なる。チチェの話の中では、2人は昔からの大親友なのだ。そんな取っ組み合いの喧嘩をしても数刻後には仲良しに戻っているような。


 だからこそ、このように大衆の前面でチチェをひどく突き放す人物には思えないのだ。


「き、きっと勇者さまも、疲れてたんですよ!ほら、勇者様、昨日の凱旋記念パーティーも出席できないってことで延期になりましたし」

「ああ、そういえば延期になってたな」

「エマぁー!……ん?」


 エマが必死に援護してくれたことに感動の涙を流すが、チチェの耳にはある単語が引っかかった。


「凱旋記念パーティー!?」

「言ってなかったか?」


 まさか、勇者アロンのイベントで自分の知らないものがあるなど、勇者第一のファンとして大変恥ずべきことだ。チチェはシュルツに詰め寄る。


「なんですかそれ?」

「勇者殿たちの帰還を祝う王宮主催の祝賀会だ。私も呼ばれたていたんだな、急遽延期になってたな」


 貴族や、重鎮を呼んでの祝賀会だ。王宮魔術院院長のシュルツも王宮魔術師の代表として凱旋日に呼ばれていたのだが、勇者パーティーも長旅で疲れているだろうと、延期されたのだ。


「私も行きたいです!」

「これだから、黙ってたんだった」


 チチェは必死の形相でシュルツに迫る。シュルツは呆れた顔でチチェを見ていた。


「お願いします!!」

「ダメに決まってるだろ。そもそも、そんなに勇者殿に嫌われて行けると思うな。まず謝ってこい」

「た、確かに!!」


 真っ当なシュルツの意見に、チチェは衝撃を受ける。相手のことを不快にさせてしまったのなら、謝る。何を当たり前のことを忘れていたのか。


「謝ってきます!!」


 チチェは魔術で壊れた食器を直し、トレーと食器を返すと、ものすごい勢いで食堂から去っていった。





 食堂に残された三人はチチェのあまりの勢いに驚いたままだ。


「……そそっかしいな」

「そこもまた、先輩のいいところですから」


 シュルツはその落ち着きの無さにため息をついた。エマも苦笑して頷く。


「ああ、私も時間だ。先に失礼する」


 シュルツは食堂にかけられた時計を見て、急いで去って行った。魔術院院長は今日もやることが詰まっている。

 だが、こうして部下たちとの交流も欠かさないのだから、部下想いの上司だ。


残されたエマとエルドは顔を見合わせる。


「私たちもそろそろ行きますかね」

「あ、あの!エルドさん、少しいいでしょうか」


 立ち上がろうとしたエルドは、エマは声を潜めて呼び止められる。


「はい。何でありましょう」


 エルドが頷くと、エマは小声で彼に相談したかったことを伝える。


「王命で与えられた任務なのですが、実は……でして」

「ほう……」


 勇者凱旋の日、エマが王に呼ばれて与えられた仕事についてである。密命のため、エマはエルドにしか伝わらない小声で詳細を伝えた。

 エルドのもじゃもじゃ眉が興味深そうに上がる。


「私だけの力では及ばず、エルドさんにもお助けいただければ……」


 そう、あの日エマに課せられた任務は三級魔術師の彼女には手に余るものだった。少なくとも一級の魔術師がいなくては話にならない。


「かしこまりました。私も担当しましょう」

「ありがとうございます」


 エルドが頷くと、エマはホッと安心したようだった。


「しかし、その内容でしたら、ブラウン殿にも伝えてみては?全力で協力してくれると思いますがね」


 エルドはエマの話を聞いて純粋な疑問を呈する。一度、チチェが断った任務とはいえ、内容を伝えたらチチェも積極的に手伝ってくれそうな内容だったのだ。

 チチェと仲の良いエマが彼女に教えない理由が分からなかった。


「でも……でして」


 エマは一瞬ためらったが、チチェに伝えられない理由をエルドに伝えた。エルドはそれを聞いて、納得したように頷いた。


「ああ、それでは彼女には言えませんね」

「はい……」


 エマは少し悲しそうに目を伏せた。エマだって、チチェの前では隠していたが、本当は伝えたくてしょうがないことだったのだ。

 でも、伝えることはできない理由がある。


(難儀なもんですなぁ……)


 エルドも可愛い後輩たちが悲しむ姿はみたくない。

これはうかうかしていられないと、彼は気を引き締めた。




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